6歳の12月(5)
6歳の12月(5)
「フマ、この塩はどういう意味?私に近寄るなってこと?」
「ふ、ふひぃぃぃ!ごめんなさいだす!ごめんなさいだす!」
「お母様!それにおタマさんとおスミさんも!」
フマが盛大にまき散らした塩を被るように、お母様とおタマさんとおスミさんの3人が現れた。
3人が揃ってくるなんて巡回のお仕事の帰りかしら?
心なしか3人とも顔色が良くないわ。疲れているのね。
「まあいいわ。それで、この屋台はなんなの?」
「私たちリルカ探検隊が始めたのよ!焼鳥を売っているの。お母様も食べてってよ!」
「王家御用達?リルカ姫の串焼き屋さん?この幟はリルカが考えたの?」
「いいえ、フマあにじゃが考えて書いていたわ!」
「この時代にブランディングの概念をもっているだなんて、フマ……恐ろしい子!」
「なんだかよく分からないけど、ほらほらお母様もおタマさんもおスミさんも、食べて食べて!」
3人に押し付けた焼きたての焼鳥は、葉っぱのお皿に乗せられて、たっぷりを魔法の粉が塗されていてとても魅力的な香りを漂わせている。
お母様もおタマさんもおスミさんも、とても驚いた顔をして、焼鳥の串を口に運ぶ。
「お母様、美味しい?ねえ!美味しい?」
「リルカ……。この味は……。」
お母様は手をプルプルと震わせている。きっとあまりの美味しさに感動しているんだわ。
続けておタマさんとおスミさんの顔を見ると、愕然とした顔を横に振りながら口をパクパクさせている。
その目は悲しそうな色を帯びていて、私に向いている。
あんまり美味しかったからショックを受けちゃっているのかな?
あれ?超えた?おタマさんとおスミさんのお料理を私が越えちゃった?
いやだわ。照れちゃうわね。おタマさんとおスミさんの指導が良かったからよ。
「リルカ、このスパイス、どこから、持ってきたの?」
お母様が震える手もそのままに俯き加減の顔で問いかけてくる。
「もちろん!おうちの調味料倉庫からよ!」
「最後の、1袋、だったわよね?」
あれ?だんだんと下を向いて声が低くなっていくわ。
お母様ったらあんまり美味しいから感動しすぎて泣いちゃうの?
それとも立派に育った私に感動して泣いちゃうの?
「そうなの?1袋丸ごと持ってきちゃったわ。みゃはは!じゃあこれでおしまいね!」
「おしまい、ね……。おしまいねじゃないわよリルカーーッ!」
「は、はいぃ!」
突然のお母様の怒鳴り声に、私はビックリして飛び上がるように後ずさって尻餅をついてしまう。
「私の最後のガラムマサラを勝手に使って!そもそもガラムマサラがいくらするか分かってんの!?フマ!ちょっといらっしゃい!」
「ふひぃ!はいぃ!」
慌てて駆け寄るフマに何やらゴニョゴニョと耳打ちをするお母様。
「なんだすってぇぇぇ!?」
私と同じように飛び上がって腰を抜かして尻餅をつくフマ。
フマは大きく叫んだままに口を大きく開けて鼻水が垂れたままの間抜けな顔でそのまま固まってしまう。
「おタマちゃん!おスミちゃん!残りのガラムマサラと売上金を全部回収しなさい!みんな!今日は屋台おしまいよ!解散!」
お母様の命令で名残惜しそうに屋台から離れて行く子供たちとお客様たち。
おタマさんとおスミさんはこれから罰を受けるだろう私に憐みの目を向けながら、残ったガラムマサラと売上金を持って帰ってしまう。
その流れに逆らって一人の男が近寄ってくる。
「いやー。フマ君。お疲れのところ悪いんだけど、今すぐ借金の返済をしてもらえるかな?それとこの請求書も払ってね。お金持ちなんでしょ?この広場を使った場所代に、工作部隊から奪っていった炭や調味料倉庫から持って行った塩の代金。もちろんガラムマサラの代金も請求するからね。おおよその金額は聞いているよね?今日の売り上げを全部支払いに回しても、きっと今までの10倍じゃ済まないくらいの借金になるだろうけど、大丈夫!安心していいよ。補給部隊本部の仕事はいつでも君を待っているからね!」
「な、なん……。」
