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6歳の10月(10)

6歳の10月(10)


よし、気を取り直して続きを聞こう。


「大弓部隊の全員が、狙ったところに当てられるのね。凄いわ。どんな練習すればそんな風になれるの?」


「うむ。狙ったところに当てるには、極意があるのでござる。」


「それは簡単である!風を読んで、距離を正確に把握して、方向、角度を正確に定めて、放つのである。大弓部隊の指揮官が指示する通り撃てば当たるのである!」


カイサが横から口を挟んできた。まあね。狩りの時に聞いた指示を聞くとそう思うわよね。

撃つタイミングも角度も方向も距離も何もかも指示する指揮官は凄いし、それに従ってみんなで揃えて撃つ方も凄い事だもの。


「黙れ小童こわっぱぁー!」


急にイワンが目を見開いて、空気も大地も私たち全員をも震わせるような大声で怒鳴り飛ばしてきた。

カイサはビックリして尻もちをついてしまった。

やーい。格好悪い。イワンの話に勝手に口を挟むからいけないのよ。


イワンは、後ろを振り向くとコソコソ話しだす。


「おい、今の武士モノノフの怒り、良かったか?」


「隊長、もちろんです。本当の武士モノノフみたいでしたよ!」


いや、本当に残念な武士モノノフね。

前を向き直ったイワンがカイサに説教を始める。


「この小童が!知った風な言葉を並べるでない!良く勉強しておると思ったが、何も分かっておらん!」


「やーい。カイサあにき、“舌に骨なし”ね。尻もちついたのは、分かってないのに口を挟んだ罰ね。」


「それをいうなら、“愚か者の言葉は毒”である。ふん!リルカは極意が分からないどころか、矢を飛ばすこともできないくせに!」


「矢の当て方なら分かるもん。当ててから放つのよ。簡単でしょ。」


「何を意味が分からないことを言っているのである。矢を放った後でないと当たらないのである。」


「なんと正解でござる!!さすがリルカ姫!やはり将軍に教わったのでござるか?」


突然叫びだすイワンに、カイサはポカーンとしている。


「まだ教わっていないわ。私の狙い方を言っただけよ。正解なの?」


「心の中で狙い、放ち、当てる。それができればあとはその通り身体を動かすだけでござる。心で当ててから身体で矢を放つ。それこそが極意でござる。」


「な、リルカがいくら口で極意を言ったって、実際に矢が飛ばなければ的には当たらないのである。口だけなら何とでも言える、“舌に骨なし”とはこういう時に使うのである。」


カイサはさっき怒鳴り飛ばされたのを気にしているのね。

声の大きさが少し控えめになっているわ。

でもこの新しい弓矢なら当てられるのに、カイサは最初に会った時の私のイメージしか頭にないのね。

あの狩りでの5mも飛ばなかった矢は今から思い出しても悔しい。この新しい弓矢でカイサのイメージを新しく上書きしてやるわ!


「リルカ姫、拙者に指導させてくだされ。あの的を射るでござる。」


イワンは30mほど先に立っている何重にも輪っかが描かれた板を指している。

よーし!新しい弓矢のお披露目よ!


「またどうせリルカの矢は5mも飛ばずに落ちるのである。これに懲りたら、もう二度と大きな口は叩かないように気を付けるのである。」


「なによ。あの的に当てたらカイサあにきは何してくれるの?」


「当たるわけがないのである。5射のうち1本でもあの的のど真ん中、黒い丸の中に当てたらなんでもいうことを聞いてやるのである。」


ど真ん中の黒い丸は、幅20cmくらいしかない。30mも離れたここから見ると小指の爪のようだわ。


「良いわ。見てなさい!」


お母様がくれた弓矢を初めて撃つのだから、勝たなきゃ!


