6歳の11月(7)
6歳の11月(7)
私のお父様、ネゴモ・ムプンザグトは王様だ。
様々な部族や王国を傘下に従える偉大なる部族連合“ムウェネムタパ王国”を治めている。
それがどのくらい偉いのかといわれると、神様と同じくらい偉いとされている。
あまりに偉いものだから、一般の人たちは王様の姿を見ることを禁止されている。王様が一般の人の前に出る際には、必ず吊るした布などで隠して王様の姿を見せないのが規則。実際は神様みたいに思っている人が普通の人だとガッカリしちゃうからじゃないかと思う。お父様はまあまあ格好良いと思うんだけどな。たまに口が臭いってお母様に引っ叩かれている時は情けないけど。
さらに面白いことに、布の向こう側で王様がどんなポーズをして喋っているのかを伝える仕事がある。王様が神のお告げを伝えたり、演説するときなどは、偉い人が何人も横に立って、王様の動きを覗き見ながら真似して大声で伝えている。一般の人たちも有り難がってその動きを真似して喜んでいたりする。お母様の御伽話の中に出てくる“コンサート”とか“ライブ”っていうのはこんな感じなのかもしれない。
そんなわけで一般の人たちは王様の声を聞くことができても、王様の外見は知らない。王様の外見を知っているのは一部の偉い人や外国からの使者や家族・侍女だけ。
だから、私たちの住む王宮の奥にある石造りの小宮のひと部屋で、夜ご飯が出来上がるのを待ってぐうたらとしているお父様を一般の人が見ても、王様だってことは分からない。
「お父様!久々に稽古を一緒にしましょうよ!私強くなったと思うわ!」
「リルカ、勘弁してくれよ。もう日が沈む。それに疲れているんだ。」
「じゃあね、じゃあね、お話聞かせて!今日はどんなお仕事してたの?」
「今日は部族の方の仕事だよ。」
お父様のお仕事は幅広い。部族長であり、長老であり、司祭であり、王様なのだ。それぞれに重要な仕事がある。ムウェネムタパ王国の王様はお父様だけど、その中心的部族であるショナ族の長もお父様だ。
部族長のお仕事と王様のお仕事は違う。王様のお仕事は税金を決めたり、各部族長に指示を出したり、他の国と外交や貿易したりといった国全体で動く大きなお仕事。部族長としてのお仕事は農作物の収穫を指示したり、結婚や葬儀の儀式を執り行ったり、旅人や食べていけなくなって困っている人を助けたりする、もっと生活に身近なお仕事。
その部族長としての仕事も各村には村長を任命しているので、村長がほとんど代理でやってくれる。お父様がやらなきゃいけないのはこのツォンゴンベの町だけ。それでも1万人近くいるのだから大変だってことでさらに代理人を何人か任命している。じゃあ、お父様は何もしていないのかといえば最後の一つだけお父様じゃないとできない仕事があるの。それは“ハーレム”の管理。
お父様はハーレムを囲っている。
まず正妃っていうお嫁さんが9人いる。昔の王様が9人までって決めたんだって。その中でお母様は最後の9人目。その他にも側室っていうお嫁さんが500人くらいいて、そのお世話をする侍女も合わせるとハーレムには3000人もの女性がいるの。
……。
なんでだろう、なんだか無性に腹が立つわ。
「えいっ!」
「いたっ!痛いよリルカ。なんで急に抓るんだよ。」
「知らないっ!……それで他の奥さんたちの所を巡って遊んでそんなに疲れたんだ?」
「遊んでいるわけじゃないんだけどな。」
私はお父様が他の奥さんたちとイチャイチャしてニヤニヤ遊んでいる姿を思い浮かべると目の前のお父様に意地悪をしたくなって仕方なくなる。つい冷たい視線をお父様に浴びせたくなってジトッと半目で見つめる。
お父様は困ったような微妙な顔をして私を見ている。
「いやいや、今日は大変だったんだって。その件でお母さんに謝りに来たんだ。」
お父様は、私の前でお母様の事を“お母さん”と呼ぶ。お母様の名前はハンナ・マニカ。でも名前で呼ばれることはあまりない。軍の人はみんなお母様の事を将軍と呼ぶ中で、お父様だけが“お母さん”と呼ぶ。私はこの呼び方が心がきゅうっと嬉しくなって大好きだ。
「また何か悪い事をしたの?まさかまた奴隷を勝手に買ったの?」
「リルカ!人聞きの悪い事をいうなよ。」
私の声が聞こえたのか、夜ご飯の用意をしているはずのおタマさんとおスミさんが部屋の入口から顔を出して冷ややかな視線をお父様に浴びせてくる。
おタマさんとおスミさんは姉妹で、遙か遙か東の国で生まれた。
おタマさん4歳、おスミさん6歳の時に期限付きの年季奉公だといって騙されて、ポルトガル商人に売られて奴隷にされてしまったんだって。
それを見かねたポルトガル人のおじちゃんが2人を保護してくれて、色々な国を巡ったあとインドに辿り着いたところでおじちゃんと別れて、おじちゃんに頼まれてポルトガルの国に送ってくれるはずの商人が裏切ってまた奴隷として売り払われたところをお父様が買ったんだって。
それがちょうど私が生まれた年で、その時、おタマさん8歳。おスミさん10歳。
4年間も旅をしてきたんだって。凄い事よね。
