6歳の12月(17)
6歳の12月(17)
私たちは子象箱に入って移動を始める。
目指すはングルウェの大天幕。
「狭いのである。」
「この箱重いって。何でできているんだぜ?」
「文句言わないの。みんなで持っているんだから頑張れるでしょ?」
箱は私が10人は入れるほどの大きさがあったが、
私より大きい男の子が5人も入ると身体が密着するほど狭くなる。
必然的に1列に並んで歩調を合わせ軍での行進のように進む。
前後に背の高いオニカとカイサ。挟まれるようにデデ、フマ、私、アディルの順番。
同じ班だもの、息はぴったりよ!
「いたっ!痛いだす!リルカ、そのブーツは凶器だすよ!」
「ごめんねフマあにじゃ。私の可愛い足が長過ぎるのがいけないの。」
「反省する気まるで無しだすね。その足短くしてやるだす!」
息はぴったりでもたまには歩調くらいずれるわ。
「狭いんだから喧嘩は勘弁してくれって。しかし息苦しいぜ。」
「息苦しいのは箱の隙間を徹底的に埋めちゃったからだわ。時々箱を持ち上げて空気を入れましょ。」
さらに前回の反省から内側に鉄板や粘土でコーティングして、ちょっとやそっとじゃ壊れないように強化してある。箱が重くなっているのはそのためだ。
隙間は前方を見るための小さな穴だけ。それもすぐに塞げるよう粘土を盛ってある。
「それにしたって“子象の散歩”って作戦名はセンスがないのである。」
「なによ。もっと良い名前があるっていうの?」
「もっとこう“天空神の裁きの雷”とかそんなのが良かったのである。」
「“闇総べる黒魔術王の暗黒の劫火”っていうのはどうだぜ?」
「“魅惑なる天上から集いしご馳走パーティ”が良いだす。」
「“親不孝でごめんなさい”、だな。」
「全部却下よ!あとアディルのは心にくるから止めて。」
「すまん……冗談だ。」
なんとも緊張感に欠けた話をしながら慣れた道をゆっくりと進んでいると、辺りはすっかり深い暗闇に閉ざされて、通りがかりの天幕の入り口にある篝火の周りだけがぽっかりと浮かぶように明るい。
道を進む私たちの箱はきっと闇に溶け込んで簡単には見えないだろう。
ついにングルウェの大天幕が近づいてきた。
他の天幕の陰から少し遠目に様子を伺う。入り口前に衛兵は2人。
篝火はひとつだけ、火の上には雨避けに小さな屋根がついている。高さは私の身長くらい。
「さあ、このままそーっと近づくわよ。覚悟は良いわね?」
雨は強く大粒になりはじめ、箱の天井をリズミカルに叩く。
私の鼓動もさらにテンポが上がり身体が跳ね上がりそうになる。
頭に血が昇るような興奮状態。これがきっと、戦場の気分ね。
「なんだありゃ?」
「将軍の坊っちゃんたちが遊んでいた箱だな。帰ったのを知らないんだろう。急だったからな。」
なんとものんびりとした衛兵の言葉が聞こえてくる。
ここで私だけひとり箱の中に残して、他の5人は見つからないよう慎重に箱から出る。
ここからデデは1人別行動で離れて行く。そして残る人は箱を支えつつ、ゆっくりと篝火に近づいていく。
「見送りか?遊び相手の坊ちゃんたちはもう帰ったんだ。残念だったな。」
「こんな雨の夜に来てくれてありがとうな。坊ちゃんたちには伝えておくよ。」
衛兵たちは優しく語りかけてくる。
「なんか、すっかり存在がバレているだす。」
「しー。中身がバレてないから大丈夫。問題ないわ。」
私たちの箱が篝火の隣まで近づいた。
暗闇の中、衛兵が箱の後ろに隠れる4人に気が付く様子はない。
「おい、篝火を倒すなよ?これは王火だから坊ちゃんの友達でも倒すと怒られるじゃすまないぞ。」
衛兵たち2人が近づいてきた。今よ!
子象の箱は口を開くように片側を大きく持ち上げて中身を晒す。
私は箱に取り付けてあった大きな布を広げて、自分を隠す。
「うぎゃあぁぁ!」
衛兵の2人は悲鳴をあげて腰を抜かし、尻餅をつく。
篝火に照らされた箱の中には布に描かれた大きな目が二つ浮かんでいて、悍ましい異形の醜い顔に、その顔が裂けるほど大きな口が真っ赤に開いて、恐ろしく鋭い牙が2重に並ぶ姿が見えているだろう。
そう、アディルの弟たちが言っていた“物凄い邪悪な精霊”のように。
そして真っ暗な雨の夜に篝火の揺らめく明かりで照らされることで、その造形はさらに本物らしく見えることだろう。
バグン!
