6歳の12月(18)
6歳の12月(18)
騎馬の囲みを割って駆け出すングルウェを、レンジャー部隊は追うことなく見送る。
不自然に大きな足と手を不器用に振り回して親象箱へと駆けていく。
松明を持ったングルウェは親象箱に向かってあと15mといったところまで駆け寄ってきた。
親象箱に向かって歩み寄っていた私にも近い。
「ちっ!」
雨音に混じって鼓膜に突き刺さるような舌打ち。
それと共に大粒の雨ごと空気を切り裂く音が響く。
この舌打ちは奴隷部隊の隊長、ホルデン!そして達人の鞭が振るわれている。
ホルデンの舌打ちは機嫌が良いとき悪いとき、それに照れ隠しのときなど全て音が違う。実に表情豊かな舌打ちだ。部下の隊員たちも仕事中に舌打ちをされるだけで次の指示が無くても動けると言っていたから推して知るべしである。ちなみに今日の舌打ちは酔っぱらって機嫌よく鼻歌交じりだけどちょっと眠くなってきちゃったなって感じの音。
この状況でお酒飲んでるの!?
ングルウェは鞭が弾き飛ばしたであろう石に、その大きな足を引っ掛けて体制を崩し、松明をなんとか守りながらも片手両膝をついてしまう。
「ぬわっ!……はうわぁ!」
続けてングルウェの情けない声と共に、松明だけが不自然に手元を離れて吹っ飛んだ。
私の目は飛んでいく松明の横に、黒く塗られた矢が一本突き立っているのを見逃さなかった。
カイサなの?
いや、転びそうなングルウェの手元の松明だけを狙って弓矢で撃ち抜くような神業を、こんな重要な場面で成功させるなんて。カイサにそんな度胸はないわ。
こんなことができるのは大弓部隊の隊長、イワン!
目を凝らすとイワンとその取り巻きが揃って大弓を振り回して踊っている様子が暗闇の中でぼんやりと見える。その踊りは目立つからやめなさい。
松明は10mほど飛び、親象箱の足元へ。
「ぱおーん!!がははは!」
ワルダーの筋肉によって片足を上げた巨大な親象箱は、地響きと共にその松明を無情にも踏み潰す。
松明は濡れた地面に押し付けられてその熱と光を失ってしまった。
「ああ、余の王火がぁぁぁぁ!」
「ングルウェ殿を親象の化け物から守れ!突撃!」
ングルウェの松明が消えたことを見届けたお母様が先頭を切ってレンジャー部隊が親象箱に向かって突撃した。騎馬たちはングルウェを追い越すように親象箱に殺到する。
「ぱお、ぱおおぉぉん」
親象箱はふざけた声をあげて後退。
声の配役はワルダー以外にもうちょっとなんとかならなかったのだろうか。
「王火が……王火が……。」
四つん這いになって常人の倍は大きい頭を横に振り、親象箱に踏み潰された松明を見つめるングルウェ。
その背後からレンジャー部隊の怒涛に紛れて近づいた私。
ングルウェの肩には暗闇でもなお黒く見える太い蛇のような影が一匹、私を威嚇するようにこちらへ無数の触手を向けている。
私は背負っていた神剣張り扇をそっと抜く。
お母様の御伽話において数々の魔を屠ってきた張り扇。こいつなら。
身体を捩り全力で振りかぶると一足飛びにングルウェの背後へ。
渾身の力を込めて横殴りに張り扇を振り抜く。
張り扇はングルウェの後方から肩を掠めてデッカイ頭の横面へ。
ズッパーーーーン!
