6歳の12月(9)
6歳の12月(9)
「リルカ、王火の儀式に参加しなさい。」
おうちに戻って夕食を食べている席で、お母様から急に知らない儀式に参加しろと言われた。
日が沈んでから降り始めた雨は屋根を叩くほど強くなり、壁の外では滴る雨水が石畳で絶え間なく跳ねて響く。大荒れの外と比べて部屋の中は美味しい匂いに満ちて穏やかな空気が流れている。
「お母様、王火の儀式って何?」
「そっか、リルカが生まれてから今まで一度も無かったわね。王火っていうのは王を守護する聖なる精霊が宿る火で、その王火を各地の部族長が分け与えられて持ち帰るという儀式よ。政治的に言えば各地を治める部族長たちの任命式ね。」
「なんで最近はその儀式が無かったの?」
「最近は新たに領土が増えることも無く、戦争も無くて平和だったからよ。平和だと特に領地替えも必要ないしね。」
「今も戦争してないし平和よね?何で急にいま王火の儀式なの?」
「それが王家お抱えの霊媒師の奴が重要なお告げを得たとか言いだして、王火の儀式が必要って騒いだのよ。」
お母様はどうやらこの霊媒師が嫌いらしい。喋り方に棘が見え隠れしている。
「霊媒師っていうのは何をする人なの?」
「元々私たちショナ人には数えきれないほどの精霊や神様がいるとされているの。どこにでも何にでも精霊や神様が宿っているわ。」
「私たちの故郷も同じように八百万の神様がいて、どこにでも神様が宿っているっちゃ。それこそ米粒ひとつひとつからトイレにまで神様がいるたい。」
横で聞いていたおタマさんがニコニコと会話に混ざってくる。
「またまた、おタマさん。さすがにトイレには神様も居ないわよ。臭いし、生きものでもないし。」
「あら、リルカはトイレの歌まで作ってトイレを大事にしているのに知らんと?生き物でも場所でも関係なく全部に神様がいるばい。特にトイレの神様は自ら汚いところを守っているから徳が高いけん、トイレを綺麗に掃除すると幸運を授けてくれるたい。」
「知らなかったわ!幸運を授けてくれるなんて凄いじゃない!私もトイレを綺麗に掃除しなきゃ!それに今度はトイレの神様が大活躍する歌も作らないといけないわね!」
トイレ大事!トイレの神様偉い!
「トイレに話が脱線しちゃったけど、霊媒師はその精霊を介して神様のお告げを聞くことができる人ってことね。ただし、一人の霊媒師がお告げを聞けるのは1つの精霊だけなの。だから霊媒師って色々な精霊のお告げを聞くために、沢山いるのよ。」
トイレ話になりかけていた話題を呆れ顔のお母様が引き戻して続ける。
「じゃあ、王家のお抱え霊媒師っていうのは何が違うの?」
「この国の王家、お父さんやリルカの名乗るムプンザクトの一族は、“ムホンドロ”っていうライオンの霊が守護霊なの。」
「あ!私も今日、自分のトーテムがライオンだって知ったわ!」
「あら、リルカ知らなかったの?そこかしこに王家のライオンの像や旗があるじゃない。まあいいわ。王家のお抱え霊媒師はそのムホンドロのお告げを聞ける霊媒師じゃないといけないのよ。」
「私は王様の象徴と一族の象徴は別物だと思っていたのよ。どちらも同じライオンだったのね。じゃあ、ライオンのお肉は食べちゃダメってことだわ。」
「ライオンの肉は硬くて臭くて普通は食べないわ。それはともかくトーテムのものは食べちゃダメっていうルールはその通りよ。それに王様の魂は死んだ後にライオンに乗り移るといわれているから、ライオンはみんな、リルカのご先祖様ってことね。食べるなんて考えない方が良いわね。」
「ねえお母様、ずっと不思議に思っていたんだけど、白魔術師とか黒魔術師とか、霊媒師とか呪術師とか色々といるわよね。霊媒師でも沢山いる精霊のうちの一つだけとお話できるのよね。それはどうやって決まるの?」
「基本的にはもうすでに霊媒師や魔術師や呪術師になっている人が“この子は適正がある!”って見込んだ子を引き取って育てるの。十分に知識を勉強してから交霊の儀式を行って、精霊と交信できた人がなれるわ。霊媒師もその儀式をやった際にどの精霊と交信できたかで決まるはずよ。」
「うーん。それって自己申告ではなれないの?」
「難しいわね。ちゃんと儀式やルールを知っていないと皆が信用してくれないわ。逆に言えば儀式やルールを知っていれば自分1人でも儀式を行って、魔術師や霊媒師になれるわね。黒魔術師とかは公けに知られると殺されちゃうから、そうやって1人でなる人もいるみたいだわ。」
