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6歳の10月(19)

6歳の10月(19)


何日か後の専門訓練の日。

いよいよ最後の見学、補給部隊よ!

この部隊の見学が終わったら私自身がどこの部隊に入りたいか、ちゃんと考えなきゃね。

フマは補給部隊にも出入りしているみたいなので、一緒に来たわ。


「他の補給部隊希望の幼年兵たちはもうとっくに仕事を任されて働かされているだす。補給部隊はとんでもない人手不足だす。」


「フマあにじゃはどうして働かされていないの?」


「必死に逃げているだす!工作部隊と補給部隊とどちらも捨てがたいので迷っているのもあるだすが、一度仕事を任されてしまうと、二度と逃げられなくなるだす。」


「フマあにじゃはキノコ爺を師匠って呼んじゃったしね。」


「師匠の技術は素晴らしく儲かりそうだす!工作部隊と補給部隊と、どちらの方が儲かるか!それが重要だす!」


「フマあにじゃは金持ちになりたいのね。」


「リルカはまだまだ浅いだすな!金は儲ける過程が最高に楽しいのだす!」


「へー。まだ分からない世界だわ。」


幼年兵を出迎える暇など無いらしいので、隊長に挨拶をするために補給部隊本部の建物に向かう。

建物の入り口から覗くと、人は誰も見当たらず、机と椅子、そしてそれらの上に山積みになっている紙の束が目に入る。

建物の中は割と広く、応接用らしき椅子とテーブルもあるがそれさえも紙の束で大半が埋まっている。


「また書類が増えているだす。」


「なんでこんなに紙の束があるの?」


「読んで、計算したり承認したり返事したりするものだす。今まで全て伝令が直接来て、口頭でやっていた連絡などを、将軍が紙に変えただす。間違いは大きく減ったけど、この量は尋常じゃないだす。」


「あー!もー!こんなの終わるわけないじゃないかぁ!!」


急にヒステリックな悲鳴が聞こえてくる。

中央奥の一番大きな机。紙の束で埋もれたその向こう側に人がいたみたい。

恐る恐る机を回り込むと血走った眼から零れる涙の跡を拭うこともなく、左手で書類を捲りながら右手を動かし続ける男がいた。


「誰?書類ならそこに置いてって!あとご飯とお茶持って来てって伝えといて!」


書類から目も上げずにひたすら右手を動かし続ける小柄な男は頬がこけ、眼の下にはクマができていて、身体の上には塵埃が積もっているようにすら見える。何日もこの姿勢のまま仕事を続けているのだろうか。

