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6歳の12月(6)

6歳の12月(6)


早朝。


まだお日様も昇らない時間にまぶたが隙間を空ける。

暗い部屋の上にある明り取り窓から薄ぼんやりとした光が壁に広がる。


今日も朝から雨かな。

雨の日の朝は少し憂鬱ゆううつ

雨季の12月はそれが毎日のように続く。


もう一度、まぶたを閉じて、耳を澄ます。

屋根からしたたる雨水の音がゆっくりとしたリズムで石を叩く。

屋根を直接叩く雨音は聞こえないので霧のような雨なのだろうか。

外の雨音に混じって居間から食器の音が聞こえる。


朝ご飯の支度をしているのはいつもおタマさんとおスミさん。

鼻をスンスンと鳴らす。

なんだか甘く美味しそうな匂い。今日は朝ご飯は何かな。だし巻玉子があるといいな。

匂いに反応したのか急にお腹が空っぽであることを訴えてくる。

二度寝をしたい誘惑を、できたて朝ご飯の誘惑が上回る。


起きよう。1・2・3!

両足でベッドを蹴るようにして下半身を一度垂直に立てると、その反動で上半身を振り起こす。

隣で寝ていたはずのお母様がすでにいないのはいつものこと。


まだ寝ぼけてかすみがかかったような脳みそのまま、毛布を畳んで寝床を整理整頓。

起きてすぐのベッドメイクは幼年兵部隊に入ってからの習慣。

習慣になればもう身体が勝手に動くので何も考える必要はない。

そのままパジャマを着替えて居間を通って洗面所へ。

顔を洗ってブクブクうがい。

居間に戻るとおタマさんとおスミさんが朝ご飯を用意してくれている。

おはようの挨拶と共に椅子に座って、いただきますと手を合わせる。


そういえば自分で食事を食べられるようになってから自然とやっていた“いただきます”と“ご馳走さまでした”という行為を、他の家庭ではまったくやらないと知った。

それはリルカ探検隊のみんなでお弁当食べている時に指摘されて初めて気が付いた。うちはおタマさんもおスミさんも合わせて家族みんなが“いただきます”と“ご馳走さまでした”をするので全世界共通だと思っていた。


“いただきます”と“ご馳走さまでした”と言って手を合わせる2つの行為は、私たちが食事をすることで奪う全ての命に対する感謝と祈り。野菜でも肉でも魚でも、食べるという行為は何かの命を奪っている。でもその行為を罪悪だなんていってたら私たちが死んじゃう。だから懺悔するのではなく、感謝する。


この世界の全ての命によって“生かされている”という感謝。感謝して奪った命を背負って生きる。私の命と一緒になって、私と共に生きようという祈り。出された食事は残さない。全ての食べ物に一粒一切れ残さず私の命と一緒になる権利がある。


そしてさらに感謝は続く。食事を用意してくれるおタマさんやおスミさん、お母様やお父様への感謝。食材を育てる人さんへの感謝。全ての命を育むこの赤い大地とお日様と雨への感謝。そんな感謝が凝縮されたものが、“いただきます”“ご馳走さまでした”と言って手を合わせる行為。


やるのが当たり前で、やらないとなんだか調子が狂う。他人がやらなくても気にしないし、自分がやるのは変な理屈をつけた自己満足だとは思うけど、自分の心を納得させることが目的であり、重要な事なのだと思う。誰に何を言われようと私はこれを続けるだろう。


あ、今日のだし巻玉子は甘い!いつもよりお砂糖を多めにして甘くしただし巻玉子は焦げるのが早く、黒くならない様に巻くのは大変。弱火でゆっくりと固めつつ少し早めに巻いていくので中身は半熟のとろけ具合。


口に入れるとジュワワっと広がる温かい半熟の卵焼きから甘い香りが鼻に抜ける。半熟卵の滑らかな舌触りからダシの旨味がやってくる。それを覆いかぶさるように幸せな甘みが口の中を隅々まで蹂躙する。モグモグとしながら自分の顔がにやけてしまうのが分かる。ずっとモグモグしていたい。


