表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/128

6歳の12月(10)

6歳の12月(10)


「王火の儀式……。」


すっかり食べ終わった食卓にお茶を出しながらおスミさんが呟く。

その単語で全てを思い出した。


「そう!王火の儀式よ、お母様!なんで私が王火の儀式に出なきゃいけないの?私は関係無さそうだけど。」


「そうそう。王火の儀式ね。儀式は近衛軍の閲兵式も兼ねているの。各地を治める部族長に近衛軍を見せつけて、“反乱起こしたら叩き潰す!”っていう脅しのためにね。その近衛軍にリルカが参加しているのが問題なのよ。」


「閲兵式って初めての狩りの時にお母様に連れられて、丘の上から近衛軍を見たのと同じ感じよね?確かに凄い迫力だったわ。でも私が近衛軍にいると何が問題なの?」


「普通、王家の子供は男の子で、なおかつ、12歳以上にならないと、こういう儀式には参加できないの。

だけど、近衛軍として参加している人は、性別年齢関係なく王家の一員として祭壇の前に並ばないといけないってルールになったのよ。まあ、私が前例を作ったからなんだけど。」


「それじゃ、お母様のせいじゃない!」


「リルカも私と同じ特別な事例なのだから諦めて。祭壇前の列に並んで立っているだけでいいから、ちょっと早いけどリルカのお披露目ってことで参加しなさい。」


「はーい。」


自分と直接関係の無い理由に釈然としない思いを含めて不満げな返事を返す。


「でもなんだかお母様から色んな話を聞いちゃったから、嫌な想像ばっかり考えちゃうわ。霊媒師の人とか邪魔してこないかしら?」


「大丈夫よリルカ。あの霊媒師は近衛軍の前で堂々と邪魔できるような人ではないわ。みんなの前で私やリルカが嫌がらせされたら、それを見ていた近衛軍はどうすると思う?」


お母様に言われて、怒り狂っている各部隊長たちの顔を思い浮かべてみると、残虐非道な想像が止まらない。地獄に鬼がいたとしても裸足で逃げだすだろうなと思えてくる。


「そうね、近衛軍の人たちを思い浮かべたらちょっと安心したわ。でも改めてみんなの前に立つなんて緊張するわね。」


「リルカは立っているだけだから大丈夫よ。王火の儀式は明日の朝だからね、早く寝なさい。」


「ええ!?明日の朝?」


長いお喋りの夜は更けて、賑やかだった雨音は落ち着き、屋根から滴る雨は眠気を誘うリズムで石畳で跳ねていた。

そして翌朝には王火の儀式が始まった。


***


お日様もまだ顔を出さないほど朝早くに起きると、すぐにおタマさんとおスミさんが来て私の世話を始める。髪を梳かしてポニーテールにしてくれたり、色々なアクセサリーをつけたりして、初めての狩りの時みたいにおめかししてくれた。おめかしするとなんだか元気になるというか気合が入るわね。


お母様と一緒におうちの外に出ると、昨晩雨を降らせていた雲はすっかり消え去っていた。漆黒に近い深青色しんせいしょくの空には沢山の星が瞬き、東の空に向かって白への淡いグラデーションを描いて明るくなっていく。そして前方には真っ白なギンシャリが居て、暗い背景にぽっかりと浮かび上がっている。お母様と一緒にギンシャリに乗ると、町を出て雨上がりの湿った赤土を駆け抜けて、連れて行かれたのは初めての狩りの時と同じ丘の上。


狩りの時と違うのは丘の上に大きな炎が立ち上る焚き火があり、その隣に白い幕で囲まれた祭壇があること。そしてお父様は祭壇の中に隠されるように居るらしい。丘の下に揃う近衛軍も祭壇の前に並ぶ人たちも神聖なる王様の顔を見ることは決して許されない。


「リルカ、ついてきなさい。」


丘を登りきる前にギンシャリを降りて、お母様に連れられて歩く。

祭壇までの道の左側には宝石や羽などで様々に着飾った男性が立ち並ぶ。きっとこの人たちが部族長なのだろう。歳は30代から見るからに老人といった人までバラバラ。そしてお母様と私が目の前と通り過ぎる時の態度もバラバラ。目礼する人、驚いたように私を見る人、嫌そうな顔をする人、媚びるように笑いかけてくる人。


お母様はそれらを一切気にする様子もなく、まっすぐ前を見たまま祭壇へと大股に歩いていく。私はキョロキョロと立ち並ぶ人たちを見回しながら、時にお母様に置いて行かれそうになって小走りで追いつく。