凄まじい音と衝撃と共に、星が、飛び散った。
叩かれた側が星が飛んで見えるというのは良く聞く。
しかし叩いた私にも、もしくは周りで見ていた人にも星が飛んだように見えたのではないだろうか。
張り扇は肩に乗る黒い影を切り裂き、横面に叩き込まれると同時に幾筋もの星や光を放ち、それで刺し貫かれた影は消滅していく。
残った影は煙のように空に昇って消えた。
「やった……んー!」
急に世界が逆さまになる。
私は縄で縛られているのか、腕が動かせない。
誰かに担がれているのか、脚を動かしても宙を掻くばかり。
口には何かを突っ込まれていて喋ることもできない。
逆さまに見えている世界に、逆さまのアディルの顔が見えた。
「逃げろって言ったくせに、なんで殴りに行ったんだ!」
「リルカを縛るために用意した縄じゃないだすよ!」
「ングルウェさんに見つかっちゃヤベェって。逃げるぜ!」
「なんでリルカを担がなきゃいけないのであるか!」
私はいつの間にか縛られた上に猿轡をかまされ、オニカとカイサに担がれている。
「むがー!」
私の抗議は空しく無視され、大雨の夜空を見上げながら私は運ばれていった。
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いつもの集合場所。小さな火が焚かれてる。
乱暴に地面へ転がされた私を介抱してくれたのは先に待っていたデデ。
縄が解かれて動くようになった手で猿轡を外す。
「もう!扱いが雑よ!」
「作戦を守らなかったリルカが悪いんだ。」
「誰のために自分らがあんな危険なところへいったと思っているのであるか!?」
「おいら、今日は箱を運んでリルカを運んだだけなのに疲れたぜ。」
デデは心配そうな顔で、私に付いた泥を払ってくれている。可愛い。
「お礼が先だす!みんな危険を承知でリルカを助けに行っただすよ!」
みんなの視線が私に集まる。
怒った目。心配した目。優しい目。
みんな顔も身体も泥だらけなのに、私の事を見て動かない。
みんなに対して文句はある。なんで先に逃げなかったのか、とか、こんな乱暴な形でなくても一緒に逃げたのに、とか。
それに負い目もある。撤退する約束を無視して単身ングルウェに攻撃したことや、みんなまで危険な状況に付き合わせてしまったこと。
でもきっといま私は、“ごめんなさい”じゃなくて“ありがとう”って言わなければならない。
それは、彼らが自身の危険を顧みずに、私の事を守ってくれた気持ちに対して。
「ありがとう。アディルにいさん、カイサあにき、オニカあんちゃん、デデにぃに、フマあにじゃ。ありがとう。」
「……もう、するんじゃないぞ。」
アディルの後に他の言葉が続かなかったのは、みんなきっと同じ言葉を思ったから。
感謝しよう。こんなに寛大に許してくれるお兄ちゃんたちに。
「みゃはは。たぶんまた暴走しちゃうわ。その時も助けて……くれる?」
「ほら、やっぱり全然反省してないのである。」
「あかんだす。やめろって言ってもどうせ無駄だす。」
「はあ、暴走を自覚している分だけ性質が悪いぞ。」
「ああ、おいら知ってたぜ。リルカがそういう奴だって」
デデが呆れたように目を瞑って首を左右に振る。呆れられて悲しいけど可愛い。
やっぱりずうずうしいお願いよね。ちょっと悲しくなって上を向く。
上を向いたのは今日の雨が涙を隠してくれるから。
「でもまあ、おいらの筋肉が震えている間は助けてやるぜ。」
「俺は副隊長だからな。仕方ない。」
「ご馳走の約束、忘れたら見捨てるだすよ!」
「自分は大人だからな。ガキの面倒は見てやるものである。」
デデがニッコリ笑って私の袖を掴む。可愛い。
みんなの顔を見渡すと、みんな二カッと格好良い笑顔。
「ありがとう!お兄ちゃんたち!大好き!」
私はみんなに抱きつきながら、泥だらけの身体を払ってまわる。
やっぱりちょっと反省しよう。みんなを危険に巻き込まない様に気を付けよう。
だってこんなに大切なお兄ちゃんたちだもの。
「ところで、張り扇から出た光、見えた?」
「おいら見えたぜ!なんか黒いモヤモヤがバッと飛び散って消えたぜ!」
「なんか星が飛び出たのであるな。」
「それに、とんでもない音と衝撃だす。」
「あの影はなんだったんだ?」
叩いたところを見てないデデは話しについていけなくて首をひねる。可愛い。
「正体はよく分からないけど、霊媒師には黒い影がウジャウジャ纏わりついていたわ。ングルウェにはそれと同じ影が一匹だけ肩に乗っかっていたの。それを追い払いたかったのよ。」
「何か、悪いモノが憑りついていた、ということか。ムハンマド伯父さんは地元じゃ割と良い人だ。その影のせいで将軍に悪意のある行動をしていたのかもしれないぞ。」
「エロいし、悪戯はするが、憎めない人だったはずである。」
「エロくて悪戯好きの人は良い人とは言わないわよ!」
「だから、割と、だ。」
「その影は黒魔術ってことだすか?」
「じゃあ黒魔術を祓ったリルカの神剣張り扇が白魔術だってことだぜ!さすが史上最高の白魔術師である将軍の娘だぜ!」
「まあ、それでムハンマド伯父さんが落ち着いてくれたらい……いぃっ!!」
急に立ち上がるアディル。
その視線を辿って振り返ると、腕を組み仁王立ちするお母様とその後ろにイェンが立っていた。