第1射を引き絞る。

随分と軽いわ。これじゃあ届くかどうかギリギリね。

でも矢の先端は石でできた鏃。細く軽く作られているから飛距離を稼げるわ。


第1射は当てなくてもいいの。

それよりも第2射以降に修正できるよう、引きの強さや狙いや撃ち方を同じにしておかないと。

左右は的の真ん中、上下は的の上端を狙う。右目の位置を決める。引き絞る右手の位置、左手の形を正確に覚える。

まずはこれでどんな弾道で飛ぶのかを確認するわ。


右手を放つ。

威力の無い矢はヘロヘロとブレながら的の右下へと落ちていく。

よし、何とか届きそうね。弾道も目に焼き付けたわ。弓を引く力が弱いから随分と下に落ちるのね。

あと矢がヘロヘロとブレているのが気になるわ。途中で思いもよらない方向へ曲がったりしないといいのだけど。


「ほら見ろ、的にも当たらないのである。まあ、以前より飛ぶようになったことは褒めてやるのである。」


カイサはニヤニヤと余裕の態度を崩さない。


「よーし、2射目を見てなさいよ!」


イワンは私が次の矢を番えようとしたところを止めてきた。


「リルカ姫、一言良いでござるか?矢を放つときに、左手の中で弓をくるっと外側に回すと、右に外れずに狙ったところに飛ぶでござる。」


イワンが私の弓を持つと、左手でくるっと外側に回してみせる。

ああ、そういうことね。真っ直ぐに弦を張ってある弓の右側に矢を番えて放ったら右に行くに決まっているわよね。矢が右側に外れた理由が分かってなかったわ。

右手を離したら左手をくるって回す。よし。覚えた。


第2射は左手のこともあるから、もう一度練習ね。大丈夫。これを捨ててもまだあと3回撃てる。

矢を引き絞る。上下の狙いは的の50cm上、左右の狙いはそのまま中心で狙う。右目の位置も弦の引きもさっきと同じ。違うのは左手をくるっと回す動き。次も同じ動きができるように分かりやすいタイミングと動きを意識する。


さっきの矢の弾道をイメージして、右手を放つ。

随分上に向けて放たれた矢は、空にヘロヘロと山なりな線を描いてブレながら的の右側、中心の横30cmのところに当たる。最初のイメージより右側へのずれが小さくなったわ。これなら調整できる。

イワンは満足げに頷いている。カイサは中心へと近づいてきた矢に黙ってしまった。


「次は真ん中に当てるわ。カイサあにき、ドキドキしているんじゃないの?」


わざとカイサをからかう様に笑いかけると、カイサはムスッと渋い顔をして、的の方に顔を逸らしてしまった。


「まだ負けてないのである。あんな立ちションベンみたいにヘロヘロ落ちる矢で狙えるわけがないのである。早く次を撃つのである。」


いやね。汚い例え。でも焦っているわ。次で負かしてやる!


上下の調整はこれで良いみたい。左手の動きは今いじると調整がつかないから、前回と同じ。

狙いをずらすことで合わせるわ。

第3射は、50cm上、30cm左を狙う。狙いよし、引く位置よし、左手よし。

私のイメージの中では矢は中心に当たった!

そこで右手を放つ。

矢は空にイメージ通りの山なりな線を描き、ヘロヘロと進みながら中心に吸い込まれていく。的のど真ん中の黒い丸。そのやや左下に矢が突き立った。


「やった!ど真ん中よ!カイサあにき、なんでも言うこと聞いてね!」


「こ、こんなのまぐれである!狙って当たってないのである!」


「じゃあ倍で賭けましょ!次も続けて当てたらカイサあにきは一生私のいうことをなんでも聞いてくれる?外れたらさっきのは無しでいいわ。」


「う……、そんな賭けは自分の方が不利ではないか!なんで1回の約束が一生に変わっているのに“倍”なのであるか!バカバカしいのでやらないのである!」


「あら残念ね。」


カイサに答えながらも、次の矢を番える。

第3射の弾道イメージが目から消えないうちに、まったく同じ狙い、まったく同じ動きで第4射を放つ。

まったく同じ放物線を描いて矢は的の中心、第3射の矢のすぐ右隣りに突き刺さる。

とりあえずこの的に当てることはもう簡単だわ。


でも狩りでウサギとかを狙おうと思ったら、相手も動いて距離も変わって何射ものんびり調整できないのだから、まったく当たる気がしないわね。矢の弾道を完全に覚えてどの方向を向いてもそのイメージができるまで練習が必要ね。

あと、もっと強い弓必要だわ。この矢の速度では笑いハイエナなんて、矢を見て避けちゃいそう。

お母様には私が使えるもっと強い弓をお願いしなきゃ!


