6歳の9月(1)
6歳の9月(1)
私が6歳になる誕生日、その日が楽しみで待ち遠しくて、何日も前から部屋の中で走ったり踊ったりしては叱られていた。
6歳になったらついに石垣に囲われたこの町の外に出る許可を貰える。初めての町の外へはお母様と一緒に狩りに行く。
明日からは、例え三日三晩走り続けても壁なんて見えもしない広い広い大地が私の世界になる。
そしてお母様は狩りに出かけると必ず持ちきれないほどたくさんのお肉を持って帰ってくる。
きっとすごい技で見かけた獲物を次々にやっつけるのだ。
そんな大活躍をマネして私も獲物をたくさん仕留めるの。
私もお母様みたいに綺麗で格好良くなりたい。
いよいよ明日に迫った誕生日、夜になったのにワクワクしてなかなか眠れない。
暗い部屋に石積みの壁が僅かなランプの明かりで揺らめく。
蚊帳に囲まれたベッドの上で今日のお母様の御伽話を聞き終わると優しく暖かい手が顔をゆっくりと撫で、瞼を閉じるように促される。
今にも踊りだしそうな身体で毛布を抱きしめ、頑張ってぎゅっと瞼を閉じる。
「リルカ、明日はお日様が昇るよりも早く出かけるわよ。」
お母様はそう言うと魔法がかかったように暖かい手で、優しくゆっくりと私の背中を撫で続ける。
不思議と身体の力が抜け、心が落ち着いてぼんやりとしてくる。
私の意識はいつのまにか溶けてなくなってしまった。
---
朝、お母様に揺り起こされて目を覚ますと、部屋の中は寝たときより僅かに明るくなっていた。
枕元に置いてた服に着替えて身仕度を済ませると先に外に出たお母様を追いかけて外に出た。
空はお日様が昇る前で、藍色から白へとグラデーションが美しい。
目の前に現れたお母様は大きな馬に乗っていた。真っ白なアラブ馬で色とりどりの布や羽根飾りが沢山ついている。
そして馬上に目を移せば、お母様は煌びやかな宝石で飾り立てられた冠に、美しい肉体の曲線を際立たせる造形の胸甲はピカピカに磨かれて光ってる。
更に華やかな色合いの羽根や生地で作られた服からは黒く艶やかな素肌の手足が見えていた。
まだ朝日のいないぼんやりと明るくなった世界で、お母様こそが光り輝いているように見えて目を奪われる。
黒い顔や手足さえ肌が光っているようにくっきり見え、真っ白な馬や鮮やかな色合いの装飾との対比でより明るく感じる。
「お母様、このお馬、真っ白で可愛い!名前は?」
「……銀シャリよ。」
「ギンシャリ!素敵な響きね!よろしくねギンシャリ!」
ギンシャリの首元に抱きつきたくさん撫でる。ブルルッと軽くいななくギンシャリはご挨拶を受け入れてくれたみたい。
「ところで、お母様はいつもその格好で狩りに出てるの?」
お母様が格好良い。格好良いけど何か狩りとは違うような気がする。どちらかといえば国の儀式に参加する正装のような雰囲気。
胸甲や腰に下げている剣などの装備を除けば、町に初めて挨拶に行った時の恰好が近い。
町の外で動物たちを狩るのにこんな正装が必要だろうか。
頭の上にハテナマークが浮かんでそうな顔で眉を寄せて首をかしげる私を優しい笑顔で見つめるお母様。
「そうよ、お母さんが狩りに出る時にはこの格好なの。」
お母様はそういって少し笑う。そしてひらりと馬から降りると私を馬上の鞍に乗せてまた自分も馬に跨がる。
お母様のお腹の前に座り、すごく高い視点から見晴らす町はいつもより随分と小さく感じる。
時折、後頭部に固い胸甲の胸が強調された部分が当たる。デカい。
6歳の胸に手を当てるが真っ平だ。でも私もきっとこうなるはず!あえて頭を胸甲の谷間にうずめてみる。ゴツゴツと固くて痛い。
そうこうしていると馬はゆっくりと町の門を通り過ぎ、門番さんにご挨拶して見送られながら小さな丘に向かう。
いよいよ初めての町の外!初めての狩り!心が跳ねているのを抑えきれないように身体も動いてしまう。
