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6歳の12月(16)

6歳の12月(16)


「虚報の策ですって!?リルカちゃんが珍しくお話があるなんていうからびっくりしちゃったわよ。」


斥候部隊の部隊長イェンは相変わらず太い身体のどこから出ているのか分からない甲高い声で、女性のような喋り方だ。

場所は酒場の奥に作られた秘密の個室。

イェンは国中にたくさんある秘密の場所を転々と動いているため、直接会うには斥候部隊の中でもイェンの直属になっているデデに案内してもらう必要があった。


「そう、ングルウェに嘘の情報を伝えて欲しいの。イェンならできるよね?」


私がイェンにお願いしたのは、ングルウェに“地元で反乱の疑いあり”の偽情報を流すことで、将軍であるアディルのお父さんだけ、一足先に帰ってもらう事。

各地に隊員を潜伏させている斥候部隊にとっては、この程度の偽情報を流すことは造作もないはず。


通常、部族長たちは儀式で集まった際に、何日か滞在して他の部族長と交流するそうだ。この交流は大切なもので、交易や軍事など重要な情報交換の場となっているらしい。

ングルウェも南部の有力な部族長であり、当然多くの部族長と交流の予定があるはず。そこに“反乱の疑い”という情報が入るとングルウェはどうするだろうか。

本当に反乱がすでに起きているのであれば、交流など無視してすぐに帰るだろうし、

取るに足らない噂であれば情報自体を完全に無視するくらい、自信をもって統治ができているようだ。


そこで、この“疑い”というさじ加減が重要となる。


真実味がありつつも確証を得られない情報。

心当たりがあって疑惑が膨らんでいく対象。

さらには“今すぐ動けば大きな騒ぎになる前に鎮圧できる”という時間制限を与えることで落ち着いた判断力を奪う。


こうして部族長たちとの交流と、地元に戻って確認をする事を天秤にかけさせて、ギリギリ部族長たちとの交流を選ばせる情報を見極める必要がある。


そうすれば、ングルウェ自身は交流に残るとしても、まずは信頼できる将軍だけでも先に地元に戻したいと考えるはず。


この偽情報で狙い通りアディルのお父さんだけ帰ってくれればよし、失敗してングルウェも一緒に帰ってしまうなら、それはそれで交流ができないという損害を与えているわけだし、今回の報復は諦めよう。


「ちょっとまってリルカちゃん、目的を聞いてもいいかしら?」


しばらく考えていたイェンから質問が飛んでくる。

しまった!何も言い訳を考えていないわ。

素直に本当の目的を言えばきっと止められる。

でもここで言葉に詰まったら怪しまれる。

咄嗟に思い浮かんだアディルを出しに使って適当な理由を並べてみる。


「あー。なんかね、アディルってばお父さんに会うのが恥ずかしいから、早く帰ってもらいたいみたいだわ。ほら、アディルって近衛軍で勉強し始めたばかりでまだちゃんとした成果を出してないから会いにくいんじゃないかなーって思うのよね。」


イェンは急に席を立ちあがった。


「リルカちゃん!危ない橋を渡るのに、嘘をつく人からは依頼を受けられないわ。帰って!」


イェンは強い剣幕で部屋の入り口を指差す。


何で嘘ってばれたのか分からないけど、他にまともな言い訳も考えてきていないし、そもそも全ての情報が集まるイェン相手に嘘をつきとおすのは不可能ね。素直にお願いした方が可能性があるかも。


「うう、ごめんなさい!ちゃんと話すからお願い!もう一度聞いて!」


「リルカちゃん。今度嘘ついたら、もう二度と依頼を受けないんだから。」


渋々と席に座るイェンを見届けて、今度は本当の話を切り出す。


「ングルウェの王火を消してやるの。」


私の短い答えは、イェンの赤い怒り顔を、一気に青ざめた深刻なものに変えた。


「リルカちゃん、本気?ングルウェに捕まったらリルカちゃんでも処罰なしじゃ済まないわよ?」


「だいじょーぶ、大丈夫♪ほんの可愛らしい悪戯よ。それにちゃんと作戦は考えているわ。御伽話で聞いたトロイの子象こぞう作戦よ。あとはアディルのお父さんが帰ってくれれば問題なしだわ。」


「トロイの子象作戦?うーんそんな話は聞いたことないけど……。」


私の隣でデデがイェンに向かって真剣な顔で何度も頷く。

大丈夫って説得してくれているのかしら。可愛い。


「……うん、分かったわ。やってあげる。でもほんっとうに、今回だけ特別なんだからね。次は簡単にお願いを聞いてあげないわよ。それにリルカちゃん、ちょっとでも計画が狂ったらすぐ逃げてね。絶対に無理しちゃ駄目よ!」


黙って考えながらデデを見つめていたイェンは、何を思いついたのか引き受けてくれた。

きっとデデの説得が通じたのね。


「やった!ありがとう!イェン!分かったわ。無理するほどの悪戯じゃないもの。計画が狂ったらさっさと逃げるね。」


私は100点満点の回答をくれたイェンに満面の笑みでお礼を言う。

でも外連味けれんみたっぷりに“今回だけ特別なんだから”だなんてイェンも素直じゃないわね。


「すぐに偽の伝令を出すから、夕方までにはアディルのお父さんが帰るはず。本当に本当に今回だけ特別なんだからね!それにリルカちゃん、約束よ。ちゃんと逃げてね。デデちゃんもお願いね!」


「分かっているわ!逃げ足は速いのよ!」


イェンが何度も今回だけ特別って強調するのは、やっぱりイェンもングルウェに仕返ししたいということよね。私に任せておきなさいって。そんな素直じゃないイェンも可愛いわ。みゃはは♪


デデもイェンに向かって必死な顔で何度も頷く。可愛い。

そうね、デデの危険察知能力があれば逃げる時も安心だわ。

頼りにしているんだから!


