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6歳の11月(10)

6歳の11月(10)


私は手に離乳食を載せたお盆を持って立っていた。


目の前には馬車から離れた場所に集められ、衰弱した子供を抱えて身を寄せる母親たち。


母親たちを見渡すとその顔は一様に曇っている。疲れ果てた顔、怒った顔、生気の無い顔。

私が近づくと警戒するように怯えた視線や冷たい視線を向けてくる。


「これ、離乳食を子供たちに。」


私がお盆を差し出すと躊躇うように止まっていた母親たちも、1人が動き出すと奪い合うように器を手に取る。


「ああっ!それは子供たちに食べさせるご飯よ!」


最初に離乳食を奪って行った、お腹を三段に弛ませたデブチンの母親が離乳食を食べてしまった。グッタリしている子供を抱えたまま、その子供に食べさせずに自分自身の口へと放り込むように。


「味見よ。ア・ジ・ミ!相変わらず薄い味付けだね。早くオカワリ持っておいで!」


それを見た母親の何人かがやはり離乳食を食べてしまう。


「なんで!?信じられない!弱っている子供を抱えながらどうして自分で食べられるの?」


「この子が死んだって、私が元気なら子供なんて何人でも生まれてくるわ!いいからオカワリ持っておいで!」


酷い言葉が三段デブ母から聞こえてきて、言葉だけなのに殴られたようにクラクラと目眩がする。


「ふざけないで!あなた達もなんで食べているのよ!あなた達のご飯じゃないわ!」


脇に顔を向けると、三段デブ母に続いて食べてしまった2人の母親たちが震えるように立っている。

子供も母親もガリガリに痩せていて、母親は立っているのも辛そう。


「アタシ……。昨日から何も食べてなくて……。この子にあげようと思ってたけど食べている人を見たら止まらなくって……。ごめんなさい……。」


片方の痩せて弱っている母親は泣きながら謝罪し、同じように弱った子供を抱きしめ、その場に崩れ落ちる。

もう片方の母親は崩れ落ちた母子に手を置いて縋る様な目で見つめてくる。

どうしたらいいの!?こんな人を責めたら私が極悪人みたいじゃない!


「えぇ~……。」


助けを求めて他の母親たちを見廻すと、こちらが目に入らないかのように心配そうな顔で必死に弱っている自分の子供の口へ離乳食を運んでいる。


「アンタたち、まだまだ若いね!子供なんて死ぬ時は呆気なく死ぬんだ。心配するだけ無駄だよ。弱い子は死ぬ。強い子は生きる。また産めばいいだけさね!」


三段デブ母は心配そうに子供の世話をする周りの母親たちへ吐き捨てるように喚く。


「なんなのよ!あなたには子供が心配な気持ちは無いの?子供が大切じゃないの!?」


「アンタ。ガキがなんだい偉そうに。アンタあれだね。噂の将軍の娘だね。子供産む資格もない女たちが子供が大切だなんて笑わせるね!いいからオカワリ持っておいで!」


「子供を産む資格なんてどの口がいうのよ!あなたに食べさせるご飯なんて無いわ!」


「へ~。アンタ、そんな事言っていいの?」


「良いも何も、この離乳食は子供が健康で無事に育つために作ったものよ。あなたが食べちゃうならあげない!」


三段デブ母は顔を歪め忌々しそうな目で私を睨み付けると、くるっと背を向けた。


「ああー!この娘が私の子供にはご飯くれないってー!私の子供が死んじゃう!こいつ等子供を守るためにやっているなんて大嘘つきよ!子供にご飯を分けやしない!私の子供を見殺しにしようとしているんだ!誰か私の子供を助けてー!」


三段デブ母は急に芝居がかった大きな声を出して周り中の母親たちへとアピールを始めた。しかも自分の言動を無視した上に最悪な言葉を選んで、お母様を貶めようとまでしている。