フマは絶望に突き落とされた顔になって、言葉にならない言葉を漏らすだけ。
「いや~。それにしても焼鳥は実に美味しかった。あんな安い値段で食べられる料理じゃないよね。それをあんなに大勢の人に振る舞うなんて豪気なお金持ちだなぁ。流石だねぇフマ君?」
ミンは先ほどと変わらぬ飄々とした態度で流れるように言い連ねる。
「あ、ああ、ミン……。謀っただすなぁぁぁ!ミンーッ!」
「フマ君、君らがサボったのがいけないのだよ。5人とも今日の専門訓練をサボったよね?さあ、連れていって。」
ミンの号令で現れた大勢の兵士が5人を取り囲み、連れて行く。
「無念だ。サボりがバレては仕方ない。甘んじて罰を受けるんだ。」
真面目なアディルは歩兵部隊の人たちが。
「自分は弓矢で鳥を仕留める修行をしていたのである!サボりなんかではないのであるぅぅ!」
往生際の悪いカイサは大弓部隊の人たちが。
「おいらは筋トレのために竈を手伝ったんだって!この筋肉を見てくれって!ほら!ほら!」
筋肉のアピールに余念のないオニカは突撃部隊の人たちが。
デデは連行されながら泣いて私に届かない手を伸ばす。可愛い。
何も言わないデデは斥候部隊の人たちが。
「串焼き屋さんに栄光あれだすぅぅぅ!」
そして意味不明な言葉を叫ぶフマは補給部隊の人たちが、それぞれサボった罰を与えるために連行する。
この場には私だけが残された。
「将軍、この屋台どうしましょうか?」
補給部隊の隊長であるミンがお母様に尋ねる。こういった町の設備の維持運営もミンの管轄らしい。
「う~ん、この町に無かった屋台がやっとできたわけだし、みんな喜んでいたわね。軍で渡しているお給料も、お金を使う場所が増えたほうが頑張り甲斐があるだろうし、小さな子供たちに仕事を与えて報酬として焼鳥を食べさせるのも良いアイデアだわ。でもリルカたちはまだ幼年兵の勉強や訓練をしなきゃいけないから運営は無理ね。ミンの方で誰か別の管理者を手配して続けさせなさい。」
「味付にガラムマサラは使えませんよ?」
「私が焼鳥のタレのレシピを何種類か書いておくから、味付はそれを日替わりで使いなさい。」
「では、この商売の儲けは軍の収益で良いのですか?」
それを聞いて慌てて私も口を挟む。
「この屋台は私がリルカ探検隊の資金作りの為に始めたのよ。私たちの努力の結晶なの!お願い!全部取り上げないで!」
「む。アイデアから屋台までリルカたちのものなのに、無料で横取りは良くないわね。じゃあこの商売は軍が買収するわ。その買収金を一括で受け取ってフマの借金を減らすか、それとも借金はそのままに今後この串焼きに関する商売の全経費を除いた純利益から5%を貰うか、リルカが選びなさい。」
「うわ、売上じゃなくて純利益!?沢山焼鳥が売れても人件費や経費を使いまくって赤字になったらお金は貰えないってことよね?しかもその純利益のたった5%?」
自分たちで運営すれば純利益の100%をそっくり手に入れられたはずなのに、たった5%になってしまう。それじゃ夢の食べ放題や探検隊の準備は遙か彼方まで遠ざかってしまうわ。
「5%でも随分甘い条件よ!リルカたちは働かなくて良いのだし、私が焼鳥のタレのレシピを作ったり、今後の管理運営のリスクを近衛軍が負うんだから納得しなさい。純利益の5%と、フマの借金棒引き。どっちが良いの?」
フマの借金はどうせミンが立て替えてくれるのだし、すぐに返さないとフマが死んでしまうわけではない。だったらほんの少しずつでもこの先ずっと利益を貰う方が良いに決まっているわ。
「ううう、5%でお願いします。」
全部取り上げられるよりはマシよね。ぐすん。フマ、ごめんなさい。5%のお金が貰えたらまず最初にフマの借金返済のためにあげるからね。
「分かったわ。でもその5%は私が預かるからね。」
「ええーっ!?話が違うわよ!5%すらもらえないの!?」
「安心しなさい。ちゃんと貯めておいて後でリルカに渡すわ。リルカからみんなに分けなさい。ただし!渡すのはフマが借金を全額返済し終わってから。それまで絶対みんなには内緒にしなさい。」
