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6歳の10月(14)

6歳の10月(14)


歩き出すホルデンの背中は、同じく背中を向けた奴隷部隊たちに埋もれて見えなくなる。

アディルとオニカに抱えられたまま立ち止まる私たちを、奴隷部隊に遅れて続く幼年兵たちが追い越していく。

オニカが漸く塞いでいた口を離してくれた。


「信じられない。こんな制度や奴隷部隊を作ったお母様なんて嫌い!大嫌い!」


「リルカ、そんなこというな。将軍が提案した奴隷に関する制度は、待遇改善も含めてたくさんあるけど、その中でも一番抵抗が大きかったものは、奴隷狩りの禁止だ。これはすごい事だったんだぞ。」


アディルが私を地面に降ろして、正面に向き合いながら私に言い聞かせるように優しく話してくる。


「奴隷狩りと奴隷の扱いの話は関係ないじゃない!」


「いや、奴隷制度という枠ならどちらもその一部であるな。将軍は奴隷の扱いよりももっと理不尽で非道な奴隷狩りを禁止することに成功して、奴隷の扱いもどんどん改善している最中である。もとより奴隷制度を変えるなんて1日2日でできることでは無い、今の状態を批難するならその相手は将軍ではなく、ご先祖様全員である。」


言い返す私に、カイサが横から真剣な顔で加わってくる。なんだろう、アディルはいつも真面目だけどカイサまで真剣だなんて。


「分かったわよ、ごめんなさい。お母様は頑張っているのね。アディルやカイサがそんなに真剣に言ってくるなんて思わなかったわ。

奴隷狩りが禁止される前ってどんな状況だったの?学校では奴隷狩りを禁止したことしか習わなかったから、その前がどんな状況だったのかは詳しく知らないの。」


「リルカは明日、突然俺たち全員が消えていて、他の部族に攫われて奴隷になったと聞かされたら納得できるか?」


「そいつら全員ぶっ飛ばして、必ず取り戻しに行くわよ!」


私はすかさずアディルに向かって拳を突きだして口を尖がらせる。


「あはは。ありがとな。でもそれが奴隷狩り禁止前の状況だ。」


アディルは少し困った顔で笑いながら私の頭を撫でてくれた。


「普通に暮らす人を理由もなく攫って奴隷にするなんて理不尽な事が当たり前になっていて、将軍が奴隷狩りを禁止する前は町の中でも安心できないくらい酷かったのである。海の方に住むスワヒリ語を話す奴らやアラブ商人が奴隷をいくらでも買うからと、各地の部族が動物を狩るみたいに他の部族を襲っては人を攫ってきて、売り飛ばしていたのである。」


「何も悪い事してないのにいきなり攫われて売られて、奴隷にされるなんて、考えたくもないわ。」


カイサの説明にゾッとする。確かに奴隷の扱い改善よりも、先に奴隷狩りを無くさないといけない気がする。そうでなければ安心して暮らしていけないわ。


「お母様はまず先にそっちをやっつけたのね。」


「わてらの住む国は沢山の王国や部族が集まった連合国家だから、今は王様であっても一人で勝手に法を作る事はできないだす。国内でも奴隷狩りをしてお金を稼いでいた王国や部族がほとんどで、その全てが将軍が提案した奴隷狩り禁止法に反対したのを、粘り強く一つ一つ説得していって満場一致で成立させたのが将軍だす。伝説や歴史上の出来事みたいに授業で教わったけど、たかが5年前の事だすよ。」


フマがなんだか浮かない顔で説明してくれる。


「奴隷狩りで奴隷になった者は、死亡や行方不明を別として、確認できる限り将軍の命令で解放されただす。

でも遥か北のマラヴィ王国や遥か南西のトルワ王国はまだ奴隷狩りをしているし、さらに国内でもアラブ商人やポルトガル商人絡みで、隠れて奴隷狩りをして売買する者がいるようだす。」


「うちの村でもフマの両親と弟と妹が交易の途中で奴隷狩りに遭って行方不明なのである。」


「逃げ出せた者の報告を聞いて、俺の親父も軍を率いて散々探したが見つからなかったんだ。」


「わてだけが爺ちゃんに預けられていて助かっただす。」


「そっか、3人とも同じ村出身で、身近に被害を見てきたから特に真剣なのね。

フマあにじゃ、辛い事を思い出させてごめんなさい。」


「気にしなくていいだす。もう6年も前の話だす。」


「そんな奴隷狩りを、なんでお母様はこの国だけ禁止にしたのかな。他の国にも提案すれば良かったのに。」


「俺は奴隷狩りは、口減らしの目的もあったと聞いている。」


「口減らしってなに?」


アディルは少し俯き加減に眉間を皺を寄せて語り始める。


「昔は畑が小さくて収穫も不安定だったから、狩りや牛の放牧中心で食べ物を得るには想像以上に広い土地が必要だった。その土地で食べていける人数を越えてしまうと、その土地が枯れてしまって、枯れた土地にはもう住めないんだ。建国の歴史で習ったよな。この国は枯れた土地を離れて新たな土地を探した英雄ムトタが作ったんだ。

自分たちが使っている土地に、もし違う部族が入ってくると土地が枯れてしまう。

だから襲って奴隷にして売り飛ばしていたんだ。」


「つまり人が増えすぎるとご飯が食べられないから、人を減らすために奴隷にして売っていたってこと?」


「そうだ。ところが将軍は新しい作物や鉄製の農具など畑を大きくする方法を広め、さらに積極的な交易による食糧の輸入を行うことで、食料が豊富に手に入るようにして口減らしの必要を無くしたんだ。むしろ開墾や道の整備のため人手不足になった。