それにしても今日は風が無くて助かった。

もうちょっと不確定要素が多かったらこんなに簡単には当てられないもの。

カイサを見ると信じられないといった顔で、的を呆然と見ている。


「もう一射、お願いするでござる。」


イワンに言われるまま、すぐに続けて第5射。

第3射の矢と同じところに刺さって、矢が一本壊れてしまった。


「ああっ!せっかくお母様に用意してもらった矢が!」


「も、申し訳ござらぬ。拙者が新しい矢を用意するのでござる。」


イワンは私に申し訳なさそうに謝った後、カイサに向き直ってそして全部隊に聞こえるように大声で言う。


「見たか!矢を当てるに道具は関係ない、“心”でござる!武士モノノフたる者、身も心も鍛え上げ!研ぎ澄ませるべし!」


「「「ははーっ!!」」」


イワンがなんだか良い感じにまとめた言葉に対して、

大弓部隊のみんなが揃って頭を下げる。幼年兵のみんなも慌てて頭を下げる。

私もそれを見て慌てて頭を下げる。ははーって、なに?挨拶ではないよね?


「それでは!“我らが将軍こそ女神”、行くでござる!」


へ?なにそれ。お母様が何?

イワンが弓を高らかに掲げると、大弓部隊のみんなも同じポーズをとったよ。


「将軍!将軍!我らが将軍!」


「「「「女神!女神!我らが女神!」」」


はぁ!?急に歌いだしたかと思ったらみんな揃って同じ動きで弓を回し始めたわ!

片腕で弓を持って、身体の左右へ交互に振り回す。凄いスピード。

1500もの大弓が高速で振り回されると風を切る音が地鳴りのよう。


「あ"い!あ"い!あ"い!あ"い!あ"ーっじゃいぐぞ~!」


「「「テェイギェワ!ブワァイア"!ザイブァ!ブァイブァ!ドワイブァ!ブァイブァ!デャーデャー!」」」


酷い。

全員がガラガラの潰れた声で怒鳴っているから何を言っているのかさっぱりわからない。

何かの呪文なのかしら。こういう特殊な発声方法なのかも。しかも今度はみんなで弓の端を両手で持って、まるで何かを掬うような土を掘るような踊りを始めたわ。これは魔術の儀式なの!?


「「「(パン!パパン!)ヒュー!!」」」


と思ったら弓を脇に抱えて手拍子を打ってヒューとか言ってる。

何かの儀式には違いないのだけどお母様に関係があるのかしら。

あ、あ、なにこれ。両手が変な動きを。

え?なに今の、ライオンの口の形のポーズかしら。

うわ。なんだか動きがキモい。


……。


それから3分くらいは不思議な掛け声とともに踊り続けただろうか。

気持ち悪い動きもあって、なんだが見ているだけで精神力を吸われた気がする。

踊り終えたイワンが、やり遂げた感を漂わせる素敵な笑顔で話しかけてきた。


「はぁ、はぁ、はぁ。リルカ姫、どうでござった?」


「イワン、お話までは格好良かったけど、最後の踊りはとても残念ね。」


イワンは、泣きそうな顔で後ろを振り向くとコソコソ話しだす。


「おい、今の武士モノノフの振り付け、残念だって!」


「隊長、お気を確かに!また出直しましょう!」


御伴の人たちが口々に必死な様子でイワンを慰めている。

いや振り付けの問題じゃないし。

どうしようもなく残念な武士モノノフたちね。


お母様はとんでもないものを教えてしまったわ。

カイサもこの踊りを覚えさせられるのね。

私は大弓部隊に入るのは辞めとこう。弓矢の練習は1人でもできそうだし。

今日はもう帰ろう。疲れたわ。


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