6歳の12月(7)
6歳の12月(7)
その時にふと視線を上げて、気が付いた。
自分がいま隠れているのは資材運搬用に使われた木製の空き箱の山。
箱は小さい物から馬車に積む用に作られている大きなものまで様々ある。
この積まれた箱の山からちょうど良い大きさのものを探して、それを逆さまに被って行けば学校までの道のりで誰にも見つからなくて済む!
いつもはないこの場所に山積みされている箱はきっとこの沢山の天幕と無関係ではないのだろう。
その箱が天幕の側にあったとしても誰も疑わないに決まっている。
この天才的な発想で楽しくなってきた私は張り切って箱を探す。
私が中に入れて、かつ、一人で持てそうな箱を探すのは一苦労だったけどついに見つけた!
見つかった箱には側面に愛らしくデフォルメされた子象の絵が描かれている。とても可愛い。
誰にも見つからなくなる秘密兵器であるばかりか、可愛らしさまで備えているこの箱は私にピッタリだ。
早速箱を被ってみる。箱の大きさはかなり余裕があり、詰めれば私が10人でも入れそう。荒く作られた箱の側面には細い隙間があり、そこから覗けば周りを見ることができた。でも外から暗い箱の中にいる私を認識する事はできないだろう。
おそらく軽くて嵩張る物を入れるために作られただろう箱は、持ち上げてみるとそれほど重くない。箱を少し浮かせたまま歩いてみる。これなら体力的にも学校まで十分辿り着けそうだ。
まずは試しに、箱に入ったまま目の前の天幕の前にいる見張りの前をゆっくり通り過ぎてみる。見張りはこちらをジッとみているが動く気配はない。外側に可愛い子象が描かれているし、怪しくないはず。これで学校に辿り着ける!そう思った私は学校への道を箱に入ったまま慎重に進む。
3つ目の天幕の前を通りがかったところで道の進行方向から馬車がやってきた。馬車の邪魔にならないように道の脇に寄って先を急ぐ。どうやら山のように木材を運んでいるらしい馬車の御者台には二人ほど人影が見える。歩いていて揺れる箱の板の隙間から見える程度では顔までは確認できない。
このまま気付かれずに通り過ぎてくれればいい。
しかしそんな願望は空しく馬車は私の隣で急停車した。
この完璧な偽装がバレた!?
御者台は箱から見える視界より随分と上にあり、様子が分からない。
でもまだここで捕まるわけにはいかない。
ジリジリと馬車から離れようとする私の箱の前方へと回り込む2つの人影。
「こりゃ!待つのぢゃ!」
身体が瞬間的に強張り、小さく跳ね上がる。
驚きと共にどこかで聞いたことのある声。
キノコ爺!?
「ふむふむ。これはなかなか面白いのう。」
キノコ爺は箱を隈なく調べるように上から下まで見ると、材質を確かめるように軽く叩いたり箱の重さを確認したり、箱の周りをグルグルと2周ほど回る。
「あーもう、大切な資材運搬用の箱を遊びで使っちゃ駄目だよ。中にいるのはリルカ姫かい?」
調べまわるキノコ爺とは別に、困った顔で近づいてきたのは補給部隊のミン。
「遊びじゃないわ!隠密の軍事行動中よ!静かにっ!」
私は箱の片側を上げて屈んだ姿勢で顔を出し、人差し指を立てて口に当てる。
「分かった分かった、君のやることは本当に意味が分からないよ。ところで水筒は欲しくないかい?」
「唐突にどうしたの?でもまあ水は欲しいわ。この中、暑くて喉が渇くの。」
「丁度いいからこの水筒をあげるよ。」
私の腕の太さほどもある木材を渡される。
ずっしりと重い木材は薪として火にくべると長く燃えそうだ。
「これはただの木材じゃない。水筒じゃないなら要らないわ。」
「ほら、キノトさん。やっぱりデザインが悪いんだよ。」
「むう。リルカ姫!そいつは薪型の水筒ぢゃ。上の部分を回してみろ。」
よく見ると木材の外側、端の方にクルリとひと筋切れ目が付いている。言われるままにその部分を捻るとクルクルと回る。
「わわっ!中から水が!」
ネジ構造!しかもゴムで隙間も塞がれていて水が漏れないようになっている!
