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6歳の10月(15)

6歳の10月(15)


お兄ちゃんたちとお話をしながら、遠くに見える幼年兵たちを追いかけて歩き続けること30分くらい。近くの村が見えてきた。

ホルデンの言っていた実地での見学は、村で手伝いをしている奴隷部隊の仕事を見るのね。


「奴隷部隊にいる奴隷はどうして奴隷になったのかな。」


「今この国にいる奴隷は主に4種類だす。

ひとつ目は、戦争奴隷。戦争で捕虜になった者だす。

ふたつ目に、身売り奴隷。貧しくて食べていけなくて家族や自分自身を売った者だす。

みっつ目は、犯罪奴隷。悪い事をしてその罰として奴隷になった者だす。

最後に、購買奴隷。アラブ商人やポルトガル商人が国外から連れてくる奴隷を買った者だす。


身売り奴隷や購買奴隷は金持ちが買うもので、奴隷部隊にはあまり使われないだす。


奴隷部隊にいる奴隷は、主に戦争奴隷と犯罪奴隷だす。

特に戦争奴隷は他の部族出身者が多いから、言葉が通じないことが多いだす。」


「そっか、言葉が通じないのは本当に困るわ。何を言っても通じないんでしょ?」


「人や部族によって度合いも様々である。全く通じない者もいれば、酷い方言で半分くらいしか通じない者もいるし、だいたい理解できるという者までバラバラである。さらにそれぞれ文化も違えば常識も違うのがまた問題で、トイレなんてこの国にしかない文化だし、感謝の仕方もお詫びの仕方もそれぞれ違うのである。」


「常識が通じないのもすごく困るわ。言葉が通じないと教えようもないし。奴隷が変な行動をしてても、その意味すら聞けないのね。でも、だからって鞭でぶっ叩けというホルデンの言葉も嫌だわ。鞭で叩いて命令するのが何も考える必要がなくて簡単だからなのかな?」


村に近づくと、幼年兵たちが取り囲み、派手な鞭の音と怒号で騒然としていた。


「おい、何かが起きてるって。おいら走るぜ!」


オニカについてみんなで走っていくと、遠巻きに取り囲む幼年兵や村人たち、奴隷部隊の中心で、ホルデンが奴隷を怒鳴りつけながら何度も何度も重苦しい鞭の音を響かせていた。


アディルが近くの幼年兵に尋ねる。


「何があったんだ?」


「村人が奴隷の1人に絡んでいたんだ。その3人組の奴隷の違う1人が村人を殴った。その罰だ。」


重い音を立てて鞭が地面を叩く。ホルデンの怒鳴り声が聞こえてくる。


「分かってやったんだろ?ぶっ殺されるのは覚悟しろよ!」


ホルデンの前には背中にいくつもの長細い傷をつけて血を流す奴隷が1人、倒れている。

その少し離れた場所には何度も殴られたように腫れた顔の奴隷と、それを支える奴隷の2人が立っている。

鞭は荒れ狂い、倒れている奴隷の周りの地面も抉る。

うつぶせになる奴隷に鞭が当たるたびにその背中には傷が増え、血が滲み、野獣の咆哮のような悲鳴が響く。


「ひゃっはははは!奴隷が人様に手を出したらこんなもので済むわけないだろ!」


狂った目をしたホルデンが異様に高ぶった様子で鞭を振い続ける。

そこに村人が倒れている奴隷に近づいて蹴り飛ばす。

次の瞬間、村人の鼻先をホルデンの鞭が掠めて派手な音を立てて地面を抉る。


「おい、奴隷をぶっ殺していいのは俺たち奴隷使いだけだ。お前も奴隷になりたいのか?」


ホルデンは狂気の笑みを浮かべて村人に近づき、額をくっつけるかのように顔を近づけて睨み付ける。


「俺様の楽しみを奪うんじゃねえ。」


「ペッ!イカレてやがる。」


村人は蹴り飛ばした奴隷に唾を吐きかけて遠巻きに囲む輪に戻る。

心配そうに見ている他の奴隷、ホルデンを恐ろしげに見る村人や幼年兵たちの中心でホルデンは叫び、鞭を振い続ける。


「ひゃははは!てめえの目も耳も全て潰してやる!指先から1cmずつ順番に抉ってやる!つまらねえから全身抉るまで死ぬんじゃねえぞ!」


残虐な言葉を叫びながら鞭は荒れ狂う。狂ったホルデンはさらに滅茶苦茶に鞭を振い、奴隷どころか辺り一帯を叩き、土が弾けていて、とても近寄れない。


見ているだけで身体に響く肉を切り裂く鞭の音、奴隷の悲鳴、血しぶき。村人も幼年兵も、ほとんどの者が直視することができず目を伏せている。


私は衝動的に荒れ狂う鞭の嵐の中に飛び込んだ。身体のすぐ横を鞭が走って抉られた土が飛ぶ。

倒れている奴隷を庇うように覆いかぶさる。


「これ以上はダメ!死んじゃう!!」


「何してやがる!そこをどけ!」


ホルデンの鞭が私の身体の横の地面を抉る。


「ヤダ!絶対どかない!もう十分でしょ!こんなに血塗れで苦しんで死にそうじゃない!殴られたって人も、こんな状態を見ても許せないの?」


先ほど奴隷を蹴り飛ばしていた村人を睨み付ける。


「その男の部族は戦争で俺の兄を殺した!俺はその部族を許さない!」


「戦争の事を持ち出して同じ部族ってだけで抵抗できない奴隷に絡んだの?!この奴隷が直接あなたのお兄さんを殺したわけじゃないでしょ!」


村人は目を逸らして逃げるように立ち去る。


「どけぇ!一緒に死にてえか!」


ホルデンの鞭は再度、私の顔の前の地面を抉る。そして続けて振られる鞭が空気を切り裂く音。次こそは私の身体に鞭が当たる。身を固くして歯を食いしばってその瞬間を耐える。


鞭は激しい音を立てるでもなく、私に降ってこない。

急に私の前に影が差した。

鞭は立ちはだかったオニカの手に掴まれて止まっていた。


アディル、カイサもいる。3人で私の前で壁になってくれている。

あれ?フマとデデは?