ひたすら書類の文字を読むために忙しく眼を動かす男の横顔には、あの狂ったように鞭を振り回すホルデンにも似た狂気を感じる。


「リルカ、静かに!危険だす。気付かれないうちに逃げるだすよ!」


フマがヒソヒソ声で私に呼びかけながら私の手を引っ張る。

せっかく来たから挨拶だけして帰ろう。


「あ、あの隊長ですか?幼年兵の見学にきました。でも忙しいみたいだからまた今度来ますね。」


男の手が止まった。姿勢は微動だに変わらぬまま眼球だけがこちらに向く。数瞬の間。


「ほな、わてはこれで。」


「フマ君!来てくれたのか!」


突如立ちあがった男は慌てて逃げ出そうとするフマに飛びつき、片足を抱きしめて離さない。


「うわーん!ありがとう!ありがとうフマ君!キノト様のところに行ってしまったかと思ったよ!戻ってきてくれてありがとう!」


「勘違いだす!わてはもう帰るところだす!離すだす!」


「あー!もー!そんな冷たいこと言わないで、手伝ってくれよ!もう無理なんだよ!」


ミンは涙も隠さずにフマにすがりつく。


「わてにも無理だす!そこのリルカに手伝わせればいいだす!」


「お!おおっ!リルカ姫!こんな姿で申し訳ない!補給部隊の隊長でミンです。」


「あ、ど、どうも。」


フマの足にしがみついて泣きながらキリリとした顔で挨拶されても締まらないわね。


「いいから離すだす!」


フマは足にしがみつくミンを剥がそうともがくが、ミンは全身でガッチリしがみついて離れそうにない。


「いいや!手伝ってくれるまでこの足を離さないよ!そうだ!リルカ姫もフマ君と一緒に手伝ってくれないか!このままではこの国の血が止まってしまう大ピンチなんだ。」


「え、国の血が止まってしまうの?国が死んじゃうってこと?」


「リルカ、騙されちゃダメだす!死んじゃうのは隊長だけだす!」


「本当だ!この書類をやっつけないと物が動かない。物が動かないと食べ物も資材も届かない。国は死んでしまうよ!ついでに僕ももう死にそうだ!」


「国も隊長も死んでしまうのは嫌だし、明日も学校があるから今日だけなら…。」


「ほんと!?リルカ姫!ほら!フマ君も一緒に今日だけ!今日だけだから!」


「ミン、フマあにじゃは美味しい食べ物で雇うと動くんですよ?」


「リルカ!余計なことを喋っちゃダメだす!」


「フマ君!牛肉はどうだ!つい一昨日お祝いで頂いた牛肉の塊が丸々残っているから君にあげよう!ご馳走だぞ!今日だけでも手伝ってくれないか!」


「んー。んんー。嫌だす。自分で調理しなきゃいけないし、仕事の量からいって割に合わないだす。」


「じゃあ、私からもおタマさんのお弁当一食分を出すわ。どう?」


おタマさんの料理はお父様やお母様の普段食にもなっているが、国賓が来た時の接待用にも使われたことで有名になっている。そんなおタマさんの手作り弁当を食べることができるチャンスはそうそう無い。

フマがこのチャンスを逃すとは思えないわ。


「んんん~!んんんん~!もう一声!貰った牛肉の調理もおタマさんにお願いしたいだす!」


やるわね。さらに一声乗せてきたわ。


「仕方ないわね。その牛肉をお弁当の食材にも使って良いならその条件で依頼するわ。」


「いつまでしがみついているだすか!時間がもったいないだす!早く仕事をよこすだす!」


フマはさっさとミンの手を振り払って応接用の椅子に腰かけ、テーブルの上の書類を退かして作業場所を用意する。

変わり身の早さに関してはフマを超える者はいないわね。


「じゃあ、そのテーブルの上のものを処理してくれ。計算が必要なものは計算して、返事が必要なものは返事を書いて、最終的に僕が読んでハンコを押せば良いだけの状態にして僕に持って来てくれたら助かるよ。」


ミンはさっさと元の机に戻ってしまう。

私もフマの向かいの椅子に座って、目の前のテーブルに高く積まれた紙の束を退かして作業場所を用意する。さて、やってみますかね!


「どれから手を付けたらいいのかしらね。」


「最初に手に触れたものからで良いだす。」


フマはもう書類を見ながら何か計算をしている。

私も退かした書類の山から一番上にあるものを無造作にとって読んでみる。


「ふむふむ、これは“補給部隊の人員増強稟議書”ね。」


「補給部隊はいま2000人を超えて、さらに増加中だす。でも人数の増加よりも仕事の増加の方が早くてみんな死にそうだからなんとかしてくれってことだすね。」


「補給部隊の人員は読み書き計算ができないといけないからすぐには無理ね。即戦力なんているわけないし、育った幼年兵は他の部隊にも行ってしまうし。」


書類の中をしっかり読み込むと具体的な目的や人数が書いてある。


「この書類は、“馬車・牛車用の馬と牛の世話の人員が必要なので、村人と奴隷部隊に手伝ってもらえるようお願いしたいけど、いいよね?”って書類だわ。返事はどうしたらいいの?」


「適当に雇っても無駄だす!村人にも奴隷部隊にも経験者を選抜して雇うように返事しておくだす!」


「“手伝いは経験者を選抜して雇うように。よろしく”と。お返事書けたわ。」


ミンに書類を持っていって尋ねる。


「こんなもんでいいかしら?」


ミンはざっと書類に目を通して、ハンコを押して箱に放り込む。


「ありがとう、ありがとう!この調子で頼むよ!」


ミンは泣きながらお礼を言ってくる。なんだかボロボロで痛ましいわ。

よーし、どんどん手伝って減らしてあげよう!


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