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6歳12月(26)

6歳12月(26)


「ビノというのか。ビノにとって、仕事とはなんぢゃ?」


興味を示したキノコ爺がビノに問いかける。


「仕事っていうのは、最高神から与えられた罰だ。最高神のいう事をきかずに勝手に戦争して争い始めた人間に対して、生きていくための苦しみとして与えられたのが仕事なんだ!」


「ほっほっほ!良く勉強しているのう。だがワシらはそう思ってないのぢゃ!」


「じゃあ、仕事はなんだっていうんだよ!」


「ワシにとって、仕事は“生きがい”ぢゃ!」


「生きがい?なんだよそれ?」


「生きがいっていうのはな、“生きるに値する価値”のことぢゃ。ワシにとって仕事とは、ワシの人生の目的すべてなんぢゃ。」


キノコ爺が胸を張って答える。


「生きがい……。」


ビノは初めて接する言葉をどう扱って良いのか分からないようで、口を噤んでしまう。


「私にとって、仕事とは“命の使い方”だ。いつか消えるこの命、どこに使うか悩んだ末がこの仕事だよ。」


ビノがはっと顔を上げると、ギョロ髭がニッコリと笑っている。

怖い顔だけど、笑うと意外と可愛いわね。


「仕事とは~♪愛~♪すべての生きる人へ与える愛♪それこそ私にとっての仕事~♪ア・ア・ア~♪」


アレクが喜ぶように歌う。


「仕事とは、拙者にとって生き様でござる。恰好良く生きる道。それが仕事でござる。」


イワンは大弓を片手に恰好よさげなポーズと共に決め台詞を吐く。


「仕事ってのは、誰かに必要とされることだぜ。少なくとも俺にとってはな。」


ホルデンがビノに向かって寂しそうな陰のある笑みを浮かべる。

たくさん、たくさんの隠れた思いがあるのだろう。


「飯をより旨くするための筋トレ!それこそが仕事!ガハハハ!」


あ、ワルダーは何も考えてないわね。でもとても分かりやすい。シンプルな理由こそ心に伝わる。


「仕事はね、大切なものや、人を守るための、力ですよ。」


ミンが噛み締めるように、ビノへ、そして自分にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

その目は優しくビノを見守るように微笑んでいる。


そしてキノコ爺がまた語り始める。


「おぬしが考える仕事の意味は罰ぢゃろうが、ワシらの考える仕事の意味はそれぞれ違う。何が正しいことなのか、自分で考えるのぢゃ。分かるな。」


ビノは口を一文字に閉じたまま、真剣な眼差しでキノコ爺を見据えて、グッと顎を引くように頷く。


「それにな、このイベントの名称、“チャキチャキッ公衆衛生ポイントラリー”のチャキチャキとは、ショナ語で“自分自身による自分自身のための”という“パチャコパチャコ”が訛ったものぢゃ。今回の仕事は、巡り巡って全て自分自身のため。そんな仕事なら喜びともいうべきもの。楽しく頑張るのも当然ぢゃろ?」


キノコ爺は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる。


え?ちょっとまって。お母様から意味を聞いたというカイサは、チャキチャキの意味って手早い仕事ぶりとかいってたけど、全然違うじゃない。訝しげにお母様の顏を見上げると、“私も初めて聞いた!”みたいな顔で見返してくる。お母様も知らなかったのに適当な答えをカイサに言ったのね。……ま、お母様だから仕方ないわ。カイサに正しい答えを教えておかなきゃ。


「ビノ、これで近衛軍のみんなが遊んでいるわけじゃないって分かったでしょ!ビノもお仕事したくなった?」


私が殊更明るくビノに問いかけると、私の期待とは違う答えが返ってきた。


「おまえらが極悪非道でふざけた奴らじゃないなら、なんで!なんで酷い仕打ちをしたんだよ!俺の父ちゃんを……。」


ビノはこの3日間一緒に過ごして見てきた現実と信じてきた憎しみとの狭間で、心が二手に分かれて大戦争を起こしているかのように悲痛な顔で、腹の底から絞り出すように答える。


「ビノ……。」


その酷い仕打ちの内容を聞こうとする前にビノが続けた。


「それに俺は奴隷になっちまった。しかも逃亡奴隷だ。今さらまともな仕事なんてできっこないんだよ!おまえらみたいな表の世界ヘ出ちゃいけないんだよ!なんで俺と母ちゃんだけがこんな目に遭うんだ!何も悪い事なんてしてないのに!父ちゃんは殺されて。俺と母ちゃんは奴隷にされて、犯罪者扱いだ。畜生めぇ!おまえらは日の当たる場所で楽しい仕事と充実した人生を喜んでいやがれ!俺は日陰の、薄汚ねぇゴミ溜めみてえな裏の世界で、おまえらを呪って恨んで野垂れ死んでやる。俺が死んだらきっと最恐最悪の精霊に生まれ変わって、この世界の幸せそうな奴らの命を残らず喰らい尽くしてやる。おまえら覚悟しておけよ!」


いけない!このままじゃビノが救われない。


「お母様……!」


お母様だったらビノを助けてくれる、そう思って振り向くとお母様は“あら、今日の焼鳥は美味しいわね”とでも言いそうなフワフワとした笑みを浮かべてよそ見している。

ここはそういう緊張感の無い表情はやめてくれないかな。……ま、お母様だし仕方ないか。

ていうかホンワカしてないでビノを助けてあげてよ!


