6歳12月(23)
6歳12月(23)
翌日も朝から村を巡回する。
今日もギンシャリの上には私、ビノ、お母様の3人。
ビノのお母さんであるタマラさんは野営地でお留守番。
張り切って野営地から出ると、すぐ目に入ったのは石を積み上げる奴隷たちと鞭を振う男。
奴隷部隊の隊長、ホルデンだわ。
「奴隷部隊の仕事は牛糞ケーキ作りよ。」
「お母様、なんとなく聞きそびれていたけど、牛糞ケーキって食べ物じゃないよね!?」
「形がケーキみたいに丸くて平べったい円盤型なだけで、食べる物じゃないわよ。ホルデン!説明して。」
「は~いはい。リルカもそこの小僧も良く聞けよ。」
気怠そうなホルデンが仕方ないといった感じに話し出す。
「牛の糞っていうのは実はほとんど草の塊だ。そのまま固めて乾かすだけでも長く燃える燃料になる。木の少ないこの国じゃ重要な燃料だ。牛糞ケーキ作りは簡単で、牛糞を叩きつけて平たい形に整えて干すだけ。牛飼いの子供たちや女性たちの毎日の仕事だな。」
「牛糞ケーキってどんな風に使うの?」
「チッ!リルカは王家だから使ってないのか?金持ちめ!庶民の家では燃料といえばこの牛糞ケーキが基本だ。小さな鍋で牛乳を温めるくらいなら拳くらいの小さな牛糞ケーキで十分。竈に大きな牛糞ケーキを2つ3つも放り込めば一家族10人分くらいの料理もできるし、数百個の大きな牛糞ケーキをぶち込めば土器や煉瓦だって焼けるぞ。」
「俺だって牛糞ケーキ知ってるぞ!リルカは本当に物知らずだな!」
ホルデンの言葉に乗っかって、ビノが鼻息荒く馬鹿にしてくる。
ちょっと悔しい。
「むぅ。みんなが毎日作っている牛糞ケーキならわざわざ大掃除で作らなくてもいいんじゃないの?今回の奴隷部隊は牛糞ケーキを作っているだけ?」
「今回は主に牛糞ケーキのための乾燥小屋を作っている。今みたいな雨季は乾燥させるのが大変なんだ。乾燥させるために風通しの良い小屋を作ってやれば、その壁に牛糞ケーキを貼り付けて乾燥させられる。雨季でも安定して牛糞ケーキを作ることができれば、牛糞がそこらに放置されない。それが公衆衛生に繋がるんだ。今回の大掃除以外にも仕事で行く先々でちょこちょこ作っているぞ。」
「ジュッポーインツッ!」
お母様の声が高らかに響く。
「みんな助かるわね!私もキャンペーンガールポイントをあげる。じゅっぽいんとー!」
「ちょーほいとまちなは~!ウンコといえばあっし!あっしといえばウンコのお出ましだぜ~!奴隷部隊は牛糞だけじゃねえ。象糞、馬糞、それにライオンの糞まで何でも処理しているウンコ大好きなウンコ野郎たちですぜ!」
途中で変な男が飛び出てきた。さっきも見かけた変態だ。
将軍への説明を邪魔された挙句、ウンコ好きとかウンコ野郎などと呼ばれたホルデンと奴隷たちは迸る殺気で燃えているかのようなオーラを放ち、変態を睨んでいる。
「象糞からは紙も作れるし、象糞を1年乾燥させて煎じて飲めば紅茶みたいな高級品、芳しいサバンナティーだぜ!馬糞は肥料になるし、ライオン糞は身体に塗れば野生動物が近寄ってこなくなる王者のウンコだ!そんなウンコ野郎たちも立派だが、あっしのように舐めるだけでどんなウンコも分かっちまうウンコを愛するウンコマイスターこそ、将軍に必要ギャッ!アヒィ!フンゴォ!……。」
ホルデンの殺意のこもった鞭が空気を切り裂き、容赦無く変態を打ち据えていく。
悲鳴をあげて倒れ込んだ変態に、周りの奴隷たちが力一杯牛糞を叩きつけていき、あっという間に牛糞の山となる。
