6歳12月(22)
6歳12月(22)
急に怒鳴り声を上げて近づいてきた男の子の前に、槍を構えた護衛の1騎が割って入る。
「護衛は大丈夫だ。下がって良い。その子の顔が見たい。」
お母様の命令で護衛はゆっくりと後退し、改めて仁王立ちする男の子が見える。
彼は私より背が高いのに痩せていて、骨と皮だけに見える手足と浮いたあばら骨にポッコリお腹。その細い首には不釣り合いなほど肉厚な革で作られた無骨な首輪。奴隷の証だ。
学校で習ったわ。十分にご飯を食べることができないと痩せたままポッコリお腹な体型になるって。
私より年上だけど、リルカ探検隊のお兄ちゃんたちよりは少し年下、だいたい10歳くらい。そして噛み付いてきそうなほどギラギラと憎悪に満ちた目で私たちを睨んでいる。
「お母様、あの子は何を言っているの?極悪非道な仕打ちって何のこと?」
振り返ってお母様の顏を見上げるけど、真剣な顔で男の子を見つめたまま返事が無い。
「申し訳ございません!どうかお許し下さい!」
女性が駆け寄ってきて、男の子を後ろから抱き留め、必死に謝ってくる。女性にも同じ首輪。奴隷の母子なのだろう。
「俺の父ちゃんを焼き殺したくせに!ふざけた遊びしやがって!許せないんだよ!」
「やめなさいビノ!あなたが死んだら私はもう……。」
奴隷の母親はそう言って細い腕でビノと呼ばれる男の子を抱き締めたまま泣き始める。
ビノは下唇を咬むように口を歪め、俯いている。
二人ともボロボロの服を着て、ろくにご飯を食べてないのが窺える。周りを見渡しても奴隷の主人らしき人は見えない。逃亡奴隷なのだろうか。
「ビノというのね。一緒に来なさい。」
私がお母様の言葉にビックリしていると、同じように驚いた奴隷の母親が慌ててビノを庇うように前に出る。
「どうか!ビノを連れて行かないで!お願いです!」
「大丈夫よ。罰とかじゃないから。お母さんも一緒に来てくださいね。ビノ、あなたが“ふざけた遊び”って言う仕事が、本当に遊びかどうか見せてあげる。それとも怖い?」
「こ、怖いもんか!」
ビノも予想外の言葉に驚いて、目を大きく見開き口を餌を待つ雛鳥のようにポカンと空けていたが、お母様の煽り文句で思い出したようにキッと睨む顔に戻る。
「では、一緒に行くわよ!」
そう言うお母様の目はとても優しそうに笑っていた。
◆◆
のんびりカッポカッポとギンシャリの蹄の音が響く。
ビノのお母さんは、タマラさんという名前らしい。
ビノとタマラさんが歩くスピードに合わせてのんびり揺られているとお散歩のような気分。
そこへ村の中央からテンポの良い歌が聞こえてくる。
「「「ンコンコンーコ♪ンーコンコンーコ♪」」」
「お母様、やたらテンポ良くてノリノリな歌だけど、なんて言ってるのか分からないわ。」
「あれは歩兵部隊のアレク隊長のところね。仕事は……トイレ掃除よ。」
「「「ウンコはイイコ♪ウンコはサイコー♪」」」
ウンコウンコって歌ってたのか。直接過ぎだわ。もう一捻り欲しい所ね。いや、ウンコを捻り出せという意味じゃなくてね。もういいや。
「やい!あの歌のどこがふざけてないっていうんだ!」
ビノが怒鳴って睨んでくる。
歌詞は確かにふざけてるのよね。
何と言い返したら良いか悩んでしまう。
「仕事を見てから言いなさい。近くに行くわよ。」
お母様が上手く聞き流して先に進む。
確かに仕事を見ないと分からないわ。
まだ何か言いたそうだったビノは姿が見えてきた歩兵部隊の仕事ぶりを見て言葉を失っていた。
それは完成された見事なショーのようだった。
短槍をクルクルと廻しながら踊る一団。
華麗なステップで汚物を汲み取る一団。
派手な振り付けで荷車を引っ張る一団。
それぞれがノリノリで自由気ままに動いている様に見えて、その全てがピタリと同じ呼吸で組み合わさり、一つの群舞のように目が離せない。
「アレク!説明せよ!」
ドレッドヘアを振り回しながらノリノリなアレクが駆け付ける。
「将軍♪ア・将軍♪トイレ掃除の説明をするよ♪ア・ア・ア♪」
いつものように歌いながら、肩を揺らし手拍子を打って説明を始めるアレクに、ビノは言葉も出せず混乱している。
「短槍で虫取り♪群がるハエも一網打尽♪」
短槍の先には虫取り網が着けられている。
キノコ爺に頼んで作ってもらった特別装備なのだろう。
トイレに集まるハエを素早い動きで徹底的に駆除している。
「ジュッポーインツッ!」
お母様の声が周囲の歌声を貫くように響く。
「ノリノリ♪テンポが良い歌♪作業も♪ハイテンポ♪」
テンポの早い歌により、みんなの身体も素早く動いている。
仕事がどんどん捗っている。歌にこんな効果があるなんて!