「お母様は1人で白魔術師になったの?」
「私は生まれたマニカ王家のお抱え白魔術師にちゃんと習ったわよ。」
「ふーん。お母様もマニカ王国のお姫様だったのよね。じゃあ、私もお母様に習えば白魔術師になれるの?」
「そうね、そのうちリルカにもきちんと教えてあげる。でも魔術師も霊媒師も呪術師も、使い方を気を付けないと身を滅ぼすから、ちゃんと知識を学ばないといけないわ。それに魔術師や霊媒師は、その立場を悪用する人も多いの。それに対抗する手段も学ばないといけないわね。」
「身を滅ぼすとか、悪用されるって怖いね。」
「そうよ、だから気軽に魔術師や霊媒師になっちゃダメなの。それにご先祖様の霊や、世界の全てに宿る精霊や神様は大事にしなきゃいけないけど、呪術師が作る薬とか、霊媒師のお告げとかは素直に信じちゃダメよ。ちゃんとした知識をもって判断しないといけないわ。」
「ちゃんとした知識が大事。つまりお勉強が大事ってことね。」
真剣な顔で言い聞かせてくるお母様に、真面目に頷いて応える。
「それに神様のお告げとして霊媒師が皆を扇動する時があるわ。大勢の国民がそれを信じて動き出すとなかなか止められないから要注意よ。」
「うわ。霊媒師って意外と権力があるのね。」
「霊媒師その人の言葉じゃなくて、精霊や神様のお告げだって言うからこそ人が動くのだけど、発言力はあるわよね。」
「えー。じゃあ霊媒師が“王様は悪だから殺せって神様がお告げしたぞ!”って言ったらどうなるの?」
「そんな簡単にはいかないわ。神様のお告げを伝えるのは霊媒師の仕事だけど、神様にお願い事を叶えてもらうための儀式をする“司祭”というお仕事もあるの。この2人が神様を祭ることで片方が暴走できないようになっているの。」
「じゃあ、霊媒師と司祭が一緒に悪巧みしたら大変なことになるの?」
「大丈夫よ。この国では司祭は必ず王様がなるって決まっているわ。つまりリルカのお父さんが司祭よ。」
「なるほど!じゃあ安心ね!お父様は王様なだけじゃなくて、司祭としての知識も持っていたのね!凄いわ!」
「でもお父さんが何か新しいことをやろうとすると、必ず霊媒師に足を引っ張られるのよ。まあ霊媒師ってそういう役割だし、その保守的な役割が必要な時代もあるんだけど、今の私たちには邪魔なのよね。」
「うーん、でもお母様が凄い勢いで次々に新しいことを成功させるから、霊媒師も邪魔できてないんじゃないの?」
「いや、ちょうどリルカが生まれた頃にやろうとした宗教改革を邪魔されたわ。」
「宗教改革?改革って言葉は変えるってことよね。宗教って何?」
「宗教っていうのは、簡単にいえばリルカがご飯を食べる時にしている、“いただきます”と“ご馳走さまでした”が宗教よ。」
「あれ?私はまた自分の宗教を知らなかったの!?」
「ふふ、そうね。名前を付けるなら、“お伽話の国教”ね。この家の中だけしか信者がいないわ。そもそも、生きていくうえで答えが欲しいものに、答えを与えてくれるのが宗教よ。例えば死んだらどうなるのか?とかね。この国で一番大きな宗教は、この国のショナ人全員が信じる宗教よ。宗教の名前が無いからあえて名前を付けるなら“ショナ精霊教”かな。」
「ショナ精霊教では、人は死んだらどうなるの?」
「人は死んだら精霊になって子孫をずっと見守っているわ。そして、名前が忘れられない限りその精霊もずっと子孫を守るってことになっているの。だからショナ人は死んだおじいちゃんの名前を子供につけたりする。そうすればずっと名前は残り、精霊もずっと守ってくれるって。」
「へー!なんだか素敵な教えね!」
「でも曖昧な教えも沢山あって、人によって言う事が違ったり、都合の良いように変えてしまう人も多くて、このままだと全国的に同じ宗教で統一できないから私は他の宗教を取り入れて混ぜようとしたのよ。」
「宗教を混ぜる?お母様もなんだか聞くからに無茶で大胆なことをするわね。」
「そんな大変なことではないわ。いきなり今日から新しい宗教になりました!って言っても、生活の一部になってしまっているショナ精霊教をいきなり捨てることなんてできないもの。新しい教えが生活に馴染む部分から徐々に混じり合っていくだけよ。」
「それで?お母様は何をしたの?」
