6歳の11月(5)
6歳の11月(5)
水に潜ってしばらくすると息が苦しくなってきた。もう少し潜らないと蜂が諦めてくれないかもしれない。恐怖と戦いながら息を我慢する。
「ぶはーっ!ぶひぃぃぃぃ!なんでまだいるだす!?いだ!いだああ!がばごぼ!」
先に隣のフマが我慢できなくなったみたい。蜂がまだ諦めていないらしい。
私の甕の上には蜂は見当たらない。そーっと頭を出して隣を覗いてみると背筋が凍るような光景が繰り広げられていた。
「ぶはーっ!がばごぼがば」
「いだーっ!がばごぼがば」
「ぶひぃーっ!がばごぼがば」
「ぎゃーっ!がばごぼがば」
蜂はフマの潜る甕の上でうわんうわんと唸りをあげながら蜷局を巻くかのように渦巻き状の黒い雲を作り、息継ぎのために飛び出してくるフマを代わる代わる刺していく。水に溺れる苦しみと蜂に刺される痛みを往復する地獄すら生ぬるい無限のスクワットが繰り返されている。
私は蜂に気付かれないようにそーっとそーっと甕を這い出ると、甕に隠れるように5歩あまり離れて足を止める。
後ろからフマの悲鳴が聞こえてくる。
きっとこのままじゃ、誰よりも先にフマが溺れて死んでしまう。
このまま逃げたい。でもフマが死んじゃう。心が右に左に大きく揺れ動く。
「フマあにじゃ!死んじゃダメー!」
私は意を決して振り返るとフマの潜る甕に勢いをつけた飛び蹴りを加える。
甕の上の方に当たった蹴りは甕を大きく揺らして横倒しになり、蜂はパッと広がる。
フマからはもう何も聞こえてこない。
これで私以外のリルカ探検隊はみんな脱落。全部私の責任だ。早く助けを呼ばないとみんな本当に死んでしまう。倒れた身体を起こして駆け出す。
蜂の群れは最後に残った私を獲物に決めたらしい。懸命に走る私の顔に、背中に、足元に、纏わりついてくる。両手で必死に振り払うがまったく意味がない。むしろ蜂たちは余計に興奮したように羽音を高めていく。
「きゃー!」
お尻に激痛が走る。刺されたお尻を手で押さえた拍子に転んでしまう。
「たすけてー!お願い誰かー!」
倒れている間にも蜂は襲ってくる。
転がってなんとか立ち上がると激痛が走るお尻を庇うように足を引きずって駆け続ける。
おかしい、村を出る時にいた村人たちが誰も見当たらない。
なんで?蜂の群れを連れてきちゃったからみんなどこかに逃げちゃったの?
「いたーい!」
今度は反対側のお尻を刺されて転がる。
倒れたところで顔を狙って群がる蜂を何とか手で払う。
もう足が動かせない。転がりまわって身体の蜂を振り落す。
こんなところで、みんな死んじゃうの?嫌だよ!こんなの嫌だよ!助けてよ!
「誰かー!たすけてー!」
最後の力を振り絞った声をあげると、後はひたすらに転がって手で払って蜂に追い払うしかできない。
もうだめ。
追い払う力も無くなってきたわ。
ごめんなさいお母様、ごめんなさいお父様。
もう…。
「リルカ―!」
お母様の声?幻?
「リルカ―!」
遠くから全身布の服で頭の上から足の先までくるまれた集団が何十名も駆け寄ってくる。
これはなに?神様からのお迎えなの?
「リルカ救出!急げ!」
「「「レンジャー!」」」
お母様の声がする。間違いない!お母様の声だ!