ウンコの墓標とは変態もきっと喜んでいることだろう。
うん、どうでもいいや。
忘れよう。
「俺は母さんを助けるために少しでも稼ぎたくて、放浪した村々で牛糞ケーキを作る手伝いもしていた。あの乾燥小屋は何度も使わせてもらってた。すげぇ助かってたんだ。こうやって作られていたのか……。」
ビノはまさに乾燥小屋の恩恵に与っていたようで、真剣な表情でホルデンの言葉に感心して頷いている。私が小屋を作ったわけじゃないけど、皆の仕事を褒められた気分で嬉しくなった。
「地味で目立たない仕事だけどな。どれだけ他人を幸せにできるか、その大きさこそが仕事の価値だ。覚えておけよ。小僧。」
束ねた鞭を肩に担いだホルデンがビノにニヤリと笑いかけた。
「仕事の価値……。」
ビノは真剣な眼差しでホルデンの言葉を繰り返すように呟く。
「ホルデン!恰好良い言葉ね!ねえ、お母様。ポイントあげてもいい?」
「チッ!口が滑った。忘れろ!」
プイっと顔をそむけたホルデンは照れ隠しに二度三度と鞭を鳴らして仕事に戻ってしまった。
そんな恥ずかしがり屋なホルデンを、私のポイントで見送ろう。
「じゅっぽいんとー!」
◆◆◆
村の中へ進むと大きな弓を構えた黒い武士たちが息を潜めている。
その中でもひときわ目立つヘンテコな恰好。
裃と袴という名前の服に身を包んでいるのが大弓部隊の隊長、イワン。
「お母様、大弓部隊の仕事は何だっけ?」
「ネズミや害獣の駆除よ。」
なんだか緊迫した雰囲気に圧されて私もお母様もヒソヒソ声になる。
「なんだよあの恰好!ヘンテコリンだな!」
空気を読まないビノの大声で驚いたのか、家から飛び出たネズミが一匹、ちょろっと走る。
「てっ!」
10名の射手が一斉に矢を放つ。
その一本が見事ネズミを射抜く。
イワンだ。
「ジュッポーインツッ!」
「すごいわね!ネズミよ!?あの速くて小さくて、不規則に逃げ回るネズミを射抜くなんて想像もできないわ!じゅっぽいんとー!」
「ふふ、この程度は拙者のように修練すれば誰でも辿りつけるでござる。」
「「「イワン!イワン!イワン!」」」
周りの隊員が弓をクルクルと廻してイワンを讃えるように踊り出す。
ちょっと危ないわよ。そんな大きな弓を振り回さないでよ。
「そこのおぬし。拙者の恰好を“ヘンテコリン”と言ったな。拙者のこの姿の意味が分からぬか。」
「あ、ああ、全然分からねえ。ヘンテコリンで……アホみてえだ。」
ちょっぴりビビりながらも暴言を吐くビノ。
しかしイワンは、やれやれ、といった感じに呆れながらも余裕の表情。
ヘンテコな姿で芝居がかったポーズを取る間抜けなイワンを見て、妙なツボに入った私は笑いを堪えきれない。頬っぺたの筋肉が限界を超えてプルプルしてくる。これも筋肉を震わせてるという状態だろうか。
そして唐突に、イワンは見る者の心を深く貫くほどに鋭い眼差しを投げかけながら口を開く。
「これが拙者の生き様でござるっ!!」
両手を広げ、天を仰ぐように胸を張り、あまりにも自信満々に堂々と言い切るその姿は、神々しいまでに後光が差すような威圧感があり、ビノはその迫力に気おされて息をのむ。
その隣でさらにツボに入ってしまった私は息ができない。
やめて!笑わせ殺す気?
「い、いきざま?」
「そう、いつかおぬしにも分かるときがくるでござるよ。ふふ。」
謎の迫力と良い事言ったような言ってないような言葉に負けて、ビノは神妙な面持ちで黙って頷く。
え?ビノ?本当に納得しちゃったの?
私から見てもイワンがヘンテコでアホっぽいのは間違いなしよ?