ようやく立ち止まったお母様に指定された場所はお父様のいる祭壇のすぐ手前。部族長たちと同じように道の左側に寄って、道の方を向く形で並ぶ。


前方、道の向こうは急激な下り坂になっており、綺麗に整列した近衛軍が丘の下に広がる。でもリルカ探検隊のお兄ちゃんたちを探している余裕は無い。

左手にはお父様がいるはずの白い幕で囲われた祭壇と、その脇にある焚き火では白装束の神官により絶え間なく投げ入れられる薪が大きな炎に飲みこまれていく。


その祭壇のすぐ手前に立つお母様。つまりどの部族長よりも王様に近い場所にいる。

次に近い場所にいるのがお母様の隣に立つ私。


そして私の右には異様な影を纏う男が立っている。その男は他の部族長とは違って、不思議な文様の入った布で飾り立てられていて、細身でひょろっとした高い身長よりも、さらに長い杖を持っている。頬のコケたその顔は無表情で、私が前を横切った時もまったく反応がなく、何を見るでもなく前方を向いた目は動かない。

何より私の目の錯覚なのだろうか、男の周囲には薄く黒い霧のような影が見える。それは太い蛇のように帯を作ったり球のように膨らんだりして形を変えており、生き物のように蠢いては幾重にも折り重なって男を包んでいる。空は雨季に珍しく雲もなく澄んでおり、早朝の涼しい風は雨上がりの湿気を爽やかに吹き飛ばしてくれているというのに、その男の周りだけ暗雲が漂っているようだ。


さらに、お母様とこの男がお互いに険悪なオーラを出し合っているのが分かる。

その間に立たされている私は思わず背筋が凍るような思いで固まってしまう。

どちらの顔を見上げてもこちらをチラリとも見ずに不機嫌そうな顔で正面を向いたまま。


「お母様!なんで私がこんなに前の方なのよ。一番後ろの端っこでいいのに。」


両側からの息の詰まるような圧迫感で、あまりに居た堪れなくなった私は、潜めた声でお母様に抗議する。


「近衛軍は王様の直属なんだから、一番近い場所で王様を守るのがお仕事よ。すぐ脇にいるのが当たり前なの。それに前にいないとリルカのお披露目にならないでしょ。」


相変わらず不機嫌そうなお母様は正面から視線を動かさずに落ち着いた声で応える。

すると思いもよらず右から声が降ってきた。


「この国の建国以来116年。全ての歴史を知る精霊様の記憶にも、今まで一度も幼い女子が儀式に参加したことはありません。そしてその精霊様はこのような幼い女子が参加することを望んでおらぬようです。お帰りになって良いですよ。」


その落ち着いた声は抑揚も無く、呪いの言葉のように低く響いてきた。

振り向くと右の男は正面を向いたまま忌々しそうに目だけで私を伺っている。

さらに男の周りの黒い影は私に向かって手のようなものを何本も伸ばしていた。

私まで20㎝程まで迫った影の手は、さらに近づこうとしてパチッと弾かれるように手を引く。

どうやら私に近づくことができない無数の影の手は、距離を保つようにうにょうにょと形を変えている。

そしてまるで私を観察するように頭から足先まで舐めるように移動していく。


ヒィッとあげたくなる悲鳴を必死に飲みこむ。

今の話を聞いて分かった。この人が霊媒師なのね。

昨晩聞いたお母様との険悪な関係を思い出して唇を強く結ぶ。


「あら残念。“近衛軍に参加する王族は年齢性別関係なく必ず儀式に参列する”という規則は、精霊様の言葉で決まったのをお忘れだなんて。精霊様も随分と耄碌もうろくしたものね。全ての歴史には始まりがあるわ。今日が初めてでも今後続けばそれが正しいと言われるだけのことよ。」


今度はお母様から今まで聞いたこともないほど低い声が響く。殺気交じりの言葉は身体に突き刺さるように私の心まで抉っていく。正面を向いたままの横顔は先ほどよりも険しく、すこし細まった目は視線だけで獲物を射殺すかのように鋭い。


「精霊様は寛大なので愚か者の戯言など聞き流してくださるそうですよ。今日は王に新たなる守護精霊が降りた慶賀すべき王火の儀式。くれぐれも邪魔せぬように。」


霊媒師も先ほどよりさらに低い声で、呪いのような言葉を投げてくる。


左右からとんでもない呪詛や殺気が頭の上を越していく。

これは精神の戦いで、ここは戦場だわ。


昨晩までの平和な日々が走馬灯のように頭を駆け巡り、

じんわりと涙が目から溢れそうになる。


こんなところに連れてきたお母様を恨むような目で見上げるも

お母様は正面を向いたまま一瞥もくれる様子はないと確認できた後は、

自分を励ましながら必死に前を向いて息を殺していた。


頑張れ、私。

もうやだ。こんな儀式。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