ちょうど朝日が射してきたようで、前方に長く影が伸びる。
今の季節は暑い乾期の始まり。暑くもなく寒くもなくとても過ごしやすい季節。
空は雲ひとつない透明な青空。赤土の上に時々茂みや木がある小さな丘を登っていく。
「お母様、最初に何を狩るの?」
「その前に、狩りに行くのを待っている人たちがいるの。その人たちと一緒にいくのよ。」
あれ。お母様を2人きりじゃないのか。お父様はお仕事だって言ってたし、初めての人かな。
丘の頂上が近づいてくると、前方に大きな気配が広がっている。
馬が進むにつれて徐々に見えてくる黒い人、人、人。
丘の頂上までたどり着くと綺麗に整列した黒い大軍団が空気を震わせるほどの歓声をあげてくる。
太陽を背にした私たちが見る景色は、透き通ったように晴れた青空。果てが見えないほどどこまでも続く赤い大地。そして朝日に照らされた軍人たち。
彼らは盾や槍や弓などそれぞれに武器を掲げ、腰には派手な衣装を着け、顔や上半身の黒い素肌には白い線で様々な文様が描かれている。
見渡す限りに広がる軍人たちは整然と並んでおり、千や二千ではないことはすぐに分かるが、どれほどいるのかすぐには数えられない。
そもそも私の知っている町にいる人を全部集めても、こんな人数にはならない。初めて見る人の多さに圧倒されながら大自然の中に映える美しい軍人たちの光景に見惚れる。
「リルカ、これがお父様である国王陛下直属軍、一万人よ。」
「えぇ?あれ?お母様、今日は狩りっていってなかった?見惚れるほど格好いいし、すごいけど、なにこれなにこれ?一万人の軍?
初めての狩りって、想像してたのと違うんだけど。お母様と2人で馬に乗ってふらふらして、動物見かけたら弓矢で狙って、近づいてきた動物は剣で薙ぎ払ってみたいな。
こんな大軍と一緒になんて、いきなりどこかと戦争でもするつもりなの?狩りってそういうことなの?」
困惑した私がお母様に質問をしていると、軍人たちの歓声がリズムを取り始めた。
うぉぉぉぉぉぉ、お、お、お、お、リルカ、リルカ、お、お、お、お、リルカ、リルカ、お、お、お、お……
私の名前が呼ばれている。なんだかリズムに合わせて身体が動く。楽しくなってきた。
一部の軍人が太鼓を叩いて音頭をとっている。その響きがまた身体を突き動かす。
先頭に立つ一際立派な装飾をつけた軍人が、リズムに合わせ歌い始める。
「我が偉大なる王と、同じく偉大なる将軍の娘、リルカ姫の初の狩り!
そして日頃の訓練の成果を見せる、初の閲兵式!
ここに示せ、我ら王直属1万の武威!」
うおおっ、お、お、お、お、リルカ、リルカ、お、お、お、お、リルカ、リルカ、お、お、お、お……
1万人の咆哮と、リズムをとって地を踏み鳴らし武器で地を突く音と相まって、天地が震えるように響く。
ていうか、お母様は将軍なの?将軍てことはこのみんなの中で一番偉いの?
なんでなんで?お母様はお父様のお嫁さんなのに、将軍なの?
お母様はお父様より強くてなんでも知っていて、大人の男の人でもみんないうことを聞くし、他の大人の女性とは違うなって思っていたけど。
他のお妃さまは将軍とかじゃないのよね?お母様だけが特別で一番強いってこと?
あ、そういえば姫だって、リルカ姫って。初めて姫って言われたよ。嬉しいな。えへへ。
このリズムすごーく楽しくなってきちゃった。踊っていい?馬の上だからだめ?
ちょっとだけ。みゃははは!わーい。
え?静かに?
馬上のお母様は、私を片手で押さえつけると、おもむろに剣を抜き、それを真っ直ぐ天に向けて掲げた。
すると1万人の軍隊はピタッと静まる。先ほどまでの地響きのような歓声が嘘のように風が草を撫でる音すら聞こえるような静寂。
お母様は剣で右を指し示すと、大きなそれでいて綺麗に通る声で出発を宣言した。
「これより狩りを行う。目標は北のツェンベレ川。進め!」