「ジュッポーインツッ!」
「ウンコは♪堆肥へ♪シッコは♪分別♪醸すぜ♪ア・ア・ア♪」
実はウンチとおしっこは混ぜると臭くなる。
混ぜなければ臭いもそれほどではないのだ。
そしてウンチは肥溜めに集めて発酵させれば最高の肥料となって農作物の収穫は劇的に伸びる。
おしっこはお母様が指示して作らせた専用の小屋に撒かれる。何かを作っているらしい。
「ジュッポーインツッ!」
「みんなで歌えば♪村人も踊りだす♪一緒に踊ろう♪ア・ア・ア♪」
皆の目を惹き付ける群舞は楽しげで、観ていた村人まで飛び込み参加している。大変な作業で皆が嫌がるはずなのにこの意識改革は素晴らしい発明なのかもしれない。
「ジュッポーインツッ!」
連続するお母様のポイントコール。
「ちょーほいとまちなは~!ウンコといえばあっし!あっしといえばウンコのお出ましだぜ~!
あっしの作った5年熟成の堆肥をみてくだせえ!匂いも無くトロリと最高に美味そうはあぁっ!」
途中で変な男が飛び出てきた。
しかし華麗なステップを踏む歩兵部隊を避けきれずに激しく突き飛ばされ、山積みのウンコの荷車に頭から突き刺さったまま運ばれていった。
なんだっけあれ。
まあいいや。忘れよう。
「ふざけた遊びに見えるかも知れないけど、トイレ掃除のお仕事は大変よ?」
私が隣にいるビノに話しかけると、彼は怒ったような困ったような複雑な表情で奥歯を噛み締めている。
「仕事じゃない♪愛なんだ♪誰かを想う気持ち♪誰かが喜ぶ姿♪全部愛なんだ♪ア・ア・ア♪」
「確かに愛としか表現できない仕事ぶりだわ。じゅっぽいんとー!!」
この仕事には私も文句なしでポイントをバンバン出したい。
その後も歩兵部隊は大盛り上がりでポイントを重ねていった。
◆◆
お日様も傾き、次のチェックポイントのとなる村へ向かう。
村に野営地が作られているというのでそこでお泊りとなる。
村から村への移動は、徒歩で付いてきたビノとタマラさんには流石に辛そうで、ビノは私たちと一緒にギンシャリの上に。タマラさんは護衛の1騎に乗せてもらった。
ギンシャリの上では背の高さ順で、私、ビノ、お母様の並び。
お母様と私に挟まれたビノは大人しくなっている。
「ビノ、緊張しているの?」
私が振り返ってビノに尋ねると顔を真っ赤にする。
「おまえみたいなチビに緊張なんてしないやい!」
「チビは関係ないでしょ?耳元で怒鳴らないでよ!えいっ!」
背中でもたれかかるようにビノを後ろに押すと、お母様の胸甲の2つのでっぱりに後頭部をぶつけて声にならない声を上げる。
「みゃはは!うぐっ!」
それを見て笑っていると私もお母様から脳天にチョップを喰らって目尻に涙が滲む。
「ギンシャリの上で暴れないの!」
痛かった自分の頭を擦っていると、今度はビノに鼻で笑われた。
そんなビノも後頭部を擦りながら何度もチラチラと振り返ってお母様の胸を見ている。
……男の子は固くてもおっぱいが好きなんだなあ。
野営地に着くとご飯の準備!
「ビノもタマラさんも一緒に食べなさい。」
「い、いいのか?」
「お腹いっぱい食べなさい。その代わり、最後まで付き合ってもらうわよ。リルカ、ご飯取ってきてあげて!」
「はーい!」
私は補給部隊の馬車へと走り出す。
今日のご飯は作りたてのシマと、豆のシチュー。
キノコ爺自慢の“野外釜1号君”の大活躍でいつでも温かいご飯が食べられる。
私は貰ってきたビノとタマラさんの分のお皿を差し出す。
「飯を貰ったって、お前らの極悪非道な仕打ちは忘れたりしないからな!」
ビノはひったくるように私から皿を奪い、掻き込むように口いっぱいに頬張る。
あ、これ、見覚えある。ダメなやつだわ。
慌てて水を貰って戻ってくると、思った通りビノは喉に詰まらせて足をジタバタしていた。
「お腹空いている時に慌てて食べると、喉に詰まったり、お腹が破裂しちゃって死んじゃうんだからね!ゆっくりゆっくり食べるのよ。慌てなくても沢山あるし、時間をかけても良いんだからね。」
水で流し込んで何とか命が助かったビノは涙目で息を切らしている。
その背中を擦りながら注意すると、意外にも素直に頷いていた。
私もお腹いっぱい食べるとすぐ眠くなっちゃった。
今日はなんだか精神的に疲れる一日だったわ。
いつものベットと違って固い寝床だったけど、お母様にくっついていたらすぐに気が遠く……。




