6歳の10月(13)
6歳の10月(13)
今日は学校の授業の中で“奴隷制度”について勉強したの。
その授業の一環としてみんなで奴隷部隊の見学に来たわ。
でも幼年兵を卒業したとしても、奴隷部隊に配属されることはないんだって。
奴隷部隊は奴隷兵を管理・指揮する正規兵が配属されているのだけど、12~13歳の子供じゃ無理ってことみたい。
みんなと待機場所に着くとまだ奴隷部隊の人たちは誰もおらず、
周りの幼年兵の中でも自然と奴隷について様々な会話が行き交っている。
「私はあまり奴隷の人と関わった事が無いのよね。奴隷の事を色々教わったけど、いまいち実感が湧かないわ。」
私が独り言のように呟いた言葉にフマが乗ってくる。
「奴隷についての法や規則はほとんどが将軍の発案されたものだす。奴隷について詳しかったはずの将軍の周りには奴隷がいなかっただすか?」
「そうね。おタマさんとおスミさんは奴隷として買われたらしいけど、すぐにお母様の侍女になってほとんど家族のように暮らしてきたから奴隷ではないわよね。それ以外には町でたまに首輪をしている人がお仕事している姿を見たことがある程度よ。今から考えれば奴隷だったのだろうけど、特にお話とかした事無くて。」
「この国の奴隷は首輪をする決まりになっているからひと目で分かりやすいだすな。」
フマと話しているとカイサも入ってくる。
「首輪だなんて奴隷を家畜と同じ扱いにするなと怒る人も稀にいるが、首を絞めているわけでも、首輪に紐を付けているわけでもないので、普通は気にならないという人がほとんどである。逆にもっと消えない印をつけろという人もいるくらいである。
他の国では“焼印”とかいう、熱した鉄の焼鏝を押し付けて一生消えない奴隷の印をつけるところもあるみたいだし、それと比べれば外せば跡の残らない首輪は随分とマシなのである。」
「うわ。焼印?そんなことしたら大火傷よ。痛そうね。」
隣で痛そうな顔をしているデデに話しかけて一緒に頷きあう。
「リルカが見たような町で働いている奴隷は教育も行き届いていて、主人も金持ちで待遇も良いのである。しかし国内各地の部族や村での奴隷の扱いは酷いもので、足枷をつけて食事もろくに与えず、死ぬまで扱き使うようなものである。」
「そんな!お母様がそういうのを禁止したんじゃないの!?」
「厳しい罰則はあるが、偉い立場ならいくらでも隠せる。将軍の目の届かないところではまだまだそんなものだ。それでも随分変わったんだ。昔の奴隷は労働させてそのまま殺すような処刑に近かったが、今はちゃんとご飯を与えて生かして労働させ続けるところが多い。生きてる分だけマシになったと思いたいな。」
アディルが酷い実態の現実をさらに重ねてくる。
カイサやアディルはどんな酷い状況を見てきたんだろう。
「アディルにいさんはマシになったと言うけど、その扱いは“奴隷は人じゃない”って感じるわ。なんだか嫌。」
「奴隷は人じゃない。勘違いするな。」
急に話しかけられて振り向くと、腰に輪っかにした鞭をぶら下げた奴隷部隊の人たちが20名ほど、こちらに向かって歩いてくる。先頭を歩く男は細身で背もそれほど高くないが、とても偉そうな歩き方をしている。何よりその目は蛇のように細く、ヌタッと絡みつくように睨めつけていて、さらに酷く臭いものを嫌悪するかのように顔を顰めていた。
「俺は奴隷部隊の隊長、ホルデンだ。くだらないことを喋りやがって、貴様ら学校で何を習ってきた。」
「奴隷が人じゃなければ何よ!」
「おや!こーれはこれはリルカ姫ぇ。このような汚ーい奴隷を扱う場所へお越しいただき誠に恐縮でぇす。」
一歩前に出て喧嘩腰の詰問を投げかけた私に対して、
ホルデンはわざわざ演技だと分からせるような調子のおかしな発音で台詞を吐いて、仰々しく頭を下げた。
私はお父様とお母様の娘として産まれて6年間。今までこんな悪意を受けたことないわ。様々な言葉が頭の中をぐるぐると回って、腹を立てて良いのかすら分からない。
「リルカ姫のよーなお方がぁ、このような穢れた場所にいるのはまーったく似合いません。どーかおうちに帰っておままごとの続きを…。」
「答えなさいよ!」
終わる気配をみせず私を小馬鹿にしたヘンテコな調子で吐かれるホルデンの台詞を遮って、辛うじて出た私の言葉は、金切声のように耳触りな高さで響いた。
「おー。こわいこわい。まいったね。誰か、教えて差し上げてー。授業で習っただろー。」
ホルデンは幼年兵たちに向かって大げさに肩を竦めると、手を広げて呼びかける。調子外れの音程で歌っているかのような台詞と相まって酷い演技ぶり。
後ろの奴隷部隊の人たちはそれを楽しむようにニヤニヤと笑っている。
自分の胸の鼓動に合わせて頭に血が昇っていくのが分かる。
「奴隷は“奴隷”だ。リルカ。」
アディルが私の隣まで進み出て答える。
