6歳の9月(4)
6歳の9月(4)
混雑しているご飯専用馬車から離れて見渡すと、気になっていたお兄さんたちは小さな木の木陰に集まっていた。
さっき両脇を抱えられてた太っちょなお兄さんと、背負われていた小枝のような細いお兄さんがまだ転がっている。太っちょなお兄さんは溶けたように地面にうつ伏せて、呼吸をする度にぷるぷる震えてる。
とりあえずこの二人は心の中で「プルーン」と「小枝」って呼ぼう。
その周りには彼らを背負ったり、引っ張っていたお兄さん3人が座ってご飯を食べている。
小枝を背負っていた背が高くて肩幅も広くて手も足もムキムキ太い筋肉質なお兄さんは近くで見るとなんだか常に怒っているような怖い顔している。
普通にご飯食べているだけなのに気合の入った顔だね。
「ガッツ」って呼ぼう。
他の2人は無表情でモクモクと食べているツルツル頭のお兄さんは背がヒョロっと高くて手足も長いノッポさん。
「ツルッポ」だね。
最後にキリッとした太い眉毛の真面目そうなお兄さん。ガッツやツルッポほどじゃないけど背も高く身体もガッシリしてる。
「マユゲ」でいいか。
プルーン、小枝、ガッツ、ツルッポ、マユゲ。
なんだか見た目が個性的な5人だけど、仲良しなのかな。
「こんにちは!お兄さんたち大変だったね。」
うっ。できるだけニコニコと近づいたのに、5人が私を見る目が険しい。
面倒くさい、そう言いたげな視線。
でもめげないよ!だって面白そうなお兄さんたちだし!
「このお皿、そこの倒れているお兄さん二人に食べてもらえないかな。」
冷たい視線に負けずニコニコし続けながら、
山のようにシーマと豆が盛られたお皿を差し出すと、
急に5人の眼の色が変わった。
倒れていた二人は急に起きだして恭しくお皿を受け取る。
「疲れてご飯を取りに行けなかっただす!感謝するだす!」
プルーンがお礼をいうと、小枝が黙って、でも必死にコクコクと何度も首を縦に振る。
でもまあ、自分で食べられなかったお皿はこれで無駄にならないし、5人の警戒も少し解けたし良かった良かった。
そんなことを考えていると二人は貪るように食べ始める。
あー。これは喉に詰まらせて死ぬわね。
水も多めに持ってきてあげよう。
一度5人から離れて近くの馬車で飲み水を多めに貰って戻ると、案の定3人に抱えられて目を白黒しているプルーンと小枝。
「この水を飲ませて!早く!」
慌てて3人に水を渡すとプルーンと小枝に飲ませる。
……なんとか命の危機は脱したみたい。
プルーンと小枝は息も荒くグデッと倒れている。
「度々すまない!助かった!」
介抱していたマユゲがこちらに真剣にお礼を言ってくる。
ガッツやツルッポは呆れてる感じ。
やっぱりマユゲは見た目通り真面目だ。
「い、命の恩人だす!」
プルーンは上半身だけ起き上がると半泣きで感謝してる。小枝も涙目でコクコクと何度も首を縦に振る。
やー。そんなに大袈裟にお礼を言われても、原因は私が押しつけた食事だし、自作自演のようで申し訳ないな。
「気にしないで。ゆっくり食べて休憩してね。それでお兄さんたちは…」
苦笑いしながら話を聞こうとすると。
「警戒!9時に「笑いハイエナ」(ブチハイエナ)3!」
急に馬上にいたレンジャー!な人の大声が響き、周りで食事をしていた人たちもみんな騒然となる。
せっかく今からお兄さん達のこと聞こうと思ったのに!
