6歳1月(4)
6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。
『劇場版 いうこときかない黒姫の失敗 ~探検テテの町~』
6歳1月(4)
「カイサとオニカ、無事だと良いのだが。」
「アディルにいさん、心配し過ぎよ。カイサあにきやオニカあんちゃんが変態に負けるなんて想像もつかないわ。」
「そうだな。どちらにせよリルカを守り切れば護衛は成功だ。デデ、危険そうな奴には近寄らないように進むぞ!」
デデはニコニコと頷いて私の手を引くと、人混みをすり抜けるように先導してくれる。可愛い。
さあ、リルカ探検隊マイナス3人、慎重に再出発よ!
人混みに身を隠しながら中心部に抜け、今度は川の下流方向に延びる道を進む。
お日様は容赦なく照りつけてくる。何か飲み物も買いたいわね。
こちらの道は屋台や商店が多く集まる市場に繋がっているようで、中心部よりさらに賑わっている。
旅先の市場って響きは、どうしてこんなに心が沸き立つのだろう。
リルカ探検隊! 市場へ突撃よ!
「海の塩は美味いよ! 焼きたての海の魚にたっぷり塩を振ったら最高のご馳走だよ!」
塩や魚を売っている中年の女性が威勢良く声を掛けてくる。
女性が包丁を振るう台の上には王都近くの川では見たことが無いような魚が並ぶ。
足元には娘さんらしき女の子がしゃがんでおり、丸くなったフワフワした柔らかそうな毛の動物を撫で回している。
「アディルにいさん! なにあれ!? あの動物可愛い!」
「あれはネコだ。ネズミをやっつけてくれるんだぞ。」
「ネコ! じゃ、あれは寝ているだけじゃなくて、ネズミから魚を守っているのね! 可愛いなあ。今回の探検の記念にネコを連れて帰るのもいいかも……。」
『危ない!』
可愛いネコに気を取られて、よそ見をしながら歩いていたら、急に叫び声を投げかけられた。
慌てて前を向くと、鼻先を掠めるように何かが凄い勢いで飛んでいき、左手でパッカーンと硬い物が割れる音。
音の方に振り向けば、柱に当たって真っ二つに割れた黄緑色のまんまるな果物。
「ごめんごめん! でも、よそ見して歩いてちゃ駄目よ!」
近づいてきたのは若いお姉さん。フルーツジュース屋だそうだ。
屋台には色取り取りのフルーツが並び、どれも美味しそう!
投げてきたフルーツは“マサラ”。
殻がとっても固いから壁へ向かって力一杯に投げつけて、割って中身を食べるんだって。
お詫びにってマサラを少し食べさせてもらったら、酸味があるけど爽やかな甘さ!
うーん。ジュースにしてガブガブ飲みたい!
「よーく見ていやがれ! 今から絞める鶏こそ極上品だぜ!」
何かジュースを飲もうかと悩んていると、後ろから聞こえてきた喧嘩腰の啖呵。
目を向ければ、若い男性が下の籠で餌を食べている鶏を取り出すと、一息に首を落して手早く羽を毟り、よく見る鶏肉にしていく。
目の前で鶏を絞められるとグッとくるものがあるけど、流れるような手際に拍手が沸き起こる。
これは鶏肉屋だ。横で湯気を立ち上らせる鍋は鶏スープだろうか。漂う濃厚な香りに胃袋が踊り上がる。
「お嬢ちゃん、こいつでヨダレを拭きな!」
隣の屋台のおっちゃんに小さな布切れを渡され、思わず口を拭う。
いけない! せっかくのお洒落装備がヨダレで汚れちゃう所だった。
「その布はインドから来た布だ。安くしといてやるぜ!」
「ええ~!? この小さな布の端切れでお金取るの?」
「あったりめぇだ! 使っちまったら金は払わねえとな。へっへっへぇ~。こっちのショルダーバッグはペルシア産の布で作られた高級品だ。こいつを買うなら端切れはオマケで無料にしてやっても良いぜ!」
「アディルにいさん、どうしよう。あんなバッグ買ったらお小遣いが無くなっちゃうよ!」
「リルカ、こんなの金払う必要無いぞ。おいっ! 子供相手にあこぎな商売はやめるんだ!」
アディルは私の持つ布の端切れを取り上げると、屋台に投げつけると同時に短槍を向けて睨み付ける。
デデは私の後ろで隠れるようにしながら、顔だけ出して睨み付ける。可愛い。
「ガキが!ーー『あら! ボウヤたち、格好良いじゃない。パンツを穿くのに相応しい男らしさだわ! このパンツを買っておいきよ!』
今にも布屋のおっちゃんがアディルに突っかかろうとした時、隣の屋台で気怠そうにしていた派手に着飾ったセクシーなお姉さんが、興奮した声で男性用の白いパンツを片手に、屋台に片足をかけて身を乗り出してきた。
突然の横やりに布屋のおっちゃんは一瞬、毒気を抜かれてしまったよう。そして苦虫を噛み潰すような顔でそっぽを向いて黙ってしまった。
助かった! 布切れにお金を払わなくて済んだ。
でも今度はパンツを買えだって?