お母様へ訴えかけるように、でも私とお母様の間に挟まるささくれ立ったビノに刺激を与えない様に声を出さず、必死に口をパクパクとさせていると、気が付いたお母様が呑気な笑顔で手を振ってきた。

もうダメかもしれない。


「約束は果たした。こんな場違いな場所とはもうおさらばだ。もう二度と会うことはない。じゃあな!」


そう言うと、ビノはギンシャリから飛び降りようとして……。


「待ちなさい!」


お母様に腰巻を掴まれて宙づりになった。

そしてビノが暴れる間も与えずにお母様は言葉を続ける。


「斥候部隊から報告が入ったわ。ビノとタマラさんを違法に奴隷へ落した者は“斥候部隊の大掃除”に引っかかって処分され、財産は没収。奴隷とされていた者は全て解放された。つまり、もうビノは奴隷じゃないわ。」


ニコリと笑うお母様。その傍らにはいつの間にか斥候部隊の隊長イェンが静かに控えていた。

そっか、斥候部隊の別の大掃除っていうのは違法奴隷の取り締まりだったのね!


ビノは宙づりになったまま首だけを曲げてお母様を見ている。手足は力なくダランと下がり、その目は一度飛び出てから戻ってきたかのようにまん丸に開かれ、口は心臓が飛び出てきそうなほど大きくあんぐりと開かれている。

そのまま固まっているビノは思考すら完全に停止していることを裏付けるように鼻水がひと筋垂れたまま微動だにしない。


タマラさんが駆け寄ってきて、宙づりで固まっているビノを抱き下ろす。


「ビノ、将軍が助けてくださったのよ。もう私たちは奴隷じゃないの!」


タマラさんに抱きしめられたビノはまだ呆然としている。


「それからミン!ビノに話があったわね。」


お母様にうながされた補給部隊の隊長ミンが、座り込むビノとタマラさんの前に進み、片膝をついて目線を合わせる。


「お久しぶりです。タマラさん。」


「あなたはっ……!」


タマラさんはミンの事を知っているようで、驚きに言葉を詰まらせる。

ミンはビノに顔を向け、ゆっくりと優しく語りかける。


「ビノ君、君のお父さんは僕の親友だったんだ。そして6年前、君のお父さんは流行り病で亡くなった。」


何を言われているのか分からないといった顔で下を向いていたビノは、うるさく響く鼓動を10回数えるほど沈黙した後、弾けるようにミンに向かって顔を上げ、焦ったような表情で言い返す。


「違う!父ちゃんはおまえらに焼き殺されたんだ!」


ミンは悲しそうな顔でビノを見つめる。

そして一言一言、亡くなったという親友へ語りかけるように話し出した。


「ビノ君、君はもう大きくなった。伝えても良いのだろう。君のお父さんは自分の命と引き換えに、君やタマラさん、そして村の人々の命を救ったんだ。」


「なんだよ。それ……。」


「6年前、君の住む村で流行り病が出た。補給部隊の同僚だった僕と君のお父さんはすぐに村に向かったが、もう村は封鎖されて誰も入れなかったんだ。」


「違う違うっ!父ちゃんは俺を助けに来た!」


「そうだよ。君のお父さんは助けに行った。

村には流行り病の知識がある人間が一人もいなかったんだ。

そのままでは助かる村人を分けることもできず、全員を焼き殺すしかなかった。

だから!

君のお父さんが、君とタマラさんを救うために、自分の命を捨てて村へ乗り込んだんだ。」


ビノは初めて知る事実に言葉を無くしている。

私はお母様に尋ねる。


「お母様、流行り病が出た村はどうなるの?」


「全ての出入り口が封鎖され、誰も出入りできなくなるわ。」


「もし、誰かが無理に外に逃げようとしたら?」


「残念ながら弓矢で射殺すわ。外の人を守るためよ。」


「村の中の人は、みんな助からないの?」


「食料や薬は外から送り込める。でも助かるかどうかは神様次第よ。」


「生き残った人は?」


「生き残った人々は別の場所に移されて、更に何か月も隔離される。そして残った村の家々や死体は全て焼き払うの。何一つ残さないように。」


「そんな!村が丸ごとひとつ消えちゃうなんて……。」


「感染が広まればもっと酷い目に遭う村が増えるわ。大切なのは流行り病を出さないこと。だから予防接種が大切なの。」


「それがミンが頑張っている牛化人痘っていうものなのね。」


何かを思い出しているのか、お母様も、ミンも、その場にいるみんなが悲しいような切ないような顔でビノを見つめている。


ビノは乗り越えられるのだろうか。

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