「なんでフマあにじゃの借金が関係あるの?」
「あの子は借金があった方が真面目に働くわ。そうよねミン。」
「まったくもってその通りです。」
「いいわね!リルカが内緒の約束を破ってフマたちに秘密をばらしたら、リルカたちの分け前は全部私が取り上げるからね。」
「……はい。」
恐ろしい大人の陰謀を味わってしまった。
理不尽だろうが悪だろうが、お母様のいう事は絶対よ。覆せないわ。
フマはこの2人がいる限り借金地獄から抜け出せずに一生奴隷のように働かされるかもしれない。
そもそもリルカ探検隊のみんなで1から作り上げて手塩にかけた屋台を奪われる喪失感は絶望的なもので、理性を失って暴れ回りたい程に悔しい。だけど!今ここで交渉を許されているのは私だけ。道を選択できるのは私だけなんだ!私が理性を手放して暴れたら対等に会話ができないお子様として扱われて、全てを奪われる。私がしっかりしなきゃ!みんなの代表としてみんなの利益をできるだけ守らないといけないの。我慢、我慢、我慢だわ。
それにしても大人って怖い。いや、お母様が怖いわ。
「何よリルカ、お母さんの事を恨みがましい目で見るなんてお門違いよ。お母さんの大切な最後のガラムマサラを使ってしまった罰だと思いなさい。それにフマの借金に対して利息を取ってないだけでも、普通じゃありえないくらい寛大な処置なのよ。」
「そうですね。フマ君を奴隷として売り飛ばさずに、普通に働かせて借金を返す手段を与えるなんて、よっぽど大事にしている証拠です。それにリルカ姫は勘違いされているようで。普通、商売を買収する時にはある程度纏まったお金を一括で渡して終わりです。今回みたいに今後働かないのにずっと利益を貰い続けるなんて破格な条件です。そんな事言っても今のリルカ姫には良く分からないでしょうけどね。簡単に言うなら随分と甘やかされてますよ。」
「私の沙汰に不満か?ミン。」
「商売人としては甘いと思いますが、人情としては同じ気持ちです。フマ君やリルカ姫がここまで頑張って創り上げた商売の権利は残してやりたいです。」
「うむ、引き継ぎや運営は手間だが頼むぞ、ミン。」
「ええ、また忙しくなりますがフマ君が本部を手伝ってくれれば何とかやれるでしょう。」
「それとリルカは良い商売を立ち上げたけど、商売を立ち上げる才能と発展させる才能は別のものだわ。もしリルカたちがこの商売を続けて発展させようと思ったら、新たに生まれる課題や難題が山積みとなって、とても学校での勉強や訓練どころじゃなくなってしまう。考えているより遙かに大変よ。それに串焼き屋が発展して忙しくなったらそもそもリルカがやりたがっていた探検隊なんてとてもできなくなるわ。それじゃ本末転倒よね。今商売を手放して自由を取るのが最高の選択だと思う。大丈夫。リルカたちが頑張って創り上げた商売は大切に発展させるから。」
「……うん。」
「それでも嫌なら、軍による買収を取りやめて、リルカが学校を辞めてこの串焼き屋をやっていく道もあるわ。自分でやるか、軍に任せるか、選んでいいわ。リルカが決めなさい。」
お母様は口を固く結んで、私を正面から見つめている。お母様の思いは伝わってくる。
お母様の言うとおり、良い方向に考えれば、私たちの血と汗と涙の結晶である屋台は存続してもらえる。一生懸命に教えたあの子供たちもきっとまた雇ってもらえる。そして僅かだけども私たちは直接働かずに利益も分けてもらえる。
……これで満足するべきだわ。
これ以上を望んではいけない。
それでも。これだけ理屈では分かっていても。
みんなで串焼き屋を大発展させている妄想や借金も返して大金持ちになって遊んでいる妄想が膨らむ。
お母様と決別してでもリルカ探検隊のみんなと始めた串焼き屋を守れって悪魔が耳元で囁く。
心が千々(ちぢ)に乱れる。
欲は悪魔となり理性を押し流しそうになる。
悪魔は正義を騙って、道を間違う私を正当化する。
みんなのお金を守るのが正義だって!
