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6歳の11月(8)

6歳の11月(8)


うちのご飯は変わっている。

軍のご飯を食べたり、みんなの話を聞いて分かったの。私が家で食べているご飯は普通じゃない。


まず軍でのご飯は基本的に右を洗ってそのまま素手で食べる。これが当たり前。

私の家でも素手を使うことはあるけど、基本的にお箸という2本の木の棒を使う。私もなんとなく使えている。お母様もおタマさんもおスミさんも当たり前に使っている。お父様も今では普通に使えるけど、数年前まで随分ぎこちなかったのを覚えている。


またスプーンとフォーク、ナイフという銀器も使う。

銀よ銀。凄く高い金属を食器にしちゃうのは凄いわよね。

でもちゃんと理由があるってお母様に聞いたの。ピカピカに磨かれた銀器が硫黄分を含んだ毒に触れると色が変わるんだって。だからお客様に“お食事に毒が入ってないから安心してくださいね”と示すために銀器を使うのがヨーロッパの格式高い家では当然のことらしい。


先が三本に別れたフォークは肉とかを刺して食べるために使う。先が丸く汁物を掬えるお玉になっているスプーンはそのままスープなどを掬って食べる。ナイフは軍で使うナイフと同じで肉などを切るために使うけど、テーブルで使うために小さくできている。

フォークが皿の左、ナイフスプーンが皿の右に置くのが規則なんだって。その他にもカトラリーは外から使ったり食事中の置き方が決まっていたり規則が沢山。


ご飯を食べるだけなのになんでこんな面倒くさい規則があるのかというと、ヨーロッパ人であるポルトガル人の接待をするときには作法や格式が必要とお母様が言っていた。舐められないのが重要なんだって。


それは置いとくとして、

お皿やコップなどの食器類も全然違うの。軍や普通のおうちでは木を削ってできたお皿。たまに粘土を練って焼いたお皿などを使っているところもある。

私の家では遙か東の明という国で作られた白や青っぽいお皿など様々な食器が揃っている。最近では工作部隊のキノコ爺が試作した食器も増えてきたわ。でも落すと割れちゃうから凄く気を付けないといけないの。

色鮮やかな絵が描かれた大きなお皿にできたての湯気が立つお料理が乗っているとそれはもう美味しそう!


最後にお料理が全然違うの。そもそも調味料からして違う。

まず軍や普通のおうちのご飯は、調味料といえば岩塩。以上。野菜の葉っぱやモリンガっていうお茶にもする葉っぱを和えたりするけど、それは薬味とか食材の範疇よね。やっぱり普通は岩塩だけだわ。


それに対して私のおうちでは調味料だけで倉庫があるの。基本的なものでも塩、ひしお、酢、味噌、砂糖、植物油、バター、酒、香辛料などなど数えきれないくらい。それが山のように厨房脇の倉庫の中に積まれている。

そのほとんどは輸入品。すっごくお金がかかっているはずだけど、許されている。

なぜならムウェネムタパ王国に来た海外からの使者や来賓をもてなすための王宮料理を、おタマさんとおスミさんが作っているから。


食べたことないようなご馳走と格式のある食事会は、他国に圧倒的な文化度の差を思い知らせて交渉などを有利に進めるための秘密兵器なんだって。おタマさんとおスミさんがこの国の秘密兵器なのよ!


で、何が言いたかったかというと、私は今、そのおタマさんとおスミさんにお料理を習っている。


私ね、軍で食べるご飯が不味いのではなくて、おうちで食べるご飯が美味しすぎるんだってことに気が付いてしまったの。私は世界中を見て回って美味しいものを食べたいけど、美味しい食材も調理次第で美味しくなくなっちゃう。これはもうどこでもおタマさんとおスミさんを持ち歩くか、そうでなければ自分でお料理を上手になるしかないってこと。おタマさんとおスミさんはお母様の侍女だし、冒険には連れていけないわ。だから! 私がお料理を練習するの!


そんなわけでおタマさんとおスミさんに料理を教えてもらえるようにお願いすると、最初に何を習いたいか聞かれて思い浮かんだのがコレ。“だし巻き卵”。


普通の卵焼きじゃないの。味が付いていてふわっとじゅわっとしているのよ! 熱々のだし巻卵をほふほふって噛むたびに出汁ダシの味としょっぱさと甘さが沁みだしてきて、幸せな気分になるの。もうこれだけでお腹いっぱい食べたいくらい。

これを自分で作れるようになって、お腹いっぱい食べよう。そうしよう。


今回、教えてくれるのはおスミさん。


「卵を割るときに殻を入れない。」


冷たい声が厨房に響く。


「調味料はきちんと量って入れて。多ければいいってものじゃない。」


なにやっているの?こんなこともできないの?そんな言葉は言われていないのに言外に含まれているかのような冷たい声がおスミさんの特徴だ。


「もっと手際良く混ぜる! 裏漉うらごしして滑らかに! フライパンには油しいて!」


だんだん興奮してくると心が穴だらけに刺さりそうなほど棘のある語尾に変わっていくのがおスミさんの特徴だ。ちなみに裏漉うらごしに使うのはキノコ爺特製のザル。フライパンもキノコ爺特製のだし巻卵専用の長方形のフライパン。キノコ爺は調理道具の納品の度に試作という名目でご馳走を食べて帰る。調理道具作りは頑張り甲斐のあるお仕事だわ。

