6歳の11月(11)
6歳の11月(11)
「おまたせリルカ。なに座り込んでるのよ。」
お母様は飄々とすました声色で足取りも軽くやってきた。
「あ、お母様!この人が離乳食を自分で食べちゃって!それで、それで……。」
「ま~たこの母親ね。仕方ないわね。」
三段デブ母は気まずそうに後ずさりして視線を逸らしている。
お母様は大股に歩いて近寄ってくると三段デブ母にお腹が当たりそうなくらい迫って立ち、頭一個分はある身長差で母親の顔を上から覗きこむ。
「言ったわよね。今度やったら許さないって。」
「し、将軍様が許さなかったらなんだっていうんだい。ワタシを殺すのかい。残った子供たちも見殺しにするのかい。」
「そうね、私がかけている白魔術の加護をあなたの一族から外すわ。神の怒りに触れても、黒魔術にかけられても守ってあげない。一族郎党、子々孫々に至るまで全員滅ぶがいい。」
「ひぃっ!それだけは!」
「私がこの国を守る白魔術師だって分かってやっていたんでしょ!私が直接、あなたに黒魔術をかけないことだけは慈悲よ。一族全員でゆっくり滅びなさい。」
「一族や子孫まで巻き込まないで!」
「あなたも自分の子供の命を人質に、私たちに散々言いたい放題やりたい放題してきたじゃない。その報いね。早く戻って一族に報告してきなさい。“ワタシのせいで白魔術の加護から外されました”ってね。」
「そんなこと言ったら殺されちまうよ!お願いだから許しておくれよ!」
「そうねえ。じゃああなたが抱えているその子。その子が生きている間は保留にしましょう。そして、その子があなたが死ぬまで生きていたら無かったことにしてあげるわ。」
「そんな!もう弱っている子じゃないか!」
「あなたが弱らせた、でしょ?一族全員滅びたくなければ、一族みんなで大切に育てなさい。」
「た、大切に育てるよ。じゃ……。」
「待ちなさいっ!」
「ひっ!なんだい?」
「はい、離乳食よ。多めにあげるから、ちゃんとこの子に食べさせなさい。それに来月もちゃんと連れてくるのよ。いいわね!」
「は、はいぃ。」
三段デブ母は子供と離乳食を抱えて転げるように逃げ去っていった。
圧倒的すぎるお母様の迫力に、私の悔しさは吹き飛ばされてしまった。
ぽかんと口を開けてお母様を見ていると、まだまだお母様のターンは続く。
「そちらの2人はご飯が食べられていないようね。荷馬車に大人用のご飯があるから食べなさい。それから今後の仕事について相談よ!他の子は病気ね。重症の子はツォンゴンベで預かるけど……。大丈夫そうね。白魔術の加護を与えておくから、ちゃんとご飯を食べさせて水を多めに飲ませて、温かくしてゆっくり寝かせなさい。さ、次の仕事に行くわよ!リルカいつまで座ってるの!」
「は、はい!」
まだ5分と経ってないわ!
私があんなに打ちのめされた母親たちを、あっという間に処理してしまう。
本当にお母様は何者なんだろうか。
「ほらリルカ!なにボーっとして。どうしたの?」
お母様が差し伸べてくる手を取って立ち上がると、さっき吹き飛ばされた涙がまたこみ上げてきた。
「えぐっ。“子供を産む資格の無い女たち”とか。えぐっ。“弱い子は死んだらそこまでの運命”とか。
えぐっひっく。“沢山産んで子孫を残すだけ”とかってなに?えぐっ。お母様もそういうこと考えているの?うわーん。」
「そりゃまた随分色々と聞いたのね。うーん。大事なことだけど、時間が無いから簡単にね。分からなかったら家に戻ってからまたゆっくり教えてあげるから。」
私は零れる涙をそのままにお母様の顔を見てゆっくり頷いた。
「まず“子供を産む資格の無い女たち”というのは女子割礼のことね。女の子は6歳になると女性器の一部を切り取られて、それで生き残ったら許婚を決める習わしだったの。それをやらないと女の子は結婚できないって信じている人が沢山いて強引に割礼されてしまうことが多いのよ。」
「ええっ!痛そう。そんなのやだ!」
「それに切り取ったショックで死んでしまうケースも沢山あるの。せっかく6歳まで生き抜いたのに、そんなことで殺されるなんて許せないわ。」
「あ、町でお友達になれた女の子、ずいぶん会えないと思っていたけど、もしかして……。許せない!」
「もしかしたら、そうかもしれないわね……。私自身は断固として拒否したし、おタマちゃんやおスミちゃん、リルカも絶対にやらせなかった。リルカは特に王族だから割礼しろって煩い奴が沢山いたけど、リルカは結婚せずに近衛軍の学校に入って私の後を継ぐって言い張って黙らせたわ。」
