6歳の11月(2)
6歳の11月(2)
リルカ探検隊は6人で並んで、大きく抉れるように聳え立つ崖を見上げている。
私の身長の20倍はあろうかという高い崖には枯れた蔦や根っ子、雑草などが複雑に絡み合い、覆いかぶさってくるかのように抉れた岩壁から伸びて垂れ下がっている。切り立つ崖の麓は低木や茂みで埋め尽くされていて確認できない。
崖のちょうど真ん中ほどの高さには、抉れた岩壁にしがみつくように作られた大きな蜂の巣が、垂れ下がる枯れ蔦の合間合間から見え隠れしている。それはひとつの巨大な巣なのか、もしくは大きな巣がいくつもあるのか、全体像すら分からない。そして巣の周りに纏わりつく黒い雲は低く耳障りな音を伴って自由自在に形を変える。まるで私たちを威嚇するかのよう。
「崖、高いねぇ。」
私は崖を前に言葉を失っているリルカ探検隊のみんなに、あえて蜂の巣に関する評価を避けた感想を投げかける。
「ああ……。」
オニカが言葉にならない返事を返してくる。
他に誰も何も言わないので会話は途切れてしまう。
唸るような低い音がリズムをとるように響いて耳に障る。
風は時折強く、空は低い雲が流れていく。
この風が心の中の不安を吹き飛ばしてくれたらいいのに。
「下から、登れないねぇ。」
私はもう一度、リルカ探検隊のみんなに言葉を投げかける。
崖の麓はとても立ち入れないほど低木や棘のある茂みが密集している。
私だけは服もブーツも身につけているが、他の探検隊のみんなは基本的に腰巻以外つけていない裸同然の状態であり、あの茂みに分け入れば棘は刺さるわ引っかかるわで、動けば動くほど身体の傷を深くして悲鳴では済まないだろう。
「上から降りるしかないのである……。」
カイサが私の言葉に同じ意味の返事をする。他に手段など無い事を確認するように。
またそこで会話は途切れてしまう。
崖を前にしてリルカ探検隊の6人は進むことも忘れて立ち尽くしてしまっている。
私たちがこの場に立つ今から遡ること30分ほど前、リルカ探検隊は蜂蜜猟師と会っていた。
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リルカ探検隊は専門訓練の日に申し合わせて抜け出すと、学校から程近い目的の村に向かう。
村に辿り着くとカイサが蜂蜜猟師を紹介してくれた。
カイサは事前に一度会ってすでに話を聞いているらしい。
事前調査は重要なのね。カイサもやるときはやる男だわ。
蜂蜜猟師は中年の男性で、不思議な外見をしていた。全身が乾いたようにガサガサとした荒れた肌なの。酷い乾燥肌に悩んでいたらお肌の事を聞くのは悪いわね。
「おまえさんたち、ハチミツ欲しいだか?」
そう言うと蜂蜜猟師は私達全員を品定めをするかのように、頭から足先までジロジロと見て回る。
「そうよ!ハチミツを集めて売って、探検隊の活動資金にするの!」
「探検隊ってのはよく分かんねえが……。悪いこと言わねえだ、オラ売ってやるからそれ買って帰れ。」
「あ、ごめんなさい。あなたの稼ぎや生活を邪魔することになってしまうのね。」
「いや、そういう意味でねえ。ハチミツ、オラ1人じゃ採りきれないほどあるし、おまえさんたち採って売るくらいではオラの稼ぎや生活に影響ねえだ。」
「へー!採りきれないほどあるんだ!凄いわね!」
「へへっ!おいらの上腕二頭筋が飛び跳ねるぜ!」
「それじゃあ、さっきの“悪いことは言わねえ”というのはどういうことだす?」
「ハチミツ採る作業が危険すぎるだ。オラでもそう簡単にいかね。」
「それはどんな作業なのか教えてくれないか?」
アディルは危険と聞いて真剣な顔つきで尋ねる。
「この村のすぐ裏、高い崖さあるだ。その崖の真ん中くらいに蜂ども巣を作っていて、崖の上から縄で降りていって巣さ切り取って持って帰る作業だ。」
「蜂は怒って襲ってこないだすか?」
「オラおまえさんらより若けえ頃から蜂蜜猟師やってるだ。数えきれないほど何度も刺された皮膚は今じゃ硬く乾燥していて、もう刺されても痛くねえだ。」
「その肌にはそんな秘密があったのね!凄いわ!刺されても痛くないなんて、無敵じゃない!」
「そんなオラでも初めて刺されたとき、とんでもなく痛かっただ。素人じゃ無理だ。」
「逆に言えば蜂にさえ刺されなければ危険も少ないということか。」