でも今回の狩りで鳥以外に初めて会う動物ね。
笑いハイエナってどんな動物かな。
皆それぞれに武器を持って立ち上がり、9時方向、つまり行軍している進行方向に対して左手側に向く。
みんなが立ち上がってしまったせいで、背の低い私からは何も見えない。
「うわっ。何しやがる!」
「みゃはは!ごめんね!肩貸してね!」
一番がっしりしたガッツの背中をよじ登って、無理やり肩車状態になる。
ムスッとしたガッツの頭を抱えながら遠くを探す。
見つけた!300mくらい先で草むらに見え隠れしている3匹。
黄褐色に黒が斑に混ざった模様の、まるで大きな犬のような4本足の動物。
大きさは頭から尻尾まで、1m以上ありそう。
「ねえねえ。なんで笑いハイエナっていうの?」
「笑うのだ。人の声で。奴らは肉食だが賢いからこんな人数の人間に近寄ってこん。警戒だけしておけば何処かに消える。昔から“笑うハイエナに腰巻きかぶる”と言ってな。騒ぐのは小僧だけである。」
ツルッポが一人だけ座って食事を続けながら不思議な格言を披露してくる。
ちなみに意味はまったく分からない。
小僧って言うけど、自分がまさに12歳くらいの小僧よね?お爺さんみたいな喋り方。
そんなこと考える私は6歳だけど。きっと精神年齢は私のほうがお姉さんね。
それはそうと笑いハイエナは遠目にはちょっと可愛らしいからもっと近くでみたいな。笑い声も聞きたいし。
ふと見ると馬に乗ってたレンジャー!な人が、降りて武器の準備をしている。あれは幼年兵のお兄さんたちを励ましてた人だね。
レンジャー壱号って呼ぼう。
準備してるのはクロスボウだ。知ってる。お母様が撃つのを見たことある。
あれなら弦が引いてあれば私でも撃てる。
ガッツの肩から飛び降りるとレンジャー壱号に駆け寄る。
レンジャー壱号はちょうどまた馬に乗ろうとするタイミングで彼の目から離れていたクロスボウをコッソリお借りして笑いハイエナに向かって駆け出す。
うん、クロスボウにはちゃんと矢もセットされてるからいざというときも安心ね。
赤い土を蹴って草むらを越えて真っ直ぐに笑いハイエナへ向かう。
笑いハイエナまで100mくらいに近づくと笑い声が飛んできた。
「うひゃひゃひゃひゃ!うひょひょひょひょひょ!」
すっごい感じ悪い笑い方だった。
笑いハイエナは近づくと思ったより大きく、黄褐色の身体に黒い斑点が背中に広がってる。体長は140cmの私と同じくらいある。
そんな3匹は私を観察してヒソヒソ話するように黒い鼻面を近付けあって笑ってる。
可愛らしいと思っていた顔が急に私を嘲笑っているように感じてムカつく。
「早くどっか行け!がぉー!」
「······ぶひゃひゃひゃひゃ!ぶひょひょひょひょひょ!ぶひゃひゃっひひひひひ。」
私が右手を払い、追い払うような仕草で威嚇すると、さらに大きな笑い声を返してくる。
大きな耳や可愛らしい顔もどんどん憎らしくなってきた。
なんなのこいつら!ブチむかついた!もう許さない!
左手に持っていたクロスボウをゆっくり持ち替えると後ろに引いた右膝を地面に着け、笑いハイエナを狙う。
「足だけで許してあげる!」
本体よりも僅かに下。狙いは脚の付け根。
深く吐いた息をゆっくり吸い戻す。
心臓の鼓動が狙いを一定リズムで揺らす。
標的がだんだんと大きく見えると同時に矢から標的まで光の線が見える。
間違いなく矢は狙いに真っ直ぐ向いている。
当たった!
確信を持って鼓動のタイミングに合わせて引き金を引く。
標的を襲う害意に対して弦が矢を弾く衝撃と音が跳ね返る。
矢は笑いハイエナの少し手前に突き刺さる。
少し遅れて笑いハイエナは一歩飛び退いてその矢をマジマジと眺めている。
「……ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!ぶひょひょひょひょひょ!ぶひゃひゃっひゃひゃひゃひゃ!」
なんで外れたの!?
むがぁー。むっかつく!
3匹が矢の周りをグルグル回りながら跳ね回る。
背中の黒い斑点がチラチラと煽るように踊っている。
と思えば急に3匹がこっちに向かって走り出した。
しまった。他に武器は持ってない。
クロスボウの本体じゃ一匹くらいしか防げない。
考える間に50mまで迫っている。
せめて何か棒でもと周囲を見渡した瞬間、向かってくる笑いハイエナの前に矢が突き立つ。
笑いハイエナが驚いて立ち止まる間に、
誰かが2人、盾と剣を構えて私を庇うように笑いハイエナとの間に立つ。
「下がれ!」
「勝手なことすんなっての!」
「マユゲ!ガッツ!」
振り返るとまた1人弓矢を番えて構えている。
「ツルッポ!」
「「「誰のことだ!!!」」」
三人に言い返されて渾名を呼んでしまったことに気付いた。やばい。
レンジャー壱号が騎馬で私の脇を追い越して前に出ると笑いハイエナに突っ込んで、簡単に追い払う。
「助かったぁ。」
逃げ散る笑いハイエナを見ながら力が抜けて手からクロスボウが滑り落ちた。
ちょっとだけ涙目になっているのは内緒よ。欠伸なんだから欠伸。くわぁ~。
なんて考えていて、3人に睨まれていることに気が付いていなかったの。