お母様は甘い卵焼きは邪道といってそんなに好きじゃないみたいだけど、今朝のご飯は私ひとりだけみたいだからおタマさんとおスミさんが特別に作ってくれたみたい。

しかし幸せは儚いもので口の中から最後のだし巻玉子が消え去ろうとしている。慌ててシマを口の中に入れて一緒に飲みこむ。全ての皿を空にして、ご馳走様でしたと手を合わせる。


おタマさんが出してくれた食後のモリンガ茶が美味しい。香ばしくて炒ったモロコシのような味。口の中がさっぱりするのがとても良い。緑色の葉っぱなのに煎じたお茶は薄い黄色になる。煎じた後の葉っぱもたまに食べる。なんだかお腹がスッキリする気がする。キノコ爺のところで飲んで以来、私も気に入って常備してもらっている。お茶碗もキノコ爺が作ってくれた私専用のもので花柄が可愛い。


大変!お茶飲んで落ち着いている場合じゃないわ。もう行かなきゃ早朝の訓練に遅れちゃう。

他のみんなは宿舎からなので部屋を出てすぐ訓練場だけど、私は町の中にある小宮から町の門をくぐって学校があるところまで歩いていく。今日は走らないといけないかも。ご飯を食べてすぐに走ると横腹が痛くなるのよね。慌てて洗面所で歯磨き。トイレにも入っておこう。ハンカチ持って、よし、忘れ物なし。訓練や勉強に必要な道具は学校に置いてあるから今日はほとんど手ぶら。


玄関でブーツを履いたら、いってきます!の声と同時に小宮を飛び出す。雨はどうやら止んだみたい。おっとあんまり走ると横腹が痛くなるわね。小走りに抑えておこう。まだ薄暗い町は朝ご飯を作る人たちの世界。そこかしこでかまどの煙が立ち上る。井戸から汲んだ水が満たされているであろうかめを頭に乗せた人を追い越す。おはよう!と声をかけると笑顔が返ってくる。町の門まで挨拶をしながら小走りで駆け抜ける。門の両脇には門番さん。おはよう!と声をかけると笑顔で手を振ってくれる。


さあ、後は門をくぐればいつも通り赤い大地が広がっていて、学校までところどころに立木や茂みがある程度。馬車のためにある程度整備された道を走れば割とすぐに学校に着く。


はずだった。


そう、学校にすぐ着くはずだったのだ。


ところが門をくぐると、そこには野営用の大きな天幕テントが立っていた。

その入り口には篝火かがりびが焚かれており、見張りの兵隊らしき人が槍を持って立っている。

それを見た私は慌てて門の外に積まれていた資材運搬用の空き箱の影に隠れる。


その天幕テントは一つだけでなく、同じように篝火かがりびが焚かれている天幕テントが見渡す限り十重二十重とえはたえと町を囲むように並んで立っている。天幕は大きなものから小さなものまでバラバラで統一性はない。

いつのまにこの町は包囲されて攻められていたのだろうか。


でも門は開けっ放しだし、門番はニコニコしていた。

天幕テントの前に立つ見張りの兵隊も、今から戦争しようなんてピリピリした気配は感じられず、むしろ欠伸をして身体を伸ばして必死に眠気と戦っているのんびりと平和な空気。

しかしまだ寝静まっている時間のため、天幕テントの中にどんな人がいるのか全く分からない。

今は平和な雰囲気ではあるけれど、見張りに見つかったら兵隊を呼ばれて襲ってくるのかもしれない。

それに対して私は武器を持っていないし、町の中には戦える人なんてそれほど居ないはず。


そうだ、学校だ!

学校に行けば仲間も武器も揃っている!この見張りたちの誰にも見つからずに学校に行かなきゃ!でもこの開けた土地は隠れるほど茂みも障害物も無く、学校に行くまでの道はどうやっても天幕の間を通り抜けなきゃいけない。


どうしよう。

手遅れになる前に早く学校に辿り着かないと!


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