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6歳の12月(19)

6歳の12月(19)


「リルカ、それにあなたたち。派手にやってくれたわね。」


お母様の威圧感から静かな怒りが伝わる。

大粒の雨に濡れそぼるまま、全員が立ち上がり直立不動となる。


「全員、そこに並んで、お尻を向けなさい。」


お母様の言葉で私に戦慄が走る。

脳裏に蘇るのはお母様の振るう丸太でお尻を吹き飛ばされた記憶!

自分の顔から血が引いていく音を感じながら横にいるお兄ちゃんたちを見ると、目をいて口は半開きになり、恐慌に陥っている。

言葉を発さずにお互いの顔を見ては大袈裟なジェスチャーで恐怖を伝え合っている姿が痛ましい。

お兄ちゃんたちも以前、お母様のお仕置きで私がお尻を割られていた姿をみているから、“お尻を向けろ”の意味を想像しているのだろう。

今が昼間だったら全員の黒い顔が真っ青になっていることを確認できたに違いない。


「二度も言わせるな!早く!」


お母様の激しい命令が飛ぶ。

これは早く動かないと叩かれる回数が増えるやつ!

全員慌てて並んでお尻を向ける。

みんなで恐る恐る肩越しにお母様に注目していると、

お母様はすらりと背中から武器を抜き放った。

それは見覚えのある、でも色も質感も全然別のもの。


「お、お母様、その見事な武器は何でしょう?」


張り扇(ハリセン)よ。ただし、鉄板で作られているわね。」


「「「「「ひいいぃぃぃぃ!」」」」」


ドバババババッシャーーン!


それは目にも止まらぬ体捌きで放たれた5連撃。

響く甲高い衝撃波。吹き飛ぶお尻たち。


お尻を叩かれたのに衝撃は脳天から抜けて目から星が飛んだ。

叩かれた衝撃でみんな頭から泥に突っ伏して、呻いている。

自分のお尻が消し飛んだように痺れて感覚が無い。


「うわあぁぁん!私のお尻が!お尻がああぁぁ!」


「な、なんでデデだけ叩かれないだす?」


デデだけがお尻を向けたまま、まだ震えている。


「みんなはいうこと聞かずに逃げなかったからお仕置き。デデはちゃんということ聞いたからお仕置き無しよ。」


涙目で安堵の息を漏らして胸を撫で下ろすデデ。可愛い。許す。


「さあ、男の子たちはもう遅いから早く宿舎に帰りなさい!駆け足!モタモタしているともう一度張り扇(ハリセン)をお尻にぶちかますわよ!」


お兄ちゃんたちは慌てて地面に突っ込んでいた泥だらけの顔を拭い、お互いに肩を貸しあってへっぴり腰で足を引きずるように宿舎へと駆け出す。


残された私。目の前にはお母様とその後ろに隠れるイェン。

お兄ちゃんたちを見送ると、お母様に隠れていたイェンが私の前に歩み出てきて口を開く。


「まさか将軍とリルカちゃんからまったく同時に、まったく同じ依頼が来るとは思わなかったわ。」


イェンの口から、思いもよらぬ言葉を聞かされる。

依頼はもちろんアディルのお父さんを追い返す偽情報の件。でも同時にって事は……。



「まさか、あの酒場の時に!」


「ええ、将軍も居たわよ。わたしの後ろにね。相談中にリルカちゃんたちが来たから一旦移動してもらったわ。」


イェンの後ろはすぐに壁だったはず。てことは、壁の向こうにお母様がいた!?


「将軍の依頼でもなければ、いくらリルカちゃんのお願いでも気軽に部隊を動かす事はできないわ。偽の情報を流した者はもう二度とその地域には戻れなくなるの。人によっては故郷を捨てる事になるのよ?」


「そんなに重大な事なの!?」


「当たり前でしょう?相手も馬鹿じゃないもの、情報源を突き止められて殺されちゃうわ。だから本当に今回だけ特別よ。次はよっぽどの理由が無ければ動かないわよ。それを念押しに来たの。いいわね!」


私はお尻の痛さに加えて、自分の悪戯のせいで誰かに故郷を捨てさせたのかも知れないと思うと悲しくて、目に涙を溜めたまま深く頷く。

それを見たイェンはお母様に軽く会釈して去っていく。


イェンを見送ったお母様がなんでもない世間話のような顔でしれっと話し出す。


「私は酒場で今回の計画も私からの指示もちゃんと言ったのよ。特別に耳が良いデデには聞こえていたみたいだけど、リルカには聞こえなかったかしらね。」


「デ、デデにぃに~!あの何度も必死に頷いてたのは、お母様の指示を聞いてたからだったのね!」


「あら、デデを責めるのは間違いよ。“リルカに喋ったらお仕置きよ”って言い含めたのは私だもの。」


「むきー!じゃあ、私のトロイの子象作戦も聞いてたのね!?」


「あの箱のどこが“トロイアの木馬”なのよ。ギリギリ理解できるのは“相手を油断させた”ってことだけだわ。」


「それでわざわざ私の作戦に乗っかって、トロイアの木馬ならぬ木象を作らせたの!?」


「それがね、なんでか分からないけど、キノトに相談しに行ったらもうすでに親象を作り始めていたのよね。リルカの作戦に乗るつもりは無かったけど、そのまま使わせて貰ったわ。ミンは資材箱が無くなったって泣いていたけど。」