でもここで欲に目が眩んだら全てを失う所よ。
そんなお金に正義はない!全て欲という悪魔が見せている幻!
本当に大切なのはお金なんかじゃなくて、みんなのリスクとみんなの可能性を守ること。
みんなのリスクを減らすのが本物の正義。みんなの可能性を潰さないことが本物の正義。
お金なんてもともと無かったものだもの。お金を完全に切り離して判断しなきゃだめ。
どちらを選んでも後悔するかもしれない。でも後悔が少ない道はどっち?
理性を信じるの。欲を、お金を、心から切り離して、理性だけを頼りに答えを出せばいいの。
目を瞑り、大きく息を吸って…。
「私は……学校を、続けるわ。まだ学ばなきゃ、いけないことが、沢山、あるの。」
私は目に力を込めて、お母様の目を見つめ返す。
そして一言一言を噛み締めるように言葉を紡いだ。
お母様はゆっくりと頷いて微笑んだ。
きっとこれで正解だったと思う。
もしこの選択が失敗だったとしても納得できると思う。
うん、私はもっと勉強して世界中を探検するの。だからこの選択でいいんだ。
でもみんなにはなんて報告しようかなあ……。
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「というわけで、全部取り上げられました!」
翌日のお昼の休憩時間。いつも通り学校近くの丘の上、さっきまで強く降っていた雨はサッと止み、雲は凄い勢いで流れていく。
それぞれ罰を受けてぐったりと岩の上に座るリルカ探検隊の5人を前に報告する。
特にフマは死んだような目をしていてちょっと怖い。
「今回は仕方ない、俺たちが奴隷として売り飛ばされなかっただけ良かったぞ!」
その中でも比較的明るい顔のアディルがさばさばとした様子でいう。
「自分は串焼き屋になる気はさらさらないのである。それに得る物も沢山あったし、未練はないのであるよ。」
アディルに応えるようにカイサが笑いだす。
「おいらも串焼き屋になる気はないぜ!それにあの程度のもの、おいらの筋肉にかかれば何度でも作ってやるって!なかなか楽しかったから、またやろうぜ!」
オニカは背を向けて広背筋をアピールする。背中で語るってことなの?
デデもニコニコと頷いている。可愛い。
「でも、フマあにじゃの借金が結局20倍になったって……。」
心配してフマの方を向くと、死んだような目だったフマが急にシリアスな決め顔に変わる。
「ふひ、心配するなだす。借金は財産だす。借金は返済できない人間にはさせてもらえないものだす。つまり借金はその人間の器。20倍の借金はわてが20倍スケールの大きな人間になった証拠だすよ。将軍もミンも返せると思っているからこそ、わてを奴隷として売り払ったりせずに残して働かせているだす。だったらきっちり耳揃えて借金全額叩き返すまでだすよ!」
「フマあにじゃ……、今までで最高に格好良いわ!流石だわ!」
「ふひひ!」
「お、リルカ!後ろを見てみろって!」
オニカの言葉で振り返ると、雨上がりの赤い大地に、大きな大きな虹が見事な半円を描いて立っている。学校を囲むように浮かぶ七色の円弧はまるで私の選択を祝福するようで、悲しくも無いのに涙が一粒、目から零れ落ちた。
みんなには嘘をつくことになってしまったけど、誰も気にして無いみたいだし許してくれるよね。
いつかフマの借金が全部返せますように!
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