6歳の10月(9)
6歳の10月(9)
何日か後の専門訓練の日。
今日はカイサと一緒に「大弓部隊」へ。
この日のためにね、お母様が私専用の弓矢を作ってくれたのよ!
とりあえず練習用に簡単なものらしいけど、私の身体の大きさに合わせて用意してくれたの。
「カイサあにき、見てよこの弓!お母様がくれたのよ!」
「チビなリルカにはお似合いな、子供用の弓矢であるな。」
「チビは余計よ!確かに手の長さが足りなくてカイサあにきのような大きな弓は引けないけどさ。」
幼年兵たちが集合している場所の目の前には、大弓部隊が測ったように等間隔に整列して、手には揃いの大弓を携えている。
「この凄い人数が、みんな大きな弓を使えるのね。」
「そうである。人数は1500人くらい。全て将軍が開発した合成弓で、ものすごく引っ張るのが大変な強弓を全員が引けるのである。」
カイサが嬉しそうに話してくれる。大弓部隊が好きなのね。
「合成弓っていうのはなに?」
「普通の弓とは今リルカが持っているような、一本の木を削ったり曲げたりして弦をかけた、単純な丸木弓である。それに対して合成弓というのはいくつもの種類の木や鉄の板、動物の骨や腱など。様々な素材を組み合わせて引っ張る力を強くした弓で、一番強い弓を、1番上手な人が引けば400mも飛ぶのである!」
「ふわー。400mって、人が豆粒より小さく見える距離だよ。そんなことできる人が1500人も揃っているの?考えただけで怖いわね。」
「全員ができるわけではないな。それに戦闘用には鉄の重い鏃を使うこともあるからそれほど飛ばない。通常、戦いに使うのは200m前後である。でも戦力として重要なのは飛距離だけではなく、連射速度や精度などが揃って初めて力を発揮するのである。」
「鉄の重い鏃ってことは、違う鏃もあるの?」
「石と鉄が主である。矢の先に付いている鏃は飛距離や貫通力にとても大きな影響があって、石を割って削ったものは軽くて飛ばしやすいが貫通力は低いし、歩兵部隊の大楯が相手では鏃が砕けてしまうのである。それに対して将軍が開発した鉄の鏃は非常に固くて重くてそれほど飛ばせないが、殺傷力ではゾウの固い皮膚も貫くのである。」
「へー。鏃を使い分けているなんて知らなかったわ。私が今回作ってもらった矢は石の鏃ね。あと連射速度っていうと、どのくらいで次の矢を撃てるかってこと?」
「そのとおり!最速で、最初の矢を撃った後、5つ数える間に次の矢を撃てるように訓練するのである。」
「1500人がそんなに沢山矢を撃ったら、豪雨みたいになるわね。とても避けられないわよ。」
「大弓部隊が“王の嵐”と呼ばれているのはそのためである。もちろん、そんな速度で撃ち続けると疲れて遅くなっていくし、飛距離も狙いも甘くなっていくし、矢もすぐ無くなるし、良いことないのである。だから、狩りの時に見たように、三連射くらいで止めるのが普通である。まあ、どちらにせよリルカのヘロヘロな矢は当たるどころか届かないのだからまだまだ関係ないのであるが。」
「むー!新しい弓矢なら届くし、当たるもん!」
私がカイサに食って掛かろうとしていると、後ろから声をかけられた。
「よく勉強しておるな。若いの。」
後ろを振り向くと、不思議な髪型した人を先頭に、4~5人の御伴を引き連れていた。
なんか、束ねられたドレッドヘアが棒状になって後頭部あたりから上に向かってまっすぐ立ってる!
「リルカ姫。拙者、大弓部隊の隊長、イワンでござる。」
拙者?ござる?
突然イワンが私に向かって頭を下げてくる。束ねられた髪の棒が私に向けられて焦る。
何かが棒の先から飛び出してきたりして、攻撃されないかしら。大丈夫かな。怖いから避けておこう。
イワンの周りの御伴も一緒に頭を下げてくる。
私も慌てて頭を下げるけど、なにこれ?挨拶なの?