全身布で包まれた集団は寄って集って布を私の身体に叩きつけて蜂を追い払う。大きな虫取り網を持っている者は蜂を掬い取っていく。
辺り一帯、ほとんどの蜂を退治すると1人が私を抱え上げる。
顔の部分は蚊帳の網になっている。
その薄い網の向こう側にはお母様の顔。
「リルカ!他の子はどうした?」
「う”わ”~ん!おがあ”ざまー!」
「もう大丈夫だから!他の子はどうした!?」
「村の雨水の甕にフマが、崖の上にアディルとカイサが、オニカは崖の下に落ちちゃったの!う”わ”~ん!」
「聞いたな!?救出に向かえ!急げ!」
ギョロ髭の大きな声が響く。
「「「レンジャー!」」」
布に包まれたレンジャーたちは物凄い速さで駆け去っていった。
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私が泣き止む前には4人がみんな運ばれてきた。
「う”わ”~ん!み”んな”い”ぎでだー!よがっだー!う”わ”~ん!」
4人ともお母様の前で私と並ぶように転がされて、全員で泣きながら治療を受けている。
蜂の針を抜いて、毒を絞り出す治療は非常に痛い。
「ふひぃ!痛い痛いだす!」
フマは甕の中で倒れて気を失っていたらしい。たらふく水を飲んだ挙句、顔から頭までいっぱいに蜂に刺されてとても見ていられないほどボコボコに腫れ上がってはいるが、ちゃんと生きているって。
「だー。いたたいたた!」
「ふんぬぅ!そんなに乱暴に抜かないで欲しいのである!」
崖の上でアディルはカイサの上に折り重なるようにして倒れていたらしい。アディルもカイサも頭から足まで色々な場所を刺されて腫れ上がっていて、とても動けないような状態だったにもかかわらず、アディルは救出されるときまで気を失ったカイサと一緒に裂けた蚊帳を被って周りの蜂を追い払っていたんだって。泣ける。
「ぬおー!いてて!」
最後のオニカは崖の下の茂みに引っかかって気を失っていたらしい。その脇の低木が派手に折れていたところを見ると、低木と茂みに2段階くらいクッションになって助かったのだろうって。全身を蜂に刺されてはいたものの、身体に残った蚊帳の服が部分部分を守ってくれていたお蔭で、死ぬほどではないってことだった。
何より崖から落ちた怪我は茂みの棘で傷だらけになった以外に特に無くて、幸運と筋肉が無ければ考えられないとレンジャーから言われていてオニカの筋肉凄いって改めて思ったわ。
私はお尻を何カ所か刺された程度で済んだ。お尻はズキズキと痛みが残っているが、お母様がナイフで払うように針を抜いて、毒を絞り出してくれたのでもう危険は無いって。
私のお尻をつねるように毒の絞り出しながら、“こんなにお尻が腫れていたら、罰でお尻も叩けないじゃない!”ってお母様がブツブツ言っていた。
みんなが治療を受けている脇でデデがみんなを心配そうに見ている。
結局デデが助けを呼んできてくれたみたい。
デデはまず斥候部隊の本部に行って斥候部隊の隊長であるイェンにお願いして、イェンと一緒にお母様の所に行ったんだって。
お母様は話を聞いてすぐにレンジャー部隊の中でも全身刺されても大丈夫な布で包まった対蜂特殊装備班を緊急招集して、駆けつけてくれたらしい。
デデの判断が私を含めて全員の命を救ってくれたってことね。
怖がって逃げたとか思っていてごめんね。
お母様は蜂避けの網が付いた帽子を脱ぐと、治療中の私たちに怒った顔で聞いてきた。
「どうしてこんな危険なことしたの!?」
「ごべんなざい~。ばぢみづ、ばちみづ食べだがっだの~。えっぐ、あまいもの、食べだがっだの~。」
未だに泣きじゃくる私の返事にお母様はなんだかとっても苦い顔。
「おーい、そろそろ避難してた村の衆、戻ってもいいだか?」
そこへ蜂蜜猟師のおじちゃんがお母様に近寄ってきた。
「ああっ!やっぱりおまえさんの娘か!どうりでいうこときかない奴等だ。おまえさんとまったく同じ騒ぎさ起こしおって!」
蜂蜜猟師のおじちゃんはお母様の顔を見るなり、大声で怒りはじめる。お母様と知り合いみたい。でもお母様は何も言わずに、さらに苦い顔を深くしてる。
「昔オラがハチミツ売ってやるから危険なことするなって何度も言っただ!それをまたこんな子供さよこして危険な真似させて!オラ怒っただ!もうハチミツ売ってやらねぇだ!」
お母様とギョロ髭で慌てて怒った蜂蜜猟師を宥めている。蜂蜜猟師ってお母様が謝るくらい偉い人だったのね。今度からもっときちんと言うことを聞こう。
その日はお母様やレンジャー部隊が、治療や後片付けや蜂蜜猟師のおじちゃんの対応で手いっぱいになってしまったので、私たちへのお説教や罰はうやむやのうちに無くなって解散してしまった。
お母様にお尻を叩かれなくてラッキーと思うべきか、お尻に残る蜂に刺されたズキズキとした痛みがその代りだと思うべきか。
とりあえずその日は泥だらけになっていた身体を洗って寝たわ。仰向けだとお尻が痛いからうつ伏せでね。
みんなが生きていて、本当に良かった!