あ、いた。二人とも私の後ろでオロオロしてる。


「なんだてめえら!どけ!鞭でぶっ叩かれないと分からねえのか!」


鞭を掴んだオニカは黙って微動だにせず立っている。


「ホルデンの人でなし!悪魔!殺人鬼!あとえーとえーっとド変態!もう止めなさいよ!」


「ド変態って……。」


ホルデンの呟きが聞こえる。ホルデンの心に刺さったわ!

鞭が止んでいる今のうち!

庇っていた奴隷を抱え起こす。


「あの、大丈夫?」


「さわるな、どこかいけ…。」


起こした奴隷に乱暴に手を振り払われた。


「え?どうして?」


言葉が出ない。

後ろから奴隷が2人、近づいてきた。


「すまないが、ほっといてくださらんか。

あなたの優しさと彼の鞭とどちらが我等を救うと思うか。」


「何?どういうこと?」


「もういい!連れて行け!3人とも今日は飯抜きだ!」


私の質問はホルデンの怒鳴り声に遮られる。


「さあ、立てるか、行こう。」


奴隷たちは倒れている1人に肩を貸して連れ去っていく。

幼年兵、村人たち、奴隷部隊が遠巻きに見守る中央にはショックを受けて座り込む私と、黙って立ちはだかるお兄ちゃんたち(そのうち二人は私の後ろでオロオロしている)とホルデンが残された。

オニカは鞭を離して、ホルデンの手元には鞭が戻っている。


「チッ!やんなっちゃうな。穢れてないガキどもが。」


ホルデンが耳障りな舌打ちを響かせ、誰に聞かせているとも分からない声で呟く。

狂ったような表情から、酷く臭いものを嫌悪するようなしかめ顔に変わっている。

束ねた鞭が肩に担がれると、オニカたちが改めて身構える。


「リルカ姫、お可哀想なんだろ?買ってやれよ。この奴隷全員!

王様の奴隷だ、割引くらいしてくれるだろうさ。

それでこいつらが死ぬまで世話して飯を食わせて遊ばせてやれ。」


周りに聞かせるように、大きな声でホルデンが告げる。


私にそんな力はない。私が世話をすることが正しいのかどうかも分からない。

さっきの奴隷の言葉も、ホルデンの言葉も、私の無知と無力さを思い知らされて、打ちのめされる。

言い返す言葉すら浮かばないのが悔しくて仕方ない。


私が下を向いて黙っているとホルデンは踵を返して歩き出した。


「白けちまったな。今日はもう終わりだ!町に戻って酒でも飲むぞ!」


「やったね!隊長のおごりだ!げははは!」


「うるせえ、黙れ!」


そのまま立ち去るかと思ったホルデンは思いついたように立ち止まり、振り返って幼年兵全員に届くような大声をあげる。


「そうだ授業だったな。これで最後だ。

“奴隷は奴隷だ。それを忘れたらお前らが人じゃなくなる。”この言葉、忘れるなよ。解散!」


ホルデンと奴隷部隊たちは町に向かって歩いていく。

立ち竦んでいた幼年兵たちもバラバラと歩きはじめる。

囲んでいた村人たちも散って行った。


いつの間にか日は傾き始めていて、そろそろ帰らないと町に着くころには真っ暗になってしまう。


「リルカ、帰ろうぜ。」


オニカが座り込んだまま動けないでいる私に手を差し出してきた。


「あんな奴、最低よ!何が”奴隷は奴隷、それを忘れたら人でなくなる”よ。私たちが奴隷にでもなるっていいたいの?人じゃないのはホルデンだわ。悪魔よ!奴隷の解放だって絶対嘘!希望だけ持たせるための誤魔化しだわ!」


ホルデンに言い返せなかった言葉が溢れだす。自分の無知と無力さを知ってしまった今では負け惜しみだって自分自身で分かっているけど、止めることができない。


「リルカ、おいらの親父は奴隷だった。」


「え、どういうこと?」


オニカの突然の言葉に耳を疑う。


「おいらの親父は戦争奴隷になって、ここの奴隷部隊にいた。ここで解放されて俺や母さんたちのところに戻ってきてくれた。そして家族で仲良くなったショナ族の村に移り住んで普通に暮らしてきた。おいらが証人だ。奴隷は間違いなく解放されているんだ。」


「オニカあんちゃん、どうして今、それを私にいうの?」


「リルカに、考えるための材料が必要だと思ったからだぜ。」


オニカは私を引っ張り起こすと、町に向かって歩きはじめる。

私も、他のお兄ちゃんたちもみんな黙って歩き続けた。


家に戻ると、お母様もお父様もいなかった。

聞くことも相談することもできず、私は1人ベットの上で丸まって、時折もがいて、時折悔しくて涙がこぼれてきて、朝まで考えていた。


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