「他の若い衆はすでに粗方学んでおる様子、もしリルカ姫に分からないことあれば拙者にお尋ねくだされ。」
「じゃあ、えーと、まずその変な頭はどうしたの?」
イワンが驚いた顔になって固まっている。
あ、何か後ろの御伴の人たちが慌てている。しー!って何?しー?
「いや、失礼仕った。拙者の髪型は“ちょんまげ”と呼ばれるものでござる。」
立ち直ったイワンが落ち着いて答えてくる。
後ろの御伴の人たちもホッと胸を撫で下ろしているわ。
「へー。ちょんまげっていうの。変なの。じゃあ、拙者とかござるって不思議な言葉を喋っているけど、イワンはどこの部族出身なの?」
イワンはまた驚いた顔に、先ほどより若干悲しみが混ざった感じになっている。
後ろの御伴の人たちは頭を抱えたり、空を仰ぎ見たり忙しいわね。
「拙者はリルカ姫と同じショナ族にてござる。そして、この髪型も喋り方も、将軍より教わった武士の姿でござる。」
先ほどよりも早く立ち直ったイワンは胸を張るように答える。
後ろの御伴の人たちは声も出さずに大喜びだ。本当に忙しいわね。
「そっか。お母様に教わったのね。その武士っていうのはなんなの?」
「よくぞ聞いてくださった!リルカ姫。武士とは武勇をもって主君に仕える者。そして武を極めんとする生き様でござる!」
「えーと、武勇をもって主君に仕えるってことだと、他の軍人さんたちと同じだから、重要なのは生き様ってことね!」
「さすがリルカ姫でござる!そう、生き様こそが武士の魂。某たちは命を懸けて将軍のために生きるのでござる。」
「わぁ!格好良いわ。それで教わった武士の格好と喋り方がそれなのね。」
とても満足そうに頷くイワンは、後ろを振り向くとコソコソ話しだす。
「おい、今の武士らしい言い方だったか?」
「隊長、もちろんです。格好良かったですよ!」
後ろの御伴の人たちは口々にイワンを持て囃す。
丸聞こえだよ。なんだか色々と残念な感じがしてきた。
「イワンのお話ばかり聞いてごめんなさいね。大弓部隊の話を教えて。どんな訓練をしているの?」
「まずは狙ったところに当てる訓練でござる。これを見てくだされ。」
イワンが手を挙げて合図すると、整列していた大弓部隊が矢を番える。
その100mほど先に、幅5m、高さ2mくらいの大きな長方形の板が立っているが、的のような模様は何も描かれていない。
イワンが挙げていた手を前に振りおろすと、指揮官らしき人の大きな声が聞こえてくる。
「水平射、距離100、標高差無し、石鏃、お題“ギンシャリ”」
お題?ギンシャリ?お母様の乗っている馬の名前よね?ギンシャリに矢を当てちゃダメよ。
でもギンシャリなんてどこにもいないわよね?どうゆうこと?
「よーい!撃て!」
一斉に放たれた1500の矢は轟音を立てて板に突き刺さり、その姿を残す。
「あれ馬よ!馬だわ!」
板に突き刺さった数多くの矢は、その一つ一つが連なって滑らかな曲線を描き、躍動感を持って走る馬の絵が一瞬にしてそこに現れた。
「ほら見て!カイサあにき。すごいね!」
「こ、こんな神業は聞いたことも見たこともないのである。」
「フハハ!これは武士が将軍に捧げる絵でござる。将軍の乗馬「ギンシャリ」を描き申した。全員が狙い通り射抜かねば絵が完成しない。腕を磨きし武士が的を狙うとはこういうことでござる。」
イワンは、後ろを振り向くとコソコソ話しだす。
「おい、今の武士の台詞、決まってたか?」
「隊長、もちろんです。バッチリ決まってましたよ!」
だから丸聞こえよ。凄い事しているのに、残念な武士たちね。