「将軍からの課題であるネジ構造の練習のために作ったのぢゃ。いい出来ぢゃろ?」
キノコ爺はドヤ顔でニヤっと笑い、胸を張る。
「でも、みんな木材としか思ってくれなくて、水筒として使ってもらえないからここに積んでいる水筒は全部廃棄処分ですよ。水を抜けば薪にはなりますかね。」
ミンの言葉にキノコ爺の顔は思いきり眉をハの字、口をへの字にした情けない顔に変わる。
「でも、凄いわキノコ爺!こんな職人技は誰にもできないわ!さすが天才ね!」
「ほれみろ!価値が分かる人間には分かるんぢゃ!しかしリルカ姫も天才ぢゃな!この箱に入って移動するという発想はワシに無かったぞ。久しぶりにワクワクしてきおったわい!」
一気に明るい笑顔に戻ったキノコ爺は何を勝手に納得したのか、何度も頷きながら箱をバンバンと叩く。
「キノトさん、そんなこと言って資材を無駄遣いしないでくださいよ!?」
「発明にも失敗にも無駄なんてものはひとつも無いのぢゃ!全ては蓄積ぢゃて!」
何やら無駄遣いする気満々なキノコ爺と、泣きそうな困り顔のミンはそのままひらりと馬車に乗って行ってしまう。私の手元には薪型の水筒が一つ。うん、水は美味しい。けど重いし持ち歩きくには邪魔だからやっぱり革でできた水袋の方がいいかな。
あれ!?2人になんでこれほどの天幕が街を囲んでいるのか聞けば理由が分かったのだろうに、聞くのを忘れていたわ。のんびり馬車に乗っているキノコ爺とミンをみると危険な敵ではないのかもしれない。とにかく学校へと先を急ごう。
5つ目の天幕の脇を通り抜けた時だろうか、ちょうど天幕の中から3人の子供が出てきた。子供といっても私よりは年上でリルカ探検隊のおにいちゃんたちよりは年下。10歳前後だろうか。そして3人とも頭の悪そうな洟垂れた男の子だった。
3人は天幕を出るなり私の入った箱を見つけ、立ち止まってずっと箱を見ている。身の危険を感じた私は先ほどの反省を生かして箱を下に置き、心まで箱になりきってやり過ごす。
私は箱。私は箱。私は箱。
私は一切の気配を消し去って自分自身を道端に転がっている単なる箱だと必死に思い込み、箱に心を溶け込ませる。
祈るような気持ちで子供たちの様子を見ていると、何やらこちらを指差して話した後、急に背を向けて反対方向に歩き始めた。
勝った。
彼らの意識には道端に転がるただの空き箱と認識されたに違いない。箱になりきった自分を褒めてやりたいわ。それでも3人の子供を注視しながら箱を持ち上げ、先を急ぐように移動し始める。
その時だった!
3人の子供が一斉に振り返ったかと思うと、こちらに向けて走り出す。
それを見て慌てた私は、箱に入ったまま走り出してしまった。
嵌められた!
反対を向いて歩きだしたのは私を騙すための罠だったのだ!
理性の欠片もなさそうな馬鹿っぽい目をしていたくせに、この私を騙すなんて!
そのうちの1人は立ち止まると弓を番えて箱に矢を放ってきた。
箱に入ったままの私は咄嗟に箱を回転させて矢を避けてしまう。
しまった。これでこの箱が意思をもって動いていることを確信しただろう。
さらに残る二人が駆け寄ってきて、持っている槍と剣で私の箱に襲い掛かる。
遠くからの矢は箱に入ったまま避けられても、近寄っての直接攻撃まではさすがに避けられない。
槍が箱の側面にある隙間を狙うようにして中に突き入れられる。
私は目の前に突き入れられた槍を掴み、思いきり体重をかけて勢い良く一気に下へと引っ張る。
槍は箱の側面を支点にして子供の手を離れて跳ね上がり、子供の顎を打つ。
不意を突かれた子供はひっくり返って気絶したようだ。
もう一人の子供はひっくり返った仲間を見て警戒したのか、剣を箱に突き入れたりせず、剣を箱の側面に叩きつけてくる。このままでは可愛い子象の箱が壊れてしまう。こうなったら私の姿を見られてしまうかもしれないけど、最後の手段だわ。
箱を一度地面に置くと下の淵を持ち直し、一気に箱を大きく持ち上げて剣を持つ子供と一緒に箱を被る。
外から見ていたら子供が箱に喰われたように見えただろう。
剣を持つ子供は急に真っ暗な箱の中に入って何も見えないのだろう、何が起きたか分からずに動きを止めて左右を見回している。
逆に私はずっと箱の中にいたので暗さに目が慣れていて丸見えだ。
相手の目が暗さに慣れるまでが勝負!
すかさず剣を奪って子供の背後を取り、蹴り倒す。
さらに子供のお尻を剣の腹で力一杯引っ叩く。
箱の中に子供の泣き叫ぶ声が響く。
洟垂れの馬鹿面のくせに私を騙した罰だ。
幸いにして剣と槍が手に入ったし、これで最悪戦える。
泣き叫んで煩い子供を箱の外に蹴り出して周りの様子を伺うと、弓を持った子供や他の見張り兵などは呆然として立ち止まっている。
その隙に箱に入ったまま全速力で走ってその場を離れた。
そうして必死の思いでなんとか学校に辿り着いたら、教官が鬼のような顔になって待っていた。