でも、凄い金額で女奴隷を買ってそれが白い肌の幼女2人ってことを知ったお母様は大激怒して、お父様をみっちり“教育”した上で、おタマさんとおスミさんをお母様の侍女にするということで引き取ったんだって。どういう教育だったのかは教えてくれなかったわ。きっと凄い教育だったと思うの。私のお尻が割れるくらいじゃ済まないくらいの。
3人の冷たい視線を浴びて、ばつが悪そうに姿勢を正して座り直す。
「実はな、第6正妃のスゼッテの母親がちょくちょく手土産を持って遊びに来ていたんだ。いや、正確に言えば、スゼッテに“母親が手土産持って遊びに来た”って聞いていた。俺は母親も手土産も見ていない。ところが宝物庫の在庫を確認していたお母さんがおかしなものを見つけたっていうので見に行ったんだ。そこにあったのはココナツの皮が山のように。」
「ココナツの皮って何に使うの?」
「うーん、細かい繊維になっているから火をつけるときの焚き付けとか薪の代わりに燃料としてしか使えないな。」
「それが宝物庫にあるのはおかしいわね。」
「そうだな、下手すればその辺に捨てられているようなものだからな。結局、スゼッテの母親がちょくちょく来て、手土産として置いていったものがココナツの皮だったんだ。うちのハーレムでは正妃の母親が手土産持ってきたら、帰りにこちらからも土産を持たせるのが当たり前だ。土産は食料や色々な鉄製の道具など高価なものだ。」
「じゃあスゼッテさんのお母様は、しょっちゅう遊びに来ては、ココナツの皮と引き換えに沢山の食料や高価な道具を持って帰っていたのね。」
「そうだ。だから俺は怒ったんだ。俺を騙して国の資産を横流ししたのか!って。そしたらお母さんにグーで腹を殴られてな。」
お父様はお腹をさすっている。よく見るとうっすら青アザになっている気がする。お父様はうちでぐうたらしているんじゃなくて、お母様に殴られたお腹が痛くてうずくまっていたのね。
「油断していたところにグーで腹を殴られると息ができなくてな、しゃがみこんで悶えているとお母さんがこう言うんだ。“そんな考え方しかできないの!?スゼッテの父親はもう亡くなっているのよ。年老いた母親が1人で生きていけると思っているの?”って。」
「スゼッテさんのお母様は1人で暮らしているんだ!?」
「俺はすぐにスゼッテと母親を呼び出して話を聞いた。母親は父親が亡くなったあと親族に資産を奪われ土地を追い出されて近くの村で貧しく1人で暮らしていたそうだ。食べる物にも困る状態だったので、よく通りがかる隊商が捨てるココナツの皮を拾ってきてスゼッテの所に遊びに来る形で食料を貰っていたと。スゼッテは恥ずかしくて申し訳なくて俺に言えなかったと泣いていた。」
「それは仕方ないわね。スゼッテさんが言えなかったのも分かるわ。」
「そうだな。俺は危うくスゼッテを追放するところだった。それを止めてくれたからお母さんに謝りに来たんだ。」
「それでスゼッテさんのお母様はどうするの?」
「スゼッテと一緒に住めるように手続きするさ。今さら一人や二人、増えても変わらん。」
「スゼッテさん、良かったわね!お父様も単なるスケベの汚名返上だわ!」
「父親に向かって単なるスケベってどういうことだよ。」
お父様が悲しい顔になっているのを見ると、なんだかちょっぴり心が満足して意地悪をやめようかと思う。
「はーい。お食事できましたよー。」
おタマさんが満面の笑みで湯気の立ち上るスープを持ってきた。今日は私も大好きな卵スープだわ!おスミさんは香辛料の香りが涎を誘う牛の舌の煮込みを盛り付けたお皿を持ってくる。それにいつものシマ。最高の夜ご飯だわ!
「わっはっは!今日も美味そうだな。」
「きゃー!」
スープをテーブルの上に置いたおタマさんがお尻を押さえて私の方に逃げてくる。
お父様にお尻を触られたらしい。
「お母さんが作らせたエプロンって奴が珍しくてちょっと確認してみただけだよ。わっはっは!」
……。
私とおタマさんとおスミさんは言葉を失い、三人で寄り添ってガクガク震えながらお父様の方を見ている。
「いや、そんなに怯えなくても。ごめんよ、悪かったよ。そんな……」
あまりに蒼白になって怯えている私たちの目線が自分よりも微妙に上を向いていることに気が付いたお父様はゆっくりと振り返る。
そこには、これが御伽話で聞いた鬼の姿だと言われれば納得せざるを得ない表情のお母様が、触ると切れそうなほど言い知れないドス黒いオーラを放って立っていた。
「いや、これはエプロンを……。」
「お父さん、ちょっとこっちへ。」
お母様は問答無用といった感じでお父様の腕を掴んで奥の部屋へと引っ張って行く。
「ぎゃー!あぁー!いやー!違うんだ!あんぎゃー!ぐぼわぁ!」
奥の部屋の目隠しで掛けられている布が降ろされて見えなくなると同時に、
聞くのも憚られるような悲鳴が聞こえてきた。
あれがきっとお母様の“教育”なのだろう。
「離れの厨房でご飯食べてしまおう。」
おタマさんとおスミさんは慌てて私を連れて部屋を出る。
後ろではお父様の悲鳴が続いている。
はあ、まだまだお父様は単なるスケベのままね。