話しかけてきたのは深いスリットの入った長い腰巻を巻いたセクシーお姉さん。
さらに屋台の上へ片足をかけて身を乗り出しているものだから、身振り手振りで熱くパンツの良さを語って身動きする度にチラチラとセクシーお姉さんのパンツが見え隠れしている。
矢面に立つアディルは辺りを警戒するかのようにわざとらしく辺りをキョロキョロしている。
でも私の目は誤魔化せないわよ。アディルはさっきから3秒に1回くらいパンツに視線を送っている。いつもは真面目なのに、とんだむっつりスケベね。
デデは……両手で目を塞いでいる。可愛い。
「……というわけで、あたいはこの世界のすべての男にパンツを穿かせることが夢なのさ。安くするから穿いていきな!」
「結構だ! 俺にはパンツなど必要ない! 行くぞ!」
今度はアディルが私とデデの腕を掴んで逃げだした。
……。
あらやだ。アディルもパンツ穿いてないの?
アディルに引かれて逃げた先では一帯が薄く霧がかかったように煙が立ちこめ、不思議な香りが漂っている。
「この御香はインドのヴィジャヤナガル王国産であーる! 一昨年の“ターリコータの悲劇”で産地が減っているから早く買わないとどんどん値上がり間違いなしであーる!」
見ると立派な髭の生えた商人が両手に御香をもって呼び込みをしている。
商人の手前にある台では、私の腕ほどもある極太の御香から暴力的な煙が濛々(もうもう)と立ち昇っている。もうちょっと可愛い大きさの御香で良いのだけど。お布団に御香を焚きこめたら素敵な香りと一緒に眠れるかなあ。
御香の屋台の隣では金属製でピカピカに磨き上げられた様々な神像が並んでいる。
大きな象の形をした神様や、手が沢山ある女神様とか。全く知らない神様なのに見ているだけで心が洗われる気がする。こんなお土産どうかな。神様が増えちゃうと問題かな。とりあえず拝んでおこう。
さらに隣は食器屋さん。ため息が出るほど精緻な文様が描かれた背の高いツボや芸術品の様な大皿。
デデに引っ張られて振り向くと1脚のガラスでできたコップが置かれている。すっごいキラキラして綺麗!
こんなグラスで毎日お茶やジュースが飲めたら幸せに決まっているわ。
「おっと、お嬢ちゃんは危ないから触るなよ! こいつは最高級のヴェネツィアン・グラス、ムラーノ産だ! 落して割ったらお嬢ちゃんが100人奴隷になっても弁償できないからな! わっはっは!」
失礼ね! これでも私はお姫様よ! コップの1つや2つで馬鹿にしないでよね。お値段は……。はわっ! こんなの買うなんてどこの王侯貴族よ! お小遣い全部使ってもまったく足りないじゃない。お姫様とか口に出していたら大恥かくところだった。危ない危ない。
近寄るのも怖いわ。割ったら本当に奴隷にされちゃう。離れよう。
恐る恐る食器屋から離れた先には先ほどの御香とは違った甘い煙が漂っている。
「ここはタバコ屋。こっちは今ペルシアで大流行の水タバコ。嬢ちゃんには10年早いな。でも嬢ちゃんでも食べられる子供用の甘ーい嚙みタバコ、“グトゥカー”もあるぞ。買うか?」
黄緑色の葉っぱで包まれた親指大のグトゥカーが差しだされる。
匂いを嗅いでみるとハーブのようにスース―感じと、甘ったるいような、でもなんだか危険な匂い。
「リルカ、そいつは危険だ! 子供用とかいうけど、タバコはタバコだ。ビンロウジも入っている。中毒になるぞ!」
アディルが大楯で遮るように私の前に立ち塞がり、タバコ屋から遠ざけられる。
危険な人がいるだけじゃなくて、危険なものも売っているのね。
テテの町、油断しちゃいけないわ!
先に進むと少し遠くの屋台に人の輪ができている。楽しげな音楽も聞こえてきた!
3人で駆け寄ると、楽器を掻き鳴らして呼び込みをしている。
「楽器の王様、リュートはいかが~♪ ヨーロッパじゃどこの国の貴族も王様もリュートの練習に夢中だよ~♪」
長細い半球型の胴体とその上部から平たい板が伸びている。胴体から板の方に弓で使うよりも細い弦が何本も張られていて、その弦を指で弾くと優しい音色が響いていく。
お父様へのお土産はリュートもいいかも!
お父様がリュートを弾いて、私とお母様が踊るの!
いいな♪ いいな♪
まだまだ屋台はたくさんある。
どの屋台も初めて見る物ばっかり!
あぁー。私の探検記念のお土産と、お父様へのお土産と。どうしよう何を買おう。
素敵なものも欲しい物も沢山あって目が回っちゃう!
お小遣いが無限にあったらいいのに!
6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。
2018年1/1の0時から、2時間毎に1話更新予定です。