意気揚々と酒場を出たら、今度は学校に逆戻り。

子象!待たせたわね、出番よ!


---


雨の降り始めた空は厚い雲に覆われて、夕暮れ時に空を紅に染めるはずのお日様はその姿が見えない。

ただ濃い灰色だった空が東から徐々に黒く塗りつぶされていくことで夜の訪れを告げる。


私は町の正門の外にいる。

今朝まで山のように積まれていた箱はすっかり無くなり、私が学校から運んできた可愛らしい子象が描かれた空箱だけがぽつんと1つ置かれている。


リルカ探検隊は全員揃った。

アディルはお父さんから緊急で呼び出されて、その出発を見送ってきたらしい。地元で騒ぎがありそうなので先に戻る、と。

イェンの斥候部隊が流す偽情報は絶妙のさじ加減で少人数の衛兵を残し、将軍であるアディルの父と弟たちだけを先に帰すことに成功したようだ。


いよいよ全ての準備は整った。

胸の鼓動が太鼓のようにビートを刻み、戦いに向けた気持ちが盛り上がっていく。


「状況説明を行うわ。」


5人のお兄ちゃんたちの顔を見渡す。

皆、緊張したように強く口を閉ざし、真剣な眼差しだ。


「アディルのお父さんは出発した。ングルウェの周りには50名程度。護衛だけなら10人と居ない。そうよね。」


私が促すと、アディルは表情を崩さずに軽く頷く。

情報を持って来てくれたのはアディルだ。

アディルはリルカ探検隊の副隊長としていつでもできる限りのことをしてくれる。


「ングルウェの王火は入り口の篝火と大天幕の中の焚き火、それから緊急時にングルウェの持つ松明がある。この3つを同時に消すことが今回のミッションよ。」


アディルの情報ではこの3か所で火を守っているらしい。これを同時に消すのは非常に難しい。

だけどリルカ探検隊が全員揃えば怖いものなしよ!


「そこでまず私たちはこの子象の空き箱に入って天幕テントまで接近。そして天幕入口にいる衛兵の隙をついて篝火を消し、箱から出て散開。騒ぎが起きている隙に一番体重の軽いデデが天幕の上によじ登って、煙突から革製の水袋を投下。そして慌てて出てきたングルウェの持つ松明を闇に乗じて叩き落として消す。その後は全力で離脱よ。いつもの集合場所で待っているわ。何か質問は?」


「質問だす。この箱の中に入っていれば、本当に気が付かれないだすか?」


「良く聞いてくれたわね。見てよこの箱の絵を。」


「普通に子象が描かれているだす。」


「そう、箱を被ると逆さまになってしまう子象の絵を、側面の板を張り替えることで正しい向きにしたの。これで怪しまれることはもう無いわ!」


「な、なんだかよく分からないのであるが、凄い自信だから大丈夫なのであるな?」


「大丈夫よ!」


私は自信満々に胸を張って断言する。

私の貴重な経験からこれで大丈夫だと確信するわ。

みんなも私の強い断言に戸惑いながらも頷く。


「他に無ければ装備の確認よ。」


今回は悪戯が目的のため、本物の刃のついた武器は持っていかない。

代わりに学校から木製の訓練用武器を持ってきた。


アディルは短槍の代わりに短い棒を。オニカは剣の代わりに木剣を。カイサの矢には鏃の代わりに粘土が重りとしてついている。

フマは罠要員として縄を持っている。ングルウェの足を引っ掛けて転ばせるためらしい。

デデは背負った水袋を示して頷く。可愛い。


「リルカが背負っている平たい棒のような武器はなんだ?」


「対ングルウェ用の特殊武器よ!」


スラリと背中から抜くと、握り手から先の交互に折られた部分が扇のように広がる。


「扇子、であるか?それにしても大きすぎるのである。」


「おいこれ、紙でできてるぜ!紙の剣なんておいら聞いたことないぜ?」


「これは神剣張り扇(ハリセン)よ。叩かれてもあまり痛くないけど凄まじい音と衝撃が出て邪悪なるものを打ち払う効果があるの。お母様から聞く御伽話に出てくるわ。これならもしングルウェを直接ぶっ叩いても良心が痛まないってものよ。」


「今回の作戦に直接ングルウェをぶっ叩く予定はないぞ!」


「みゃはは!万が一よ。もしもの話!」


「いや、リルカはる気満々だすな。」


5人の疑いの眼差しが私の身体を縛るように纏わりつく。


「ほ、ほら!じゃあ出発するわよ!」


「誤魔化しただす。」


「誤魔化したぜ。」


「誤魔化したのである。」


「誤魔化したぞ。」


コクコク(デデが疑いの目のまま頷いている 可愛い)


疑いの目を振り切って(無視して)出発の号令をかける。


「ングルウェの王火消しミッション、作戦名“子象の散歩”スタートよ!」

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