「いい加減にしなさいよ、あなたが食べちゃうのが悪いんでしょ!子供にならあげるわよ!」


三段デブ母は、ぐったりとして泣く力も無さそうな子供を抱えたまま、意地の悪いニヤけた顔で振り向いた。


「私がしっかり味見して大丈夫だったら子供に食べさせるわ。早くオカワリを持っておいで。」


「ご飯は子供の分しか無いわよ!その子、具合悪そうじゃない!病気かもしれないわ。」


「病気なんかじゃないね。アンタらが来るって先触れを聞いてからこの子にはご飯を食べさせてないもの。お腹が空いているだけさ。」


「あなた、何言ってるか分かっているの?本当に母親!?」


「アンタらが子供に足りない栄養を持ってくるんだろ?それならワタシが食べさせるのは無駄ってものだね。ワタシが自分で食べた方がよっぽど意味があるわ。次の子が産めるもの。」


「あなたはその子を見捨てようとしているだけじゃない!」


「普通は生まれた子供が大人と同じものを食べられるようになるまで、半分以上が死ぬのが当たり前だわ。昔からずっとそうだった。それを無理やり救おうとアンタらが勝手にやっていることだね!どの動物だって死にそうな子供は見捨てるじゃない。強い子だけ生き残ればいい、それがこの大地で強い子孫を残すっていう私の使命だね。」


「使命だなんて言い訳に使わないで!そんなに気軽に産まないで、もっと一人を大事に育てなさいよ!」


「一人しか産まないでその子が死んでしまったらアンタが責任を取れるってのかい?飢えだけじゃない、病気も戦争も盗賊もある、野生動物だって襲ってくる。大事に育てたって一人じゃ限界があるんだ。子孫を残すには沢山産むしかないんだよ!自然のルールを捻じ曲げているのはアンタらだよ!」


「そんな……。その子がもし死んじゃったら、悲しくないの?」


「ここで死んだらこの子はそういう運命に生まれてきたんだね。ただそれだけだよ。」


あまりの価値観の違いに気分が悪くなってくる。子供の命が軽すぎる。


「子供を……愛して無いの?」


「はんっ!世間知らずのガキが言いそうなことだね。愛で子孫が残せるものかい!大切なのは子供が金持ちになって私を楽にすることだけだよ!いい加減ごちゃごちゃ言ってるとぶん殴るよ!早くオカワリ持っておいで!」


三段デブ母はお腹に着いた脂肪を左右に震わせながら迫ってくると、私の胸を突き飛ばしてきた。

本来なら避けるなり受け止めるなりできるはずの遅い攻撃なのに、相手の言葉に愕然として足が動かず、尻餅をついてしまう。


三段デブ母は上から踏みつけてきそうなほどにじり寄り、醜い顔を更に醜悪に歪めて見下ろしてくる。


言い返す言葉が思い浮かばない。睨み返す気持ちも沸いてこない。ただただ心に受けた衝撃で呆然としてしまっている。

子供を愛して無いのに産む母親。弱い子は死ぬなんて台詞を、子供が死んでも悲しまないなんて台詞を、自分の子供の前で平然と言い放つ母親。


子供って何なの?何のために産まれてくるの?母親って何なの?母親はみんなそう思っているの?私のお母様もそうなの?子供って?母親って?

子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親子供母親。


私の中の言葉が、価値観が、揺らいでいく。崩れていく。

私の信じていた親子の愛は通じないの?

この三段デブ母だけなの?それともこの世界の母親はみんなこう思っているの?


「なにボケっとしてるんだい。早くオカワリ持ってこないと蹴り飛ばすよ!」


グルグルと頭の中を廻る疑問の中で、目の前で見下ろしてくる女性がバケモノにみえてきて吐き気がしてくるのは間違いなくその醜い外見だけのせいではない。


母親の教育?私がこの母親に教えることなんてあるの?栄養学とか衛生学とか関係ないじゃない。子供の命の大切さを教える?何の立場から?子供の立場から?王族の立場から?なんて言えばいいのよ。何を言えば伝わるのよ。


考えがまとまらない。悔しい思いと一緒に涙がこみ上げてくる。

この悔しさは言い返せない自分が許せないのか、何も知らなかった自分が許せないのか……。


きっとその両方だわ。


そしてひとつだけ。

ひとつだけ揺るがない気持ちがあった。


私はこの三段デブ母の考えを正しいだなんて思わない。

そんな考えが正しい世界なんて絶対許さないわ!


漸く理由が見つかった私は、下から喰い殺すほど激しく睨み返す。


「な、なんだいその目は!ガキの癖に生意気だね!踏み潰すよ!」


方法なんて思い浮かばないけど、なんとしてもあの抱えられている子だけは救わなきゃ!

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