そして篝火をひと口で食べてしまう箱の化け物。
私は箱の前方に残された覗き穴を塞ぎ、化け物の顔が描かれた濡れた布を篝火に被せて水をかける。
篝火は水の弾ける音と共に大量の煙を吐き出す。
私は火が消えるのを見届けることなく煙を吸わない様に急いで箱から這い出す。
火は空気が無ければ燃えない。
密閉された箱の中では篝火は長く燃えることができず、すぐに消えてしまうだろう。
中は粘土で補強されており内側から箱が燃える心配はなく、鉄板が使われた箱は1人で簡単に持ち上げられるほど軽くない。
「ひぃぃっ!ば、化け物だ!子象の化け物だぁぁ!」
衛兵はまだ尻餅をついたまま後ずさっている。
「よし、散開よ。残る王火は大天幕の中の焚き火とングルウェの松明。行くわ……よ?」
遠くから馬が駆けてくる音。松明の明かりが瞬いて見える。それも一頭二頭じゃない。
あれは……レンジャー部隊!
「作戦撤回!みんな、逃げて!」
箱を背にして暗闇に向かって無我夢中に駆け出す。
後ろを振り返ると、私たちが箱から離れてから数秒後にはレンジャー部隊が大天幕の前に殺到していた。
良かった!誰も捕まっていないみたい。
周りを見渡すけど暗すぎて誰がどこにいるか分からない。
でもみんなが走っている気配は分かる。
「その箱は邪悪な精霊が宿る化け物だ!縛り上げろ!」
箱の方で良く聞く声が聞こえる。
指揮をしているのはお母様だわ!
近くの藪へと飛び込んだ私は、隠れて様子を伺う。
レンジャー部隊は私たちを追うでもなく、大天幕の入り口前に輪を作って包囲し、入り口脇にある箱を縄で縛りあげている。
「これでもう動けぬぞ!子象の化け物め!衛兵!部族長を呼んでまいれ!」
「は、はいぃ!」
お母様の命令で腰の抜かしていた衛兵たちは転がるようにして大天幕に入っていく。
「子象が!篝火が!化け物が!箱が!邪悪な精霊が!」
「ええい!意味が分からぬ!余の松明を持て!」
大天幕の中では悲鳴のような叫び声があがり、大混乱の様子が伝わってくる。
レンジャー部隊に囲まれた入り口から次々と衛兵や松明を持ったングルウェが飛び出てきた。
「か、篝火に箱が。将軍、貴様か!余に説明せよ!」
「巡回中にたまたま襲われていた衛兵を助けたのよ。そちらの衛兵が見ていた通り、子象の箱には邪悪な精霊が宿っていたわ。箱は化け物になって衛兵を喰らおうとしたけど、間違って篝火を喰ったみたいね。今は縛り付けてあるからもう動けないわよ。」
「何を戯言を!者ども、あの箱を打ち壊せ!」
しかし衛兵たちは怯えたように顔を見合わせてなかなか動かない。
「余の命令が聞けぬか!どけっ!余が直々に壊してくれる!」
ングルウェは衛兵から槍を奪うと片手で箱に突き立てようとする。
しかし子象箱は鉄板で補強されており、片手で振った程度の槍が刺さるはずもなく弾き返される。
「ぱおーん!!」
槍を弾き返されて唖然とするングルウェに向かって、しゃがれた象の鳴き声が響き渡る。
それは明らかに誰かが口で言ったと思わしき間の抜けた声。
その声に合わせて道の奥、暗闇の向こうから巨大な何かが迫ってくる。
レンジャー部隊やングルウェの持つ松明の明かりは僅かなものでぼんやりと周囲を照らすばかり。
そこに浮かび上がったのは巨大な象。
いや、箱が幾つも組み合わさって作られた、見上げるほど巨大な象の模型だった。
僅かな明かりで見える巨大な象の正面には、小さな箱が幾層にも連なった鼻が長く伸び、うねる様に滑らかに動いている。
長方形の大きな耳は前後に揺れ、箱の木材から削り出したような牙が突きだし、その肩は私の身長の3倍もありそうに高く、そこから生える2本の前足はちゃんと関節が作られていて足踏みをしている。
そして前足が地面を突く度に、重い大槌で地面を叩きつけたかのように一帯を揺るがす。
本物の象と違うのは角々とした箱の組み合わせでできており、しかも資材用の箱を塗装もせずにそのまま使っているのでロゴマークや商品名がそのままな点。だがそれがいい。荒々しい資材箱の塊としての造形がまさに箱の化け物。私が運んできた子象の絵が描かれた子象箱に対して、これは親象箱に相応しい雄姿。
美しい。完全にやられたわ。
箱に描かれた象ではなく、象の形をした箱の塊。さらに完全可動!
