序章
産まれた時から御伽話を聞いていた。
遠い遠い国のお話や、魔法の国のお話。
夜、布団に潜ると、お母様が隣で毎日必ずしてくれた不思議な御伽話。
私はそんな御伽話の国がきっとこの本当にあると信じてる。
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私は産まれて初めて泣き声をあげた時から見聞きしたことを大体覚えている。
一番古い記憶は私が産まれて喜んだお父様がまだ産着に包まれたばかりの私に抱きついて泣き出した場面。
苦しいからお鼻を叩いたのに手が小さすぎてまるで効果がなく、どうしたら良いのか分からず私も泣き出した。
お母様に怒られたお父様が慌てて放してくれるまで大変だった。
私が言葉を喋れるようになってからお母様にその事を話したら何故かお母様は泣いてた。
そんなに悲しいことだったのだろうか。
お父様はこの国の王様らしい。お母様はその9番目のお妃様。王様は9人までしか正妃を娶れないらしく、お母様が最後の1人。
その間に生まれた娘が私、リルカ。他のお妃さまにもたくさん子供はいるらしいが、私のお母様が産んだ子供は私だけ。
お父様はいつも、最後の1人だけは自分で好きな人を選んだと言って、お母様に抱きついては叩かれてた。
私もお母様が一番好き。だって何でも知っていて強くて綺麗で優しいの。ツヤツヤしたお肌も鍛えられた身体の曲線もうっとりするほど。
でもお母様は私にとんでもなく過保護で、最初はお部屋の中から出ることを決して許してくれなかった。
お友達の女の子たちはお外に出て家事のお手伝いをしているのに、私はお部屋が世界の全て。
そのお部屋を出られるようになるまでが一苦労だった。
2歳くらいでやっとひとりで歩けるようになって、部屋を出ようとしても侍女のおタマさんとおスミさんに連れ戻されてしまう。
ふたりの隙をみて部屋の外へ出ても、出会う大人はみんな必死に私を捕まえて部屋へ連れ戻す。
転んで膝を擦りむいたりしたらもう一大事。
お母様が血相を変えて飛んできて、大げさに水で何度も洗って、なんだか沁みる薬を塗られて余計に痛くて泣いてしまうし、
蚊に刺されただけで3日くらい安静に寝ていろと言われたときは何も痛くないけど退屈で悲しくて泣いてしまった。
部屋にネズミが入ってきた時にはお母様が聞いたことないほど大きな声で叫んでいた。
私を安全なところに避難させた上で、部屋の周囲も含めて徹底的にやっつけたみたい。
私はあんな小さなネズミなんて怖くないのに。
そうしている間にも私の身体は動きたくて動きたくてうずうずしている。
でも狭いお部屋で身体を動かすと怒られるの。おかしくなりそう。
私は泣いてお母様に訴えて、ようやくちょっと運動できそうな庭を作ってもらえたのが3歳になった頃。
私の住んでいるこの部屋は第9小宮という、うちのお母様専用のもの。
石積みの壁に、屋根は束ねられた草でできている。
その裏に木の柵で囲われた庭が作られた。
お母様からこの庭には自由に出て良いという許可が出た。
私の世界は部屋と庭に広がったのだ!
ようやく走り回ったり、飛び跳ねたりできるのが嬉しくて、なんだかよく分からない適当な鼻歌を歌いながら踊っているとお母様がそれを見てまた泣いてた。
私が怪我をしそうで心配だったのだろうか。
さらにこの頃からお母様は私が多少の怪我をしても心配しなくなった。
お庭ができてからお母様やお父様が相手をしてくれて剣術や護身術の稽古を頑張っていたのだけど、誰よりお母様相手の稽古が一番痛かった。
もう少し手を抜いてくれてもいいのに。
この頃に分かったのはおそらくお父様はお母様より弱いってこと。
いや、こういう言い方はお父様が可哀そうね、お母様が尋常じゃなく強くて、お父様は普通だってこと。
この国で一番偉い王様なのに束になってもお母様には敵わないわ。もう少し頑張ってお父様。
といってもお父様は忙しいので、主に稽古をしてくれるのはお母様。
まずは楽しくない筋トレ。変なポーズで30秒耐えるのを何回も繰り返すの。
さらに剣の稽古では3歳の娘を相手にそれはどうなの?って感じのスピードで繰り出される攻撃を必死に避ける。
上からの攻撃は受けられるけど、横からや前からの攻撃を下手に受けると体重が軽いので身体が飛んで転んでしまう。
必死で避けて躱して、攻撃の練習のためにわざと作られた隙に対して力一杯に剣を叩きつける。
3歳の腕力じゃ簡単にあしらわれてしまう。
手のリーチも、足も短い。ということは攻撃の間合いも狭いし、間合いを詰めることすら難しい。
それでも身体を動かせる貴重な機会は嬉しくて楽しくて、工夫を繰り返して稽古していく。
お父様が油断した隙に、転ぶような低い姿勢から脛に一撃を入れることができたのは4歳も半ばを過ぎた頃。
私の手足も随分と長くなって、お父様が間合いを間違えたのが勝因だろう。
お父様は、ぎゃー!と大げさに転げまわって泣き叫んでいたが私の力でそんなに痛いわけがない。きっと私を喜ばせるために違いない。
でもお父様はそれ以来相手をしてくれなくなった。お願いしても笑ってごまかされる。
せっかく新しい技を試したいのに、お母様が相手ではそんな隙も見当たらない。
稽古で成長を見せると、だんだん部屋の外へも出してもらえるようになった。
というか、部屋の外に逃げる私がだんだんとすばしっこくなっていき、侍女のおタマさんやおスミさんはもちろん、他の大人たちも私を捕まえるのが大変になったことから、仕方なくお母様から正式に許可された。
許可された最初の日は、綺麗におめかししたお母様と一緒に町の中へ。
私の頭にも素敵な柄の布を巻き、首にもネックレスをいくつも付けて、おめかしさせてもらった。
お母様のようなおめかしをするのが嬉しくて身体が跳ね回ってしまう。
そしてお母様に連れられて町の色々な人たちに挨拶してまわった。
同じくらいの年齢の女の子とも初めてお友達になれた。
今までお母様とお父様とおタマさんとおスミさんの4人と、たまに来る大人たちしか知らなかったのが急に広がった。
その日から私の世界は「部屋と庭」から、この町全部に広がった。
お日様が昇ったらすぐにご飯食べて、庭で稽古したら、部屋を飛び出して町でお友達と遊ぶ。
お日様が沈む前に部屋に戻って、ご飯食べて、寝床に入るとお母様の御伽話を聞いて寝る。
そんな生活が新しく始まった。
同じくらいの年齢の女の子と遊ぶのは基本的におままごと。
モロコシを食べた後の捨てる芯を削って作った人形で、人形ごっこ。
あとはお友達のお家のお手伝いで水を汲んだり火をおこしたり。
最初は楽しかったけど、なんだかもっと身体を動かす遊びがしたくて、
少し年上の男の子たちともよく遊んだ。
お母様から教わった、縄跳びやカゲオニも盛り上がった。
でも次第にみんなの遊びやお手伝いが町の外で行われるようになると、町の外に出れない私は取り残された。
周りは年下ばかりになり、なんだかつまらなくて、また私はひとりになった。
それでも世界が広がると見るものも聞くものも何もかも楽しかった。
まだ私の世界は石垣で囲われた町の中がすべて。
この石垣の向こうにはどんな楽しいことがあるんだろう。
ぼんやりとした、でも途方もなく大きな期待をもって石垣を見ていた。




