6歳の9月(2)
6歳の9月(2)
行進を開始した軍隊は私たちの前を通って北に向かっていく。
その様子は非常に賑やか。
整列している時は分からなかったけど、装備によって様々な部隊に分かれている。
それらの部隊がそれぞれ別の行進用の歌を歌っている。
お揃いの盾と短槍を持つ部隊は声も揃って、綺麗に動きも列も揃っている。
斧や棍棒、大きな剣などを担ぐ筋肉がモコモコした人ばかりの部隊は動きはバラバラだけど、ひときわ声が大きい。
大きな弓を持つ部隊は歌に合わせて時折頭上に掲げる弓が、その角度まで綺麗に揃っている。
後半は馬車なども混じって大きな荷物を運んでいる部隊もある。
部隊はそれぞれに特徴のある歌と動きで見ていて飽きない。
「リルカ、軍隊の動きはすべて歌に合わせて決まっているのよ。進むも引くも攻めるも守るもすべて歌が決まっているの。」
「歌と踊りみたいね!大好き!」
見様見真似で各部隊の動きを真似しては振り返ってお母様の顔を見る。
ニコニコと優しい顔で見守ってくれている。
全ての部隊が私たちの前を通り過ぎたところで、私たちの馬も丘を下り、馬に乗った集団が待っているところへ合流する。
先ほどまで見ていた部隊から比べると多少小さい規模の、それでいて全員が馬に乗っている部隊は、見事に真っ直ぐ整列して私たちを待っている。
私たちの馬が近づくと、列から1頭の馬に乗った立派な装飾を付けた軍人が進み出る。
「レンジャー!全部隊、進発完了しましたっ!」
彼は片手を頭の当たりに挙げ、敬礼をしながら大きな声で報告してきた。
この声は先ほど皆の前で歌っていた人だ。
見ると何度か私たちの住む第9小宮にも来たことがある顔。
縮れた短い髪の毛をそのまま逆さまにしたように、同じく縮れたお髭が顎を覆っている。
顔は四角く眼はギョロッと大きく一目見たら忘れない顔である。
きっと偉い人に違いない。ギョロ髭と呼ぼう。
で、レンジャーってなに?
「軍の中段に合流する。続け!」
お母様は不思議そうに振り向く私を軽く無視して部隊に命令すると、掛け声をあげて馬を走らせる。
「「「レンジャー!」」」
大きな声と共に部隊は私たちの馬を囲むように陣形をとって走る。
少しも乱れないその陣形は、ものすごい練習をしているのだろう。
で、レンジャーってなに?掛け声なの?ハイっていうお返事なの?
そんな不満に似た疑問をお母様に投げかける余裕もなく、走る馬の上は揺れる。
思わず前かがみになりそうなところを、お母様に胸を張れと引っ張られる。
途端に視界が高く広がる。どこまでも続く赤い大地と青い空。点々と生える緑の木々や茂み。それらがすごいスピードで後ろに流れていく。
今日からこれが私の世界になる。
馬の走る音も、土の匂いも、遠くを飛ぶ鳥も、朝の涼しい風の中駆け抜けるのも何もかもが新しい。
全てが初めての体験で、知らないことの発見で、楽しい、身体中が湧きたつほど楽しい!
最後尾の馬車を引く部隊を追い越し、長く伸びる全軍の中ほどまで追いついたところで、列に合流する。
軍の行進速度がずいぶん速い。歌のリズムが最初に聞いた時より速くなっているので、みんな軽く走っている。
お日様はグングンと昇り私の黒い肌を照らして温める。
身体が馬に乗るリズムに慣れて、周りの景色をゆっくり見ることができるようになってきた。
ふと見ると、私たちの前方には人数の少ない部隊がおり、他の部隊と比べてずいぶん背も体も小さい。
見るからにまだ大人になっていない子たちがみんな槍だったり弓だったりバラバラな装備をもって懸命に走っている。
歩幅の関係から大人の小走りでも彼らにとっては結構本気な走りのようだ。
「お母様、あの部隊はなに?」
「あれは12歳以上が参加できる幼年兵育成のための部隊。まだ入隊テストに合格していない見習いよ。」
あ、ひとり太っちょなお兄さんが転んだ。でもすぐに後ろから来た仲間に両脇を抱えられて立ち上がり走り続ける。
太っちょの泣き声が聞こえる。ちょっと可哀そう。
小柄なお兄さんを背負ったまま走っている大きなお兄さんもいる。すごいや!