「上出来だ。お前はちゃんと授業を聞いていたようだな。リルカ姫にもしっかり教えて差し上げろ。授業を聞いても分からねえアホが理解できるように鞭でも使ってな。」
ホルデンはへらへらとした笑いと共にハエでも追い払うかのように手を払う。
私の頭の中で何かが切れた気がした。
「ふっざ…。」
飛びだそうと踏み出したと同時に、オニカとアディルの2人がかりで、私の口は塞がれて担ぎ上げられた。
「むごー!」
「下がれってリルカ。おいらも腹立つけど、奴隷は…人じゃないぜ。」
「うー!ううー!」
暴れる私の呻き声を掻き消すかのようにホルデンが急に大きな声を出す。
「遊びは終わりだ!かったるいが命令だ仕方ねぇ、説明してやる!」
幼児をあやす様な話し方だったのが、急に奴隷を躾けるかのような荒々しい怒鳴り声に変わる。
「いいか、奴隷部隊の仕事は奴隷の指揮、管理、教育だ。
奴隷は言葉も分からない奴がほとんど。命令が分かるようになるまでは鞭が言葉だ。いうこときくまで鞭でぶっ叩け。ここの奴隷は王の資産だ。奴隷を壊さないようにせいぜい気をつけろ。飯は重要だ。最初に飯をたらふく食わせろ。その後は死なない程度でいい。代わりに罰を与える時は飯を抜け。一旦与えられたものを取り上げられるのは奴隷に言うことをきかせる効果的な罰だ。」
私が暴れているのが目に入らないかのように、ホルデンは眉一つ動かさず淀みなく怒鳴りたてる。
「奴隷の指揮の基本は三人一組だ。組み合わせは常に入れ替えるが、その中の1人がヘマすれば3人全員が飯抜きだ。良い事すれば3人とも飯が増える。仕事でも軍でも常に連帯責任だ。
行軍の時、訓練も装備も何もねぇ奴隷ができるのは荷物持ちか囮くらいだ。複雑なことは一切期待するな。とにかく三人一組だけ徹底させろ。」
奴隷部隊の仕事内容を途切れなく怒鳴り続けるホルデンの言葉に、気が付くと私は黙って聞いていた。
次にどんな酷い事を言い出すのか。どんな許せない事を言い出すのか。心の準備をしてこれ以上傷付かないように。身を守るように身体を固くして。
みんなも誰一人として喋らずに黙って聞いている。どんな思いで聞いているのだろうか。
「奴隷の管理で重要なのは、疲れと疑心暗鬼と希望だ。
まずは疲れて頭が真っ白になって何も考えられなくなるまで追い込め。奴隷に余計なことを考えさせるとろくな事がねえ。朝起きてから寝るまで追い立てて休ませるな。やらせることがなくなったら穴でも掘らせておけ。
次にちょっとやる気がある奴を取り立てて、これみよがしに特権を与えてやれ。飯を多めに食える飯当番とか仕事が楽な班長とかだ。やつらは手に入れた特権を手放さないために奴隷を管理する側になる。これで奴隷同士が疑心暗鬼になってサボりや反乱の相談をできなくなるし、憎まれるのはそいつの役目だ。もちろん奴隷同士の会話は禁止だ。疑心暗鬼を増長させ、余計な知恵をつけさせないためだ。
最後に奴隷が絶望して自暴自棄にならないように希望をひとつだけくれてやる。奴隷部隊で功績を挙げれば奴隷から解放だ。ほんの僅かにでも解放に近づいているように匂わせて褒めてやれ。実際に解放する奴が出たら盛大に見送って、他の奴隷に見せつけてやれ。希望があれば自殺も反乱もねえ。」
私の見えないところで起きているであろう信じられない現実や、奴隷の立場になった場合を想像して感じる耐えがたい屈辱と恐怖の気持ちが頭の中をかき混ぜる。目の前で怒鳴るホルデンの言葉がどこか遠くで喋っているように聞こえるのは、御伽話のようにどこか違う世界のことであって欲しいと強く願う私の気持ちのせいだろうか。
「最後に奴隷の教育だ。ほとんどの奴らは言葉どころか、飯の喰い方からウンコの仕方まで教える必要がある。それ以外にも畑や牛の世話、それに工作部隊の土木や建築工事の手伝い、補給部隊の交易や荷運びの手伝いに各村々の手伝いだ。一日も早く使い物になるように厳しく躾けろ。鞭を振るって怒鳴りつけて教えろ。全身全霊で叩き込め。それが奴隷部隊の仕事だ。」
ホルデンは最後までがなり立てるように言い切ると、大きく息を吸って、しばらく間をおいてからゆっくりと吐き出した。
私の後ろにいるはずの幼年兵たちは咳払いひとつ聞こえてこない。
ホルデンの後ろに並ぶ奴隷部隊の顔からはいつの間にかニヤニヤした厭らしい笑みが消えて神妙な顔になっている。
私は一気に説明された内容を理解するのが追い付かない。ひとつひとつ思い出して咀嚼しようとすると、悲しみや憤りといった色々な感情が溢れかえって、考えることを邪魔をしてくる。
「お前らは奴隷になるような間抜けはするなよ。
余計な仕事増やしやがったら死ぬまで鞭でぶっ叩いてやるからな。
次は実地で奴隷管理の見学だ。ついてこい。」
ホルデンは怒鳴り声から一転変わって落ち着いた、それでいてよく通る声でそう言って背中を向けた。