「私……、結婚できないの?」
「安心しなさい、割礼なんてしなくても結婚できるし、子供も産める。私がちゃんと結婚してリルカも産んでいるでしょ。
だから本当は国中の女の子を全員割礼禁止にしたいけど、長い歴史があるから命令したくらいじゃ簡単に止めてくれないの。でもね、そのうちリルカみたいに女の子も学校に通わせることでちょっとずつ割礼無しでも大丈夫な子を増やしてから、それを証拠に一気に変えるわ。私の小さい頃に亡くなってしまったお友達の仇も、リルカの亡くなってしまったかもしれないお友達の仇も、きっとその時に。」
「うん!」
理不尽な掟で死んでしまったかもしれない初めての友達。その子たちの悔しさを思うとまた涙が溢れてきて止まらない。でもお母様の真剣な目を見て、きっといつか変えてやるって思いで強く頷いた。
「それからね、“弱い子は死んだらそこまでの運命”というのは母親が自分自身を騙すための言葉よ。」
「自分自身を騙すの?」
「何度も何度も子供に死なれた母親は、毎回泣き叫んで悲しんでいたら心が壊れてしまうのよ。自分の心を守るために、この子はそういう運命だったって思い込むように、無理矢理に自分自身を言い聞かせているんだわ。」
「じゃあ、やっぱりあの母親も子供が死んだら悲しいの?子供を愛しているの?」
「子供が死んで悲しくない親なんているもんですか。子供を愛していない親なんているもんですか。
そんな母親がいるとしたらもうすでに心が壊れてしまっているんだわ。
母親は自分の心を守るために仕方なく無理矢理に思い込んでいるだけ。誰が悪いわけでもないわ。本当に悲しい過酷な環境で生き抜くために、子孫を残すために頑張っていただけよ。」
「誰が悪いわけでもない、か。うん、良かったわ。今日の母親も悪い人じゃなかったのね。」
「いや、あれは悪人ね!子供が死んでも悲しまない話と、子供を人質にわがままをいう事とは別!お仕置きが必要だったわ!」
「あれれ?そうなの?良い話かと思ったら違ったよ。」
「そして“沢山産んで子孫を残す”というのは“昔、正しかった”考え方だわ。私がこの国に来るまではね。」
「“昔、正しかった”ってことは、今は違うの?」
「私が来てすぐの頃は、子供が生まれてから普通の食事に辿り着くまでの1年~1年半の間に生き残る可能性は10人に4人くらいだったし、その後も食料事情や病気、戦争、野生動物との戦いで子供はどんどん死んでいく。まさに沢山産まないと子孫が生き残るのは難しかったのよ。」
「半分以上が生まれてすぐに死んじゃうの?ひどい。」
「そう。でも他の母親たちが弱い子供が死んでも構わないなんていう考えをすることだけは私が許せなかった。だから私が前提から変えてやったのよ。」
「前提って?」
「子供が生き残る可能性が低いから、そんな考えになるの。だから子供が生き残る可能性を引き上げたのよ」
「そんなことができるの!?」
「生まれてすぐの子供たちへの栄養管理や病気の管理、母親への教育で、生後2年間の生存率は10人中4人から10人中8人にまで跳ね上がったし、新しい作物や輸入した食料によって食糧に困ることは少なくなって、巡回する補給部隊で病気もある程度は治せる。武器を進化させたことで、戦争や野生動物との戦いで死ぬ人も減ったわ。」
「ああ、言われてみればお母様が具体的に何をやったのか分かるわ!」
「その結果、昔は10人は産まないと子孫を残せないって言ってた環境は、今では半分の4~5人も産めば十分に一族が繁栄していける環境になった。その分、一人一人を大事に育てることができるようになったはずだわ。」
「そうなのね!もう死んでもいい子供なんていないのよね!良かった……。ぐずん。良かった……。」
「リルカ、最後に一つだけ覚えておきなさい。」
涙を飲みこんでお母様の言葉を待つ。お母様の目が真剣な色に変わって私を見つめてくる。そしてお母様の両手が私の両頬の柔らかさを確かめるように顔を優しく包み込む。
「私にはリルカだけ。この世界でリルカだけが本当の私の子供で、リルカだけが特別よ。大事で大切で、代わりなんて誰もできない。私はリルカを愛しているわ。いいわね!」
「うん!私もお母様が大好き!」
「よし。ほら次の仕事に行くわよ。涙を拭きなさい。」
お母様が涙を拭ってくれる。お母様がいま贈ってくれた言葉だけは信じられる。
世界中の母親がみんな間違った考えだったとしても、お母様だけ私を愛してくれていたら大丈夫!
よし、次のお仕事こそ頑張って活躍するわよ!