「ちょうどリルカが生まれたすぐ後に、キリスト教の宣教師が訪ねてきたわ。ゴンザロ・シルベイラって人ね。その人にお願いして王家のみんなをキリスト教にしてもらったの。」
「ああ!なんか変な服を着たポルトガル人の白い肌のおじさんが、私のおでこに水つけてむにゃむにゃと私の名前を言っていたわね。」
お母様が急に難しい顔になって私の顔を覗き込む。
「それってリルカが生まれたばかりのときの話よ?信じられないけど本当に生まれてからすぐの記憶があるのね。どんな名前を言われたか憶えてる?」
「えーと、マリアっていってたわ。」
「恐ろしいわね。合っているわ。リルカはキリスト教の洗礼を受けてマリアって名前をもらったの。だからリルカのフルネームはムウェネムタパ王国風に言うと、リルカ・マリア・ネゴモ・ムプンザクト。ネゴモ・ムプンザクトっていうお父さんの子であるリルカ・マリアっていう意味ね。ポルトガル風に言えばリルカ・マリア・デ・マニカ・ムプンザクト。父ムプンザクト家と母マニカ家の間に生まれた子、リルカ・マリアという意味だわ。この場合、洗礼前にリルカって名前をつけちゃっていたから、リルカ・マリアって二つ名前がある形になっているけど、生まれたときからキリスト教なら名前が一つになるわね。」
「リルカ・マリア・デ・マニカ・ムプンザクトね。ちょっと長いけど格好良いわ!それにしてもお母様は随分と乱暴なことをしたのね。急に王家のみんなでキリスト教になっちゃうなんて。霊媒師の人は怒らなかったの?」
「怒ってそのゴンザロ・シルベイラって人を殺して川に流してしまったわ。お蔭で王家の人間以外にもたくさんキリスト教を増やす計画が台無しよ!」
「ええー!それは霊媒師の人は罰せられないの?」
「霊媒師は明確に指示をしたといえないようなボンヤリとした神様のお告げを言っただけで、殺した実行犯は違う人たちだからね。罰することができなかったわ。」
「酷い!何も殺さなくたって。」
「そう。人の心を守るためにあるはずの宗教は簡単に人を殺すわ。だけど宗教が無ければ国は成り立たないし、国民は生きていけないの。だから私は大切なものを守るために宗教を使うわ。」
「宗教と国って切り離せないものなの?」
「それは政教分離といって、宗教の指導者が直接政治に口を出さないことは可能だわ。でも国民は宗教を信じているわけだし、厳密には切り離せないわね。」
「そっか、宗教ってなに?なんて気軽に聞いたけど、すっごく重い話なのね。」
「そうね。リルカ、一つだけ忘れずに覚えておいて。今の時代の宗教っていうのは、“自分と同じ宗教でない者は人間として扱わない”のが当たり前なの。」
「人間として扱わない?奴隷ってこと?」
「私たちの使っている奴隷とは意味が違うわ。野獣と同じ扱いにするってことよ。」
「野獣……。」
「イスラム教の人は、キリスト教やショナ精霊教の人を、罪悪感もなく野獣と同じように殺したり奴隷にしたりするわ。キリスト教の人も、イスラム教やショナ精霊教の人を、罪悪感もなく野獣と同じように殺したり奴隷にしたりするわ。罪悪感もなくというのが重要ね。その宗教ではそれが正しいって教えているから罪悪感がないの。」
「そんなのおかしいわ!みんな同じ人間なのに!」
「そう。おかしいけど、それが今の宗教なの。だからリルカ、あなたはキリスト教もイスラム教もショナ精霊教もお伽話の国教も、世の中の宗教全てを学んで、全ての神様を信じなさい。そして相手と同じ宗教だと名乗って付き合いなさい。それがこの時代の正しい生き方よ。」
「うわー。お母様の言いたい事は理解できるけど、各宗教の人にとっては無茶苦茶言ってるわね。」
「私たちショナ精霊教には、空に広がる星の数より多い神様と、大地を埋め尽くす砂粒の数より多い精霊様が居るのよ。きっとほかの宗教の神様だってその中に含まれているわ。小さな話は誤差よ誤差!」
「誤差で済むのかなあ。」
「少なくとも今後、学校では人材が整い次第、キリスト教とイスラム教を全員に教えるわ。イスラム教は比較的人材を集めやすいのに対して、キリスト教の宣教師がさっきの事件のせいで来てくれないから止まっているけどね。」
「そうなのね。色んな宗教か。やれるだけ頑張ってみるわ。ところでお母様?何の話からこんな話になったんだっけ?」
「あら、リルカの質問に答えていたら分からなくなってしまったわ。なにかしら。」
お母様と一緒に首を傾げても浮かんでこない。何の話をしてたっけ?




