6歳の11月(3)
6歳の11月(3)
崖の上に向かって進んでいる途中で、デデが見当たらないことに気が付いた。
「あれ?デデにぃにがいないわ?オニカあんちゃん、知らない?」
「おいらは知らないぜ。そこらでションベンでもしてるんじゃねえか?」
「一本道だから迷子になるわけないのである。」
「俺は一番後ろから来たはずだが、見てないぞ。」
「さっき私に帰ろうって言ってたから、1人で先に帰っちゃったのかなぁ。」
「逃げた奴は放っておくだす!ハチミツの取り分が5等分に増えただけだす!」
デデが脱落した。
リルカ探検隊の最初の冒険にして脱落者を出してしまったことは隊長としてとても悲しく、心苦しい。耳のいいデデにはあの蜂の羽音は酷く恐ろしく聞こえているのかもしれない。臆病なデデが逃げてしまうのも仕方ない。あの泣きそうな顔のデデを無理に蜂の近くへ連れて行くのは可哀そうだし、今回は諦めよう。
でももしハチミツが手に入ったら私の分を半分あげるからね。
半分……。
やっぱりひと口だけで我慢してね。
1人欠けてしまったリルカ探検隊は崖の裏側から急な獣道をよじ登るようにして進む。
大きな木が並ぶように立つ場所まで来ると、急に景色が開けた。
大きな木が3本立つ頂上は思ったよりも広く、そこからの眺めは見晴らしが良い。
みんなでうつ伏せになるように崖の下を覗くと黒い雲が崖の中ほどで唸りをあげており、さらにその向こう側には蜂蜜猟師のいる村が小さく見える。
崖は大きく内側へ抉れているので、蜂の巣は上から見えない。
縄で降りると宙ぶらりんになるので、そこからどうにか揺らして反動をつけ、岩壁から垂れ下がる蔦や根っこに取りついてそこから内側へ辿って行かないと蜂の巣に触ることもできない。
ふと振り返るとフマはさっさと大きな木に借りてきた縄を括り付けている。
「さあオニカ、とりあえず見てくるだす。念のためハチミツの巣を切り取るナイフとそれを入れる袋を腰につけていくだす。とりあえず様子をみて、オニカの筋肉が行けるって囁いたら巣を切り取るだすよ!」
「ちょっと待てって、いくらおいらの筋肉でもあの蜂の群れに突っ込んだら無事じゃ済まないぜ!」
「なに言ってるだす!オニカの筋肉ならやれるだす!わては信じてるだす!必殺のなんちゃらで一網打尽だす!」
「フマ、さっきからおいらを行かせたがっているけど、どういうつもりなんだぜ?」
「オニカがやれるって言ったからだす!」」
オニカとフマが険悪な言い争いを始めてしまった。
まずいわ!探検隊の最初にして最大の難関を前に仲間割れなんて、御伽話なら笑いごとだけど隊長の立場としたらまったく笑えないわ。
私が慌てて二人を止めようと前に出る寸前にアディルが間に入ってきた。
「まあ待て。二人とも。こんなこともあろうかと俺とカイサが用意してきた秘密兵器があるんだ。」
言い争う二人の間に割り込んだアディルはニヤリと不敵に笑う。
「アディルにいさん!カイサあにき!素敵だわ!どんな秘密兵器なの?」
「オニカの筋肉がどれだけ強くて、百の敵も千の敵も倒せようと、万の敵や十万の敵が相手では傷付く。だからこそ準備が必要なんだ。俺が定例会議で言っていた装備がこれだ!」
自信ありげにアディルは腰に着けた袋から1つの大きな網を取り出す。
それは不格好ではあるが蚊帳の網で作られた服だった。
「ど、どこでこんなものを手に入れただすか?」
「フフフ、これは自分とアディルが工作部隊を見学に行った際に思いついたのである。将軍が量産を進めている蚊帳を2枚もらってきて、そのうちの一枚でオニカが着るための服を作ったのである。」
「俺とカイサでは裁縫が難しくて不格好になってしまったがな。」
「すっごいわ!これがあればオニカあんちゃんが蜂に刺されずにハチミツを採れるわ!事前の情報収集や準備って大事なのね!」
「その通りだ!俺の言っていた準備の大事さが分かったか!」
「アディルにいさん!私もう準備を忘れないよ!ほら、オニカあんちゃんも、フマあにじゃも、仲直りしなさいよ!もう喧嘩する理由はないじゃないの。」
私は強引にオニカとフマの手を取って握手させる。
「お、おう、フマ悪かったな。」
「こちらこそ悪かっただす。オニカが蜂に刺されなくて良かっただす。」
「よーし!今度こそリルカ探検隊、第一回目の冒険、成功させるわよ!」
「「「おー!」」」
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オニカは蚊帳の服を着て、その上から縄が解けない様に腰のあたりでぐるぐる巻きにした。
そして蜂の巣を切り取るためのナイフと、蜂の巣を入れるための大きな袋を腰にぶら下げる。
「わはは!こいつがあれば蜂なんて怖くないぜ!おいらが山ほどハチミツ採ってきてやるからな!」
「オニカ、あまり暴れると服の縫い目が壊れるのである。できるだけ静かに動くのである。」