なにやら一人で納得するようにアディルが頷く。
「誰だって初めての時も素人の時もあるだす。」
フマはどうせ刺されるのは自分ではないといった風に興味無さげ。
「下からよじ登るか、棒か何かで叩き落とせばいけそうであるな。」
カイサはフフンと鼻で笑うような余裕の顔。
「おいらの筋肉は蜂の針なんざ通さないぜ!」
オニカは両腕で下向きに大きな輪を作って上半身の筋肉をアピール。
最近新しいポーズが増えてきたわね。
デデはとても心配そうな様子で皆の顔を順番に見ている。可愛い。
「オニカあんちゃんが凄い技で蜂なんて蹴散らしてくれるわ!」
私は蜂蜜猟師に向かって蜂を叩き落とす動きを見せる。
蜂蜜猟師は私を残念そうに見ている。
そしてその目を瞑ると、深く大きなため息を吐いた。
「おまえさんらもいうこときかない奴等だな。試しに崖、行ってみるといいだ。なんなら上から降りるための縄もオラ貸してやる。実際に蜂の巣の近くまで行ってみれば分かるだ。下手に手出ししないで見るだけにして戻ってくるだぞ。」
「大丈夫だす!心配しないで待っているだす!」
「よーし!リルカ探検隊、第一回目の冒険、成功させるわよ!」
「「「おー!」」」
そして縄を貸してもらったリルカ探検隊は崖に向った。
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リルカ探検隊は6人で並んで、大きく抉れるように聳え立つ崖を見上げている。
オニカの額には汗が玉のように浮き出ている。それがこの暑さだけのせいではないのをその真剣な表情が物語っている。
“ねえ、やめとく?”
その台詞をオニカに投げかけようとしてなかなか言葉が出ない。
言ってしまったら最後、きっと撤退に決まって今回の探検隊は終了。お金はないからハチミツも買って帰れない。つまりあの脳を焦がすように強烈に甘いハチミツは食べられない。
リルカ探検隊の最初の冒険が何もせずに撤退、失敗だなんてつまらない。それにハチミツも食べたい。いや、主にハチミツが食べたい。でもオニカが蜂に刺されて酷い目に遭うのも嫌だわ。オニカが酷い目に遭わないでハチミツを食べられる方法はないのだろうか?
崖を前にして私が逡巡していると、デデが私の服の裾を引っ張ってくる。振り向くと泣きそうな顔のデデが何か言いたそうにしている。
「デデにぃに、どうしたの?」
「やめようよ。帰ろうよ。」
デデは私の耳に口を近づけると、コソッと伝えてくる。普段から喋らないデデが自分から言ってくるなんてよっぽどのことだわ。ハチミツ食べたいけど、一度撤退して作戦を考え直した方がいいわよね、ハチミツ食べたいけど。
「ねえ、みんなやめ……」
「いつまで見ているだす!?さっさと崖の上に行くだすよ!」
私の言葉を遮るようにフマは大声で出発を宣言すると当たり前のように進み始める。
「え?フマあにじゃ、あれ見たよね?蜂も崖も。大丈夫だと思う?」
「蜂蜜猟師も近くまで行ってみろって言ってただす。それにオニカはこの程度の蜂でおめおめと引き下がるような情けない筋肉してないだす。オニカの筋肉舐めるなだす!!」
フマは今までになく強い意志を感じる大きく見開いた真剣な眼差しと共に、オニカへの絶大なる信頼を私に訴えかけてくる。フマってこんなにオニカの力を信頼してたっけ?
私がオニカの方を振り返ると、フマに対して困惑と怒りの入り混じったような表情を浮かべるオニカが目に入った。
オニカは私が見ていることに気が付くと精一杯の笑顔を浮かべてヘンテコなセクシーポーズをとる。
「お、おう!おいらの筋肉にかかればちょろいもんだぜ!」
慌てて複数の筋肉アピールポーズが混ざったようなへっぴり腰の姿からは、今までの威勢の良さはすっかり消えていてむしろ不安が滲みだしている。そして笑顔は若干引きつっているわ。
「それでこそオニカだす!とりあえず崖の上に行ってみるだす。とりあえず行くだけだす。そこまでならとりあえず安全だす。」
なんだかフマが“とりあえず”を連呼しているのが引っかかるけど、まあ蜂蜜猟師も見てみろって言っていたことだし、見るだけなら大怪我とかは無さそうかな。
こうしてリルカ探検隊は意気揚々と先頭を切って歩くフマに続いて、崖の上へと歩き出した。