そして菜箸さいばしという料理専用の長いお箸で油の浸みた布を摘まんでフライパンに馴染ませる。


「火はとろ火を維持! 最初にいれるのは薄く膜ができる程度! 出来たらすぐに潰せ気泡! 半熟の状態で最初の一巻き!」


さらに興奮すると語尾に体言止めが増えるのがおスミさんの特徴だ。次々と出される指示を聞いていると、彼女は軍の指揮とかもできそうな気がする。だし巻は最初の一巻きが難しい。お箸で巻こうとすると崩れちゃう……。


「ヤダヤダ、菜箸で卵をいじって巻かないで! フライパンを煽って卵を浮かせなきゃダメぇ! 半熟じゃなきゃイヤぁ! もっと手早くしてくれなきゃヤダぁ!」


ここまで高まると急に甘えん坊の駄々っ子な言い方になってしまうのがおスミさんの特徴だ。しかし本人はまったく自覚していない。その証拠に……。


「……。よし、できた。偉い。たくさん作れば上手くなる。」


フライパンからお皿にだし巻卵を移し終えると、おスミさんが抱きしめてくれて撫でてくれた。このように抱っこ癖があるのもおスミさんの特徴だ。昔から私が暇しているとおスミさんに抱っこされていた。冷たい口調や興奮した時の口調は本人にまったく自覚がないようなので、気にしないことにした。


出来上がった私のだし巻卵は形がぐちゃぐちゃに崩れていて、焼きすぎの層がパサパサしていてあんまり美味しくない。同じ材料で同じレシピで同じ道具で作っているはずなのにまったく味が違ってしまっているのは残念を通り越して驚きだわ。これは練習あるのみね!


さらに10回、続けて作っていると少しは形になってきた。でも一気に卵を6個も使うような大きなだし巻卵を10個も作ったものだから、私がお腹いっぱい食べて半分以上余るほどのだし巻卵がお皿に並んでいる。ちなみに真面目にお料理の練習をしている分には沢山食材を使っても怒られない。秘密兵器の新作開発のためなら目を瞑ってくれる。でもさすがに食べきれないで捨てちゃうのは論外だし、お兄ちゃんたちに持っていくのはもっともっと上手になってからにしたいし、困ったなと思ったところにお父様発見!


「お、だし巻卵か、美味しそうだな。ずいぶん沢山あるが何の会食だっけ?」


「お父様! 私が練習で作ったのよ。試食あとしまつして。」


お父様と私とおタマさんとおスミさんで、出来の悪い順に6個まで食べてお腹いっぱい。

残りの4個はまあまあ出来が良いから、お父様が“娘が初めて作った料理”として仕事場の偉い人たちに食べてもらって自慢するって。


「さすがおタマとおスミに習うと上手になるのが早いな。」


「えへへ。ありがとうお父様。おスミさんは教えるの厳しいのよ。」


「あの二人は侍女になってすぐにお母さんに料理を習ってな。いつの間にかこの国一番のご馳走を作るようになったんだ。昔、トルワ王国の王子が使者で来た時なんて、料理を食べてすぐに二人とも嫁に欲しいと申し込んできて、その後も何度も何度も断るのが大変だったよ。」


「お父様もそれと同じことをしたって聞いたわ!」


「……それは誰から聞いたんだ。」


「みゃははっ! お母様からよ。マニカ王国に使者で来たお父様が、そこのお姫様だったお母様の料理を食べて、その場で求婚されて、無理やり連れてこられたんだって。」


「まいったな。でも俺は正しかった。お母さんは神の御子だ、なんでもできる。なんでも知ってる。正直、神様よりお母さんを信じてるよ。」


「お母様とお父様が仲が良くて嬉しいわ!でもこの間もお母様にたくさんひどい事されて怒ってないの?」


「げふんげふん。そ、それはうーん。大人になれば……。いや、大丈夫だ。お母さんが大好きだからな。愛しているんだ。お母さんも特別だが、リルカも特別だ。頑張ってこの国を守ってくれよ。」


「うん、頑張って勉強するね!」


ニヤニヤとして返事する私の目線が自分よりも微妙に上を向いていることに気が付いたお父様はゆっくりと振り返る。

そこには、これが御伽話で聞いた赤鬼の姿だと言われれば納得せざるを得ない真っ赤な顔をしたお母様が、気を抜くとにやけてしまいそうな顔を必死に噛み潰して、握った手をぷるぷると震わせて立っていた。


「いや! 今日は何も悪い事してないって……」


「お父さん、ちょっとこっちへ。」


お母様は問答無用といった感じでお父様の腕を掴んで奥の部屋へと引っ張って行く。


「ん! んんー! ぷはー! んんー! んあー!」


奥の部屋の目隠しで掛けられている布が降ろされて見えなくなると同時に、

聞くのも憚られるようなお父様の声が聞こえてきた。

あれもまたお母様の“教育”なのだろうか。


「離れの厨房に戻って練習の続きをしよう。」


おタマさんとおスミさんは慌てて私を連れて部屋を出る。

後ろではお父様の声が続いている。

はあ、まだまだお父様は単なるスケベのままね。

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