爆笑している私が浮いてしまうような雰囲気で、イワンとビノが爽やかな笑顔を交わし、見つめ合ってる。
何この“良い話”的な雰囲気は!?
笑ってる私が空気読めない子みたいじゃない!
「ちなみにネズミ駆除のメインは罠でござるよ。大弓部隊は元々狩りをするのが普段の仕事。動物向けの罠は得意中の得意、さらに今回のために新しい罠も沢山作ったでござる。」
そういって見せてくれたのは、ネズミが一度入ると出て来れなくなるバケツや、ネズミが触れると蓋の締まる鉄籠など10種類以上の罠。
「ジュッポーインツッ!」
「こんな罠、見たこともないわ!じゅっぽいんとー!」
「すげぇ。同じ罠を置いておくとネズミの野郎は賢いから引っかからなくなるんだ。でもこんなに種類があればいくらでも食えるぞ。」
「え?ビノ。ネズミ食べるの?」
「皮剥いで良く焼けば食えるぞ!リルカはネズミも食べれないような意気地なしだったか?は~ん?」
ビノの小馬鹿にしたような笑みと、上から目線の言葉が癇に障る。
「リルカ姫も食べてみるでござるか?ちょうど先ほど焼いたものが。」
それを見ていたイワンから串焼きになったネズミが差しだされる。
これは皮は剥いであるけどほぼ原型をそのままに留めた丸焼きだわ!
そんな串から目が離せない私は、まるでお母様にお仕置きで引っ叩かれる直前のように怯えて泣きそうな顔になっているに違いない。
しかし横目に映るビノの腹立たしい表情を前にして、もうどうにでもなれという勢いのみで串を受取り、口を開ける。
恐る恐るちびりと齧れば何とも言えない泥臭さと苦み。そして鼻を抜ける生臭さ。
こんなの飲み込めない。目に涙を溜めて振り返るとお母様はそっぽを向いて目も合わせてくれない。
助けて!
「なんだよ!俺によこせ!」
ビノが横から串を奪い取ってガツガツと食べきってしまう。
「普通じゃねぇか!変な顔しやがって!いつも美味い物ばっかり食べている金持ちには無理か!」
ビノが馬鹿にしたようにからかってくる。悔しいけど、正直無理。ぺっぺっ!
「リルカ姫が無理に食べる必要はないでござる。でも普通の村々では不作でモロコシが収穫できない時も、狩りの獲物がどうしても見つからない時もあるでござる。生死がかかればネズミだって何だって食べるでござるよ。」
お母様の農業改革でこの国の食料生産は跳ね上がって輸出できるくらいになったらしい。
それでも旱魃や不作があれば、地域によっては困窮してしまうし、シマの材料であるモロコシは寒いとすぐ不作になる。
みんながネズミを食べなくても生きていけるようにするには、旱魃や不作も関係ない食物があればいいのに。それもいざという時の保険として、貯め込んでおける食物がいい。私がお母様からのお小遣いを貯めている貯金箱のように。ちなみに私の貯金箱はキノコ爺に作ってもらった陶器製でカバの形をしている。もちろんデザインはお母様。
それは良いとして、食べ物にも貯金箱が有ればいいのにな。困った時にいつでも食べられる腐らない貯金箱。それがあればみんながネズミを食べなくても生きていける。
「せ、せめてネズミは、ちゃんと捌いて内臓を取って、肉を良く洗って、塩と香辛料を良く擦り込んで臭みを取ってから食べたいな。」
「かーっ!この世間知らずめ!塩と香辛料なんて買う金があったらネズミなんて食わねえよ!」
ビノの言うとおりだわ。反論できない。
でもなんだかビノに言われると堪らなく悔しい。
「えいっ!」
また背中で押しつけると、ビノがお母様の胸甲で守られた固いおっぱいに後頭部をぶつける。
今度はビノも痛がりながら照れている。いやむしろ嬉しがっている。このおっぱい好きめ!
「ぶへ!」
「リルカ!八つ当たりはやめなさい!」
またお母様のチョップを脳天に喰らったけど、ビノが黙ったから良しとしよう。
ポイントラリーはまだまだ続くわ!