しかし他の国はまだ食料がそんなに無い。だから奴隷狩りの禁止だけを提案しても無駄なんだ。」


「はー。お母様は奴隷狩りの原因からやっつけたってことね。すごい事ね。」


「おい!隊長がもう歩いていっちまうぜ。見えなくなる前に追いかけようぜ。」


オニカに言われて足を動かす。これからまたホルデンに奴隷の酷い扱いを見せつけられるのかと思うと胸が痛い。足も重く感じる。


「あまり見たくないな。」


「おいらはリルカにこそ見てもらいたいと思っているぜ。」


「なんで?」


「嫌なことに目を瞑って知らない振りをするのは簡単だぜ。でも見て、知っていてくれたら、リルカがもし偉くなったときに奴隷制度も変えられるかもしれないって。おいらはそう思っているぜ。」


「……ん。分かったわ。頑張ってみるね。」


オニカは真っ直ぐ前を向き、歩きながら力強く私に告げる。

口を一文字に結んで歩くオニカの横顔をみていると、不思議と素直に頷くべきだと思った。

フマの事もあるし、きっとみんなにとって奴隷の問題は私よりももっともっと身近で、苦しんだのね。


「私は本当に何も知らないな。」


ため息交じりにこぼすと、オニカも笑って頭を撫でてくれる。

私はもっともっとこの世界のことを知らないと。


「リルカは何故、奴隷狩りをしてはいけないと思う?」


アディルの問いかけに私は眉を跳ね上げてビックリする。


「何故って、当たり前じゃない。今の話の流れで“奴隷狩りをしてもよい”だなんて言えるわけないでしょ?」


「それは自分がアディルに問いかけたことがある、“なぜ誰かを勝手に奴隷にしてはいけないのか?”という、哲学的な問題である。自分は戦争の捕虜や犯罪者、身売りされた人が奴隷にされても仕方ないと思っているのであるが、“なぜ誰かを勝手に奴隷にしてはいけないのか?”という質問に対してなんとも納得できる答えが見つからないのである。」


「そんなの、フマを見たら分かるじゃない!家族や友達が悲しむからよ!」


「では一人ぼっちで友達もいない、誰も悲しまないような人は奴隷にしてしまって構わないのであるか?」


「そんなわけないじゃない!自分自身が奴隷にされたくないのだから、他の人を勝手に奴隷にするなんて間違っているわ!」


「自分自身が奴隷になっても構わないと覚悟した人は、他の人を勝手に奴隷にしても良いのであるか?」


「屁理屈だわ!奴隷狩りは禁止されているのだから、許されるわけないじゃない。」


「たった5年前までは禁止されていなかったのである。その時代は勝手に誰かを奴隷にしても良い事だったのであるか?」


「もう!いつの時代でも誰かを勝手に奴隷にして良い時なんてないわよ!」


カイサの反撃に息が切れて呼吸を整えているとフマが横から口を出してくる。


「“長老に裁かれて処刑されるから”ってのはどうだす?」


「では、王様なら誰でも勝手に奴隷にして良いのであるか?」


「そんな王様、認めたくないだすね。」


フマに続いてオニカも口を出してくる。

デデは隣で心配そうな顔をして皆の顔を見比べている。可愛い。


「“おいらたちの部族や国が弱くなるから”ってのはどうなんだぜ?」


「他の部族、他の国が相手なら勝手に奴隷にしてもよいっていう、昔のこの国や、今のマラヴィ王国、トルワ王国と同じ理屈であるな。」


「それと同じになるのは嫌だぜ。」


アディルも参戦してきた。


「“俺たちの神が命じたから”というのはどうだ?」


「他の神を信じる人が相手なら、勝手に奴隷にしてもよいっていう、ムスリムを信じるアラブ人やキリスト教を信じるポルトガル人と同じ理屈である。彼らにとって、他の神を信じる者は人として扱わないのが当然である。」


「それと一緒にもなりたくないな。」


「「「うーん。」」」


カイサも含めてみんなで悩みながら黙って歩く。


「分かっただす!“奴隷狩りをしない方が儲かるから”っていうのが答えだす!」


飛び上がるようにフマが答えを叫ぶ。


「フマあにじゃ、そんな理由なわけないじゃない。みんなが商人なわけじゃないし。」


「いや、あながち間違いではないのである。」


「ええっ!なんでよ?」


「自分は“しない方が儲かるから”というのが現状に近い気がしていて、将軍が奴隷狩りをしない方が儲かる仕組みを作ったから、この国では奴隷狩り禁止が成功したのである。」


「じゃあ、儲かるからが答えなの?」


「時代や場所が変われば儲かる仕組みは変わって、奴隷狩りをした方がもっと儲かることになれば、元に戻ってしまうのである。結局誰かを勝手に奴隷にしてはいけない本質的な理由にはならないのである。」


「今までの答えと変わらないじゃない。

もういいわ、奴隷狩りは未来永劫に悪!私がそう決めたの!

だから誰かを勝手に奴隷にするような奴は、私が絶対許さないわ!

カイサあにき、これでいいでしょ!」


「そうであるな、リルカがいうと貧弱な理由に聞こえるのであるが、それでも今はそれが一番まともな理由に聞こえるのである。」


カイサが苦笑いしながら受け入れてくれる。


「貧弱は余計よ!」


お喋りをしながら、遠くに見える幼年兵たちを追いかけて歩き続ける。

お兄ちゃんたちは、私のことを気遣ってお話してくれているのかな。優しいな。


なんとなく心が楽になった気がするよ。

もう少しだけ頑張ってホルデンの授業を聞いてみようかな。


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