「このスピードはどこまで引っ張るのだ?」
そんなことを思っていると、お母様が隣で馬を並べて走っているギョロ髭に尋ねる。
「レンジャー!」
ギョロ髭の声が大きい。ちょっと怖い。
ていうか質問の答えになってない。会話が成立しているようには思えないがお母様は何も言わない。
レンジャーって本当になんなの?
ギョロ髭は私たちから離れると何人かに声をかけているようで、何度もレンジャー!という返事が聞こえてくる。
10人くらいが素早く前後に別れて離れていく。
ギョロ髭は私たちの隣に戻ってきた。
「レンジャー!予定通り第3中継地点で休憩を取ります。」
声が大きい。ちょっと耳が痛い。眉を顰めつつ振り返ってお母様の顔を見ると何も気にしていないように涼しい顔だ。
これが当たり前らしい。ギョロ髭なら声だけで敵は気絶すると思う。すごい武器だ。
前方にいた幼年兵たちを、馬に乗った軍人が励ましている。さっきギョロ髭の指示で離れていったひとりだ。
どうやらあと少しで休憩らしい。太っちょお兄さん頑張れ。
でも励ましている時はレンジャーって言ってないな。何が違うんだろう。
しばらく走ると馬車が何十台も開けた場所で止まっており、軍の先頭もそこで待っていた。
次々に後ろに続く部隊が行進を止める。私たちも前方の幼年兵たちが完全に立ち止まるのを見届けて、その後ろで止まる。
さっきの太っちょなお兄さんを引っ張っていた二人と、小柄なお兄さんを背負っていた大きなお兄さんは座り込んで息を荒くしている。
太っちょお兄さんと小柄なお兄さんは投げ捨てられてた倒れてる。でもみんな何とか生きてるみたい。休憩できて良かった。
先に来て待機していたらしい馬車はみんなに水や食べ物を配っている。
元気な幼年兵たちは我先にと馬車に集まっている。
お母様は先に馬から降りて、私を抱き下ろしてくれる。
降りて長く馬の上にいた緊張を伸びをしてほぐしていると、
ギョロ髭が歩いて近づいてきた。
ギョロ髭が何か言おうとしていたので、大きな声がくる!と身構えてしまったけど普通の大きさの声で話しかけてくる。
「リルカ姫、今、皆に水や食事を配っている馬車が将軍の作られた補給部隊です。皆がそれぞれ持つ代わりにまとめて運んでくれるのです。」
普通の声も出せるんじゃない。ねぇ、レンジャーって言わないの?期待しているわけじゃないんだけどね。
いやいや、そんなことより今さら気が付いたけど、そういえば、みんなも私たちも水や食べ物など何も持っていない。
みんなが身軽に走っていられたのは、水とか食べ物を馬車が先に運んでくれていたからなのね。
自分の水や食べ物をそれぞれ背負っていたら、こんなに早く走れるわけがない。
お水やご飯の事を考えたら、こんなにたくさんの人が何日も移動することはすごく大変ね。
補給部隊というのは、なんてよく考えられた仕組みなんだろう。お母様はなんでもできるのね。
「将軍ってことは、お母様が補給部隊を作ったのね。あんなにたくさんの馬車もお母様が作ったの?」
「馬車を作っているのは工兵部隊にいる職人たちよ。」
「最初の馬車を発明したのは将軍です。」
お母様の回答に付け足してくれるギョロ髭。やっぱりお母様が作ったのね。
さらに私たちの止まった場所から30歩ほど離れた場所に棒が立っているのが見える。
明らかに自然に生えている樹木ではない、人工的に立てられた真っ直ぐな木の棒は、私の腕くらいの太さで、私の身長の倍くらいの高さがある。
周りにいくつも石が規則正しく置かれているのが分かる。
あれは日時計だ。町にも同じようなものがあって見たことがある。
お日様によってできる棒の影の位置と長さで、季節や時間を知ることができる。
町にある日時計はお母様が作ったと聞いていたから、この日時計もお母様が作ったのだろう。
本当に何でもできるお母様はまるで御伽話の国の魔法使いだわ!
各部隊に伝令が走り、1時間後の出発が伝えられた。
1時間ならご飯を食べて軽く一休みできるだけの時間がある。
ずっと馬の上だったし、身体を動かしたくて仕方ない。
そうだ!幼年兵のお兄さんたちの様子を見に行ってみよう!
さっきのお兄さんたち、大丈夫かな。




