6歳の12月(15)
6歳の12月(15)
「というわけで、ングルウェをやっつけるわ!リルカ探検隊の出動よ!」
「それじゃ単なる食い物の恨みであるな。」
いつもの学校近くの丘の上、いつもの集合場所。
カイサが私の言葉に若干喰い気味に突っ込んでくる。
儀式の時にも私を指差して笑っていたカイサは、いつも身も蓋もない突っ込みをしてくるので腹が立つ。
“それを言っちゃあおしまいよ”っていう諺は知らないのかしら。
……。あれ、諺じゃなかったっけ?
「いや、リルカは朝ご飯で夕食の残りのビーフシチューも食べているから、食い物の恨みですらないだす。」
フマがさらに痛いところをついてくる。昨晩泣きながら寝る私をあまりに哀れに思ったおタマさんとおスミさんが、夕食の残りのビーフシチューとバゲットを朝食として用意してくれていた。嬉しくて勢いに乗った私の胃袋は、残ったシチューはもちろん、鍋の底に焦げ付いたシチューまでバゲットで刮げ取って食べ尽くし、朝からお腹がはち切れる寸前だったので午前中の訓練は横腹が痛くなって本当に苦しかった。
「さらに言えば、ここまでの説明に美味しそうなご飯の行はまったく必要無かっただすよ!腹ペコで死にそうなわてらに喧嘩売っているだすか?」
そう、近衛軍のみんなにもやっぱりお母様のお仕置きはあった。
儀式の最中に隊列を崩した罰。しかも連帯責任で全員に朝ご飯抜きが課せられた。
ただでさえ朝と夜の2回しかない食事の片方を抜く。
その衝撃は非常に大きく、さらには肉体労働が中心である軍隊でご飯抜きは作業にも影響が出る。
特に育ちざかりの幼年兵にこの罰が告げられた際には泣き叫ぶ人、殴り合いを始める人、壁に頭を打ちつける人、無意味に地面を転がる人など阿鼻叫喚の地獄絵図が広がったらしい。
さらに早朝の訓練では、同じく朝食を抜かれて苛立つ教官たちによる八つ当たりのような指導が嵐のように吹き荒れ、腕立て伏せやランニングの繰り返しが彼らの体力に追い打ちをかけて今まさに空腹のピーク。
このお昼の休憩時間には各人隠し持っていた保存食を齧ったり、その辺りで食べられる草を採ってきたり、ひたすら水を飲んでお腹を満たしたり、急遽狩りに出たりするなど、学校全体で生き残り訓練をしているような様相を呈していた。
そんな中でお兄ちゃんたち5人も溜めこんでいた干し肉を分け合って飢えを凌いでいるところであり、美味しいご飯の話をされたフマのツッコミが怒り気味なのも無理はない。
「大切なものを奪われた私の心の慟哭を表現するのに必要な説明だったのよ!」
「リルカの心とかどうでもいいだす!わてらにちょっとでもご飯を持ってくる気持ちは無かっただすか!?」
「ごめんなさい、残らず全部、私が食べ尽くしちゃったの。」
そう言ってプイと横を向く私を見て、フマは手を固く握って立ち上がった所をアディルに羽交い締めで止められて、もがいている。
「それはそうと、探検隊出動って何するんだぜ?部族長相手に正面から喧嘩を売るってか?」
干し肉を口に咥えたままオニカが楽しそうに背中を向けてお尻の筋肉を何度もへこませている。今日はお尻から足の方がお気に入りらしい。なかなかいいわね。キレてるキレてる。
そのオニカの腕にデデが縋りついてイヤイヤと引き留めるように首を振っている。
喧嘩を売るのを止めているようだ。可愛い。
「いやいや、さすがに俺たちはムハンマド伯父さんには喧嘩売れないぞ。それに何かあれば俺の親父が率いる護衛部隊が出てきてしまう。親父の軍隊と喧嘩とか勘弁してくれよ。」
アディルは泣きだすフマを慰めながら否定する。ングルウェの事をムハンマド伯父さんと呼ぶのは、アディルのお父さんがングルウェの異母弟だから。伯父と甥っ子の関係だ。そしてアディルのお父さんは地元の軍における将軍の地位にある。今回の儀式にも護衛として同行しているようだから当然出てくるだろう。
「直接喧嘩は売らないわ。ちょっとした可愛い悪戯よ。ングルウェの持っている王火を消してやるの。」
王火を消す。その言葉を聞いた5人のお兄ちゃんたちは凍りついたように動きを止めた。
その顔は揃って信じられないものでも見たかのように瞳孔が開き、口は半開きだ。
「リ、リルカ、何言っているか分かっているのであるか?」
「王火は大切な物なのよね。守るのが一族の名誉だって。てことはングルウェの持って帰る王火を消してやれば大恥よね!」
「部族長が王火を持って帰れなかったら、わての地元で内戦が起きるだす!」
「それは大丈夫。ちゃんと持って帰れるわよ。王火が消えてしまうことはたまにあることなんだって。王火が消えてしまった場合は王様に頭を下げて、もう一度王火を貰いに来るのが決まりだそうよ。ここまではさっきお父様に確認したから間違いないわ。それに今ならまだングルウェは町の周りにいる。今消えたら当然もう一度王火を貰ってから帰ることになるわね。だから地元には持って帰れるから問題ないわよ。」
「それはムハンマド伯父さんが大恥かくけど、警護を任されている俺の親父は大恥どころか処刑されるかもしれないぞ。」
アディルとカイサとフマは同じ故郷の出身だ。その故郷を治める部族長があのングルウェ。ングルウェに報復するにはアディルのお父さんに責任が及ばない様にしないといけないわね。
「だいたい、何でムハンマド伯父さんにそこまでやるんだ?リルカ探検隊は専守防衛じゃなかったのか?」