「この服さえあれば安全だ!慎重にいくんだぞ!」
「楽しみだわ!」
「ハチミツを頼むだす!」
「わはは!おいらに任せとけって!」
崖の角には縄が擦り切れないための草の束を置いて準備は万全。
草の束の上をオニカは一本の縄を頼りに崖を降りる。
残りの4人は縄を引っ張りながら、ゆっくりゆっくりと縄を伸ばしてオニカを降ろす。
「よし、一旦止めてくれって!身体を振って蔦に飛びつくぜ!」
崖の下からオニカの声が聞こえてくる。
縄がグッ、グッと引っ張られる。4人で踏ん張って耐えていると縄を引っ張る力が楽になった。
「蔦に取りついたぜ!凄い数の蜂だぜ!でもこの服があれば全然怖くないって!これから蜂の巣がある内側に進むぜ!」
オニカからは上機嫌な声が聞こえてくる。低い唸り声のような蜂の羽音はだんだんと高音になっているが、蚊帳の服の前ではもはや気にするものではない。
「いてっ!」
崖の下から痛がっているオニカの声が聞こえてきた。
「オニカあんちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫だって!たまたま一匹だけ網の上から刺してきたけど、おいらの筋肉には効かないぜ!」
「オニカ!頑張るだす!信じてるだす!ハチミツを採るまで蜂に負けるなだす!」
「おうよ!おいらが負けるもんかって!」
あれ?フマはこんなにオニカと仲良しだったっけ?いや、フマはオニカというよりはハチミツに異様な執着を見せている気がする。まあ、フマも私に負けないくらい食いしん坊だし、よっぽどハチミツを食べたかったのかな。なんにしても仲良く応援して協力しているのは良い事だわ!
オニカが進むに合わせて4人で引っ張っている縄を徐々に緩めて送り出していく。
フマは一番崖に近い先頭で縄を引っ張りながらオニカを応援し続けている。
「蜂の巣に辿り着いたぜ!今から切り取るぜ!」
「やったあ!オニカあんちゃん格好いい!」
「オニカの筋肉は最高だす!」
うねりのような蜂の羽音はさらに大きく、高音へ変わっていく。
「ぬわっ!蜂の巣を採りはじめたら急に蜂が集まってきやがったぜ!網が蜂で埋まって前が見えねぇ!いてて!」
「オニカあんちゃん!頑張れ!」
「ついにこれを使うときがきやがったぜ!“オニカ流筋肉格闘術48の必殺技がひとつ、究極疾風筋肉旋回蜜蜂乱舞(アルティメットマッスルサイクロンハニービーダンス)おいらの前に出てきた不運と踊っちまいな”だぜ!」
オニカが暴れているのが伝わるたびに縄がググッと引っ張られる。
「なに必殺技だしてんだ!服が壊れるだろ!」
「オニカ!余計なことやってないで巣を切り取ることに集中するだす!」
「くそっ!蜂が服の中に入ってきやがったぜ!脇の所が解れてやがる!」
「暴れず慌てずに解れたところを結ぶのである!大穴さえ空かなければ被害はないのである!」
「ぬわりゃ!こなくそ!おいらの筋肉を喰らえぇ!“オニカ流筋肉格闘術48の必殺…”あっ!」
「「「あ?」」」
「オニカあんちゃん!どうしたの!?」
「いてて!服が枝に引っかかって破れたぜ!いててて!引き上げてくれ!」
「なに言ってるだす!とっとと蜂の巣を切り取るだす!蜂の巣を採るまで引き上げないだす!」
「いてて!ふざけるなって!いててて!早く上げろって!」
「もうハチミツの代金は貰っているだす!とにかく蜂の巣を採るだす!」
「フマあにじゃ!代金ってなによ!?」
フマは朝おねしょに気が付いた子供のように、驚きと後悔の気持ちと一緒にこれから自分にとって都合の悪い事を責められるのを想像して恐怖と苦痛が入り混じったような表情でゆっくりと振り返る。下からは痛がるオニカの声が響いている。
「き、聞き間違いだす。そんなこと言ってないだす。」
「フマ!先にハチミツを売る約束をしたのであるな!?」
「そうか!さっきから強引にオニカを行かせたがるから怪しいと思っていたぞ。」
「フマあにじゃ!先に代金貰ってお金があるなら蜂蜜猟師から安く仕入れて売った方が楽で危険も無いじゃない。お値段の交渉はフマあにじゃの得意技でしょ!?」
下からは痛がるオニカの助けを求める声がだんだんと悲鳴に近くなっている。
フマは私の言葉を聞いて、初めてライオンを見て驚いた子ヌーのように、もしくは雷に打たれて痺れたように、魂が一度口から飛び出たくらいの衝撃を受けた顔をして固まっている。
その固まっているフマの口元が確かに“そ・れ・だ・す”とゆっくり動いた。
次の瞬間、フマは急激に前を向くと同時に猛烈に縄を引っ張り始める。
「オニカの一大事だす!なにしてるだすか!早く引っ張るだす!」
「フマが追い込んだのである!」
「フマがいう立場じゃないぞ!」
「うるさいだす!オニカを助けるのが先だす!」
先頭で猛烈に縄を引っ張るフマに、納得いかない私たちも黙って従わざるを得ない。
縄は勢いよく引き上げられ、オニカの悲鳴が近づいてきた。