こんなものを作れる人間はこの国に1人だけ。
キノコ爺よ!
私は思わず藪から飛び出て、巨大な象の横へとゆっくり歩み寄る。
近づくにつれて象の後ろ半分が暗闇の中にうっすらと見えてくる。
荷車!?
象の形をしているのは前半分だけで、後ろ半分は荷車に載せられている。
これならこの巨体を簡単に移動させることが可能だ。
どこまでも合理的なキノコ爺の発想に嫉妬を感じる。
この間、私の子象箱を舐めるように調べていった成果がこの親象箱なのだわ。
「ああー。ングルウェが子象の化け物を攻撃したせいで、親象の化け物を呼んだわ!」
さりげなくングルウェに責任をなすりつけているお母様の台詞が若干棒読みなことを気にする暇もなく、
親象箱は更に雄叫びを上げて長い鼻を上に持ち上げる。
「ぱおーん!!がははは!」
このガラガラな声と、豪快な笑いは明らかに突撃部隊の隊長ワルダー。
この巨大な親象箱を動かしているのは突撃部隊の筋肉たちなの?
ていうか象はガハハって鳴かないわよ!誰か突っ込みなさいよ!
「ぐわ!水の塊が降ってくる!」
「松明を守れ!何も見えなくなるぞ!」
大天幕から出てきたングルウェの衛兵たちが慌てた声をあげる。
先ほどから大粒の雨が降っている。
しかし今ひっきりなしに続く、コップ1杯くらいの水の塊が地面に叩きつけられるような音がするはずない。少し近づいてよく目を凝らして見ると暗闇に何か黒い物体が空に放物線を描いて無数に飛んでいる。
物体の出所を探すと一か所。暗闇に紛れて数えきれないほどの人数が棒を振っている。
これは歩兵部隊のスタッフ・スリング!?
水袋を石の代わりに投げているんだわ。
歌が聞こえるわ。歌の大隊長アレク!歌に合わせて正確な投擲をさせているのね!
「おっぱい♪のおっかえし♪おっぱい♪のおっかえし♪おっぱい♪のおっかえし♪」
お母様のおっぱいの報復とはいえ、なんという捻りの無い最低な歌詞!
もっと捻りなさい捻りなさい!
「キャー!ングルウェさま~!煙突から大量の水が!天幕の中の焚き火が消えてしまいます!」
そこへ大天幕の中から悲鳴が聞こえ、侍女と思わしき女性が天幕から飛び出てくる。
「なんじゃと!?雨くらい煙突から入るのは当たり前だろうが!そこに今日届いた薪があるだろう。ありったけ突っ込んで燃やせ!火を絶やすな!」
大天幕の上、焚き火から伸びる煙突の付近を見ると、デデが水を出して空になった袋を広げて、飛んでくる水袋をうまく集めては次々と煙突に放り込んでいた。空を飛ぶ水袋は信じられない精度でデデの手が届く範囲に集中している。スタッフ・スリングってここまで精度が上げられるものだったのかと感嘆してしまう。
「キャー!薪から水が出てきます!水が止まらない!火が!火がぁ!消えてしまいましたぁ!」
再度、大天幕の中から悲鳴が響く。そして大天幕の中の焚き火が消えた報告が続く。
薪から水?あれだ!補給部隊のミンが廃棄処分だった薪型の水筒を水が入ったまま納品したんだわ!
あれは薪にしか見えないから、王火を守る側からすればとんでもない罠ね。
「何を馬鹿なことを言っているか!余を謀るか!はっ!」
ングルウェは急に辺りを見回す。
篝火は子象に喰われてすでに消えている。
天幕の中の焚き火はいま消えた。
残る王火はングルウェの松明ただ一つ。
その松明もいつ降ってくる水袋に当たって消えるか分からない。
その事実に気が付いたのか周りに燃えるものを探す。
天幕は雨に濡れそぼっており火が付きそうにない。
グルグルを周りを見回すングルウェの視点が定まった。
「貴様を燃やしてくれる!」
ングルウェは松明を持ったままレンジャー部隊の輪を割って、巨大な親象箱に向かって駆け出した。
危ない!親象箱!逃げてー!