「そんなの当たり前じゃない!ングルウェがお母様のおっぱいを触ったからよ。ングルウェは越えちゃいけない一線を越えたわ。
専守防衛っていうのはある一線を越えたら徹底的に報復しないと相手が調子に乗ってどこまでも踏み込んでくるの。お母様だって一線を越えたら徹底的に報復あるのみと言ってるわ。近衛軍として将軍のおっぱいを鷲掴みされるだなんて許せるの?それにみんなが食事抜きにされた恨みは全てングルウェにぶつけるべきよ。」
「それは許せないが……。ムハンマド伯父さんの昔からの行動を考えると、胸甲の上から掴むくらいなら良くあることというか、無邪気な悪戯というか。欲望に素直なだけというか……。」
アディルにしては歯切れの悪い。きっと親族としてはやりきれない気持ちがあるのだろう。でも欲望に素直って、遠回しに理性が足りない馬鹿って言ってるのと変わらないわよね。
「そうよね。ングルウェの無邪気な悪戯が原因だから、私たちも子供の無邪気な悪戯で報復するのよ。筋が通っているでしょ?」
私が意地悪な笑顔を向けると、アディルは苦い顔で上を向いて黙ってしまった。
「自分は大人だからガキの悪戯には付き合えないのである。ふん。」
カイサがドヤ顔の上から目線で割り込んでくる。
いつも一人だけ大人ぶっている。
他のお兄ちゃんたちと同い年のくせに。
ちょっぴり癇に障るけど、カイサは褒めて伸ばす子よ。我慢我慢。
「この間の串焼き屋の件で、カイサあにきのことすっごく尊敬したんだ。やっぱりカイサあにきは違うなーって。みんなが本当に困った時に颯爽と助けてくれたカイサあにきは本当に格好良かったな。みんなに頼りにされているカイサあにきが仲間で良かったわ。お願い。今回も手伝って!」
「そ、そんなに煽てても無駄であるっ。アディルに悪いから参加するわけにはいかないのである。」
涙目のアディルが言葉に反応して勢いよくカイサの顔を見る。
涙目のまま輝く様な笑顔のアディルと精一杯格好とつけた笑顔のカイサが目を合わせて友情を確かめ合うように互いに頷く。
幼馴染だものね。でもいつまでも見つめ合っているのはちょっとキモい。
「カイサあにきは、自分の価値を理解してくれる人を大切にするべきだわ。
私たちがカイサあにきの価値を一番分かっている。人一倍努力する姿も、隠れて頑張る姿も、みんなのために知恵を絞る姿も、全部知っているわ。だから後ろにいてくれるだけでいいの。頼りになるカイサあにきが後ろにいてくれるだけでみんな安心するわ。だからお願い!」
カイサは努めて平然としていた顔をクシャリと歪ませてクルリと後ろを向くと、
足元の石を蹴飛ばしたり顔をかいたり忙しない様子。
「フ、フフフ。まあ、後ろにいるだけっていうならアディルに気を使う必要もなさそうであるな。自分も行ってやらないこともないのである。フフフ。」
背中を向けていても分かる、顔がにやけているのが止まらないままの返事。
「相変わらずカイサはちょろいだす。」
「俺に悪いからって言葉で感動した気持ちを返せ。」
「おいらですら分かるぜ。カイサは絶対後ろにいるだけじゃ済まないって。」
「ちょっとみんな声が大きいわよ。」
カイサはまるで何も聞こえてないようで、
後ろを向いたままクネクネと体を捩っては照れ続けている。
「まあ、おいらとデデは地元が違うからングルウェさんに義理は無いぜ。うちの将軍にちょっかい出したお返しや飯抜きにされたお返しもあるから、楽しそうな悪戯程度なら手伝うって。でもアディルのお父さんと本気で戦うのは嫌だぜ。」
「オニカあんちゃんの言う通りね。私もアディルのお父さんと戦ったり、アディルのお父さんが処罰されるような事はしたくないわ。そこでやってみたい策があるのよ。それが成功したらアディルのお父さんだけ急いで先に帰ることになるわ。デデにぃに、協力してくれる?」
デデはきょとんとした目で首を傾げる。可愛い。
「わてはまったく興味無いだす。大体なんで一銭の得にもならないのに地元の部族長に喧嘩売らなきゃいけないだすか。」
「今回の悪戯が成功したら、おタマさんとおスミさんに沢山お弁当を作ってもらって、参加したみんなで祝勝会をしましょ!」
「リルカ、わてが参加するのは当然だすよ!将軍に手を出したングルウェさんは許せないだす!一泡吹かせてやるだす!」
相変わらずフマの変わり身の早さは敬服に値するわ。
一瞬のためらいもなく直前の台詞と正反対の言葉を堂々と言い切る力。真似できないわ。
いや、むしろおタマさんとおスミさんのご馳走の魔力が強すぎるのかもしれない。
これで4人は参加してくれる。残るはアディルね。
「アディルにいさん、副隊長がいないとリルカ探検隊がまとまらないわ。お父さんがいなくなったらって条件でいいから一緒に来てよ。」
涙目で成り行きを見ていたアディルは諦めたように大きく息を吐き、それをグッと噛み潰すように歯を喰いしばって顔を上げる。
「わかったよ。もし父さんがいなくなったら俺も行く。」
「やったあ!それでこそ我らが副隊長だわ!じゃあ、あとは夕方ね。お仕事が終わったらまた町の正門前に集合よ!その時には策が成功しているかどうか分かるわ。とりあえず解散!」
これで全員揃ったわ!ングルウェを涙目にさせてやるんだから!
まずはデデに協力してもらわないと。