「じゃあ、最初から近衛軍全体でングルウェをやっつける予定だったのね!斥候部隊はアディルのお父さんを追い返して、工作部隊のキノコ爺が親象作って、突撃部隊のワルダーが親象を動かして、歩兵部隊のアレクが歌って水袋投擲して、奴隷部隊のホルデンが鞭を振っていたし、大弓部隊のイワンが松明を射落として、補給部隊は薪の代わりに水筒を納品してたわ。」


「最後にリルカが幼年兵部隊の代表として篝火を消したってことで全軍参加ね。」


「いつの間にか私の作戦が、お母様の計画に組み込まれていた!?」


「そうよ。近衛軍全体でやった事にしないとみんなの収まりがつきそうになかったもの。」


「お母様は専守防衛じゃなかったの?なんで攻撃しているのよ!」


「これは抑止力ってやつよ。次に舐めたことしないように躾けておかないと次は本気の戦争になるわ。お互いのためよ。相手が誰であろうとお互いにおそれ敬意を払うっていうのは正しい関係よ。」


「お母様、昨日と言っていることが全然違う!」


「朝令暮改って言ってね、昨日には昨日の、今には今の真実があるのよ。まあ、お母さんの言葉も常に半分間違いだから100%信じちゃ駄目って言ったじゃない。いつでも真実は半分だけよ♪」


お母様が珍しくお茶目に片目を瞑って可愛く言い放つけど、言ってる内容は全然可愛くない上に反論する言葉すら思い浮かばない。


「お、大人って!なんて理不尽なの!」


「でも最後のリルカの張り扇(ハリセン)だけは想定外よ。ングルウェがあれで気絶してくれたから助かったものの、振り向かれていたらリルカの顔を見られて、言い訳できなかったわよ。危ない所だったんだから。王火が消えた時点でリルカの作戦は完了なのになんで逃げなかったのよ。」


「ングルウェの肩にりついた黒い影をやっつけたかったのよ!

お母様、ングルウェを張り扇(ハリセン)で叩いたところ見た?光る星が飛び出て黒い影が消え去ったのよ!これできっとングルウェにりついていた邪悪なものが去って、態度が変わるわ!」


「叩くところは見てたけど、そんな影も光も見てないわよ。」


「ええー。お兄ちゃんたちは見えたっていうのにー。」


「あなたたち、みんなして邪気眼ジャキガン持ちね。リルカたちの黒歴史として書き残しておいてあげるわ。大人になってから読んで悶え苦しみなさい。」


「なによそれ。本当だってば!」


「はいはい。早く帰ってお風呂よ。身体冷やしちゃ駄目よ。」



---



翌々日、早朝からお日様が顔を出し、朝日射す祭壇の前には部族長が一人だけ。

ングルウェのためだけに行われた王火を渡す儀式では、王様の説教が続く。


「王火をこんな短い期間で消した者は初めてだ、と王が仰っております。」


下の広場に整列する近衛軍からは声にならない笑い声がサワサワと伝わってくる。


「むぐぐ。貴様ら、覚えておけぇ。」


「あらー、そんなこと仰ると、帰り道にまた化け物が出て王火が消えてしまうかもしれませんね。今度は私たちも守って差し上げられないかもしれませんよ。ちゃんと持ち帰れるようにお気を付けくださいな。」


ングルウェの懲りない言葉に対して、お母様をいつも伸びている背筋をさらに伸ばすように大きな胸をさらに大きく張り、見下すような視線と共に脅し文句を投げかける。

自分で襲っておいて守ってやったと恩に着せる。

酷い自作自演もここまで堂々と言い切れば本物だわ。


返す言葉もなく、顔を真っ赤にして怒りの視線を向けてくるングルウェの肩には2匹の黒い影が乗っている。


「ほらリルカ、ングルウェの態度は変わってないじゃない。」


「いやいやお母様、やっつけたはずの黒い影が2匹に増えているのよ!」


横を見ると霊媒師は明らかに憎悪の視線を私に向けている。怖い。


そのまま儀式は無事に終わり、ングルウェはひとまず大人しく引き下がった。

しかしあの霊媒師に纏わりつく影をなんとかしなければ、ングルウェはもちろん、きっとこの先もお母様に喧嘩を売る人が増えるわ。しかしまあ、お母様の理不尽さには敵わないかもしれないけど。


今日で王火の儀式での大騒ぎはおしまい。

もうこんな儀式、二度と御免ごめんだわ。

早く世界中を探検して美味しいものを食べて回る生活ができますように。


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