6歳の10月(8)
6歳の10月(8)
私とオニカの前には棒が二本立つ机。
割って入ってきたワルダーが脇腹の筋肉を黒く輝かせるポーズを決めながら勝手に話を進めてくる。
「右ひじを机の上に置いて、左手でそこの棒を握ったら、相手と右手を握り合え。号令と同時に力を入れて腕を倒せ。相手の右手の甲を机に着けた方が勝ちだ。
筋肉こそ真実。!クソッタレの歩兵部隊みたいに口で言い争うのは無しだ。アッーー!」
今度はワルダーの胸の筋肉が左右バラバラに踊り上がる。
ワルダーのポーズは種類が豊富だわ。
それはいいとして、相手の腕を倒せば勝ちね。
オニカが相手。勝てるかしら。
私とオニカは言われるままに机に右腕を置いて構える。
左手で机の上に立つ棒を握り込む。
オニカの腕は12歳だなんて思えないほど太い。筋肉も私よりずっとありそう。
私の腕は普通の女の子よりは太いけど、オニカの半分くらいしかないわ。
私達の黒い素肌の中でも掌と足の裏だけがみんな黒くならない。
そのオニカの白い掌が私の右手に咬みつくかのように机の上で待ち構えている。
右手を握り合う。オニカの手は私より随分大きい。包まれるみたいで握りづらい。
「リルカ、おいらが勝ったらもう非力っていうんじゃないぜ。」
オニカが右手を強く握ってくる。
手を握った感触からは、まともに腕力だけで勝負したら勝てそうにない。
オニカが余裕の目つきでニヤリと口を歪める。
周りの野次馬の声が伝わってくる。
「あんなちっこい女が相手なんて、勝負する方が恥ずかしいだろ。」
「筋肉こそが真実だって、馬鹿馬鹿しい。単に腕力がある奴が偉いってだけで、女はすっこんでろって事じゃん。」
誰だか分からないけど女だからってだけで馬鹿にしていて腹立つわね。
あとでやっつけてやる!
それに誰一人として私が勝つと思ってないみたい。
嫌だ、私は負けたくない。
絶対に勝ってやる!
「オニカあんちゃん、私が勝ったらまたひとついうこと聞いてもらうからね!」
オニカが余裕な顔のまま、ゆっくりと頷く。
互いの右手を握る拳に力が入る。
「「「うおおぉぉぉ!お!お!お!お!お!……」」」
歓声は次第にリズムをとって二人を囃し立てる。
と、そこにワルダーが上から手を置いて二人の右手をゆらゆらと揺らしてきた。
「おう、準備は良いか、ほら力を抜け。レディ・ゴー!の合図で開始だ。」
2人で右手を握り合ったまま手の力を抜く。
オニカは素直にだらんと力を抜いている。
これは油断しているわ。この隙をついて、一瞬で決着つけるしかない。
まずは手首。自分が力を入れやすい角度をキープしつつ、相手が力を入れにくい角度に。
これを力を抜いている振りをしながらさりげなく調整する。
それにスピード。私の得意分野。相手が力を入れ始める前のほんの一瞬の間に全力を出して、決着を着ける。
最後にタイミング。ゴーの合図の前に決着をつけるの。要するにわざと“フライング”するわ。審判をしているワルダーがやり直しを言えないギリギリのタイミングが重要ね。ゴーの合図のゴを言い始める0.3秒前。これで“ゴ”と言った時に私だけ全力を出せているはず。
全てが上手く噛み合って、一瞬で相手の右手を机に叩きつけることができたら成功。オニカが持ちこたえてしまったらもう勝ち目はないわ。
集中。一瞬で全力を出し切るために。全身の力を右腕に乗せるために。右足を軽く曲げ、強く踏ん張る。頭を左右に振る反動も使って少しでも体重を乗せらせるように合わせる。ワルダーの呼吸を感じるのが重要。ゴの一瞬前。手首の角度争いは完全に勝っている。いざ!
「いくぞ!レディ…ゴ」(バンッ!!)
その場の時が止まった。
右足で強く大地を蹴って頭を全力で左に振った私の身体は机の下に沈み込む。オニカには私の頭の後ろに伸びるポニーテールの尻尾と右手だけを残して全身が消えたように見えたに違いない。
それと同時にワルダーが二人の右手の上に置いていた手を振り払うかのように、オニカの右手の甲は机に叩きつけられていた。
叩きつけられてからようやくオニカも力が入ったみたいで机から跳ね返るように右手が元の位置に戻るけどもう遅い。
オニカは何が起きたのか信じられないような顔をしている。
歓声は静まり返り、誰も何も言わない。物音ひとつ聞こえてこない。
ワルダーもピタリと止まったまま動かない。フライングかどうか迷っているようだ。
こんな最高のタイミングで成功したものを無効になんてさせないわ!
このまま微妙な空気を押し流してやる!
オニカの右手を振り払うと机の上に跳び乗り、胸を張って大きな声で演技を始める。
「みゃははは!私のスピードにかかればオニカあんちゃんなんて瞬殺よ!スピードも筋肉の真実よね、ワルダー!」
フライングじゃなくて、スピードだと言い張ってその場を納得させる!
納得しなさい!ワルダー!
「ワルダー!筋肉こそ真実よ!ね!」
ワルダーに向かって力こぶを作るようにポーズをとって再度アピールする。
納得しなさいって!
「…ガハハハハ!リルカ姫の勝ちだ!野郎ども!勝者を称えろ!」
「「「リルカ!リルカ!リルカ!リルカ!お!お!お!お!リルカ!リルカ!リルカ!…」」」
やった!場の雰囲気を押し切ったわ!
「わーい!もっと筋肉を育てるわ!」
「そうだ!筋肉こそ真実だ!リルカ姫の筋肉が楽しみだ!」
ワルダーのすっごくニッカリした口の形を真似して笑ってハイタッチをする。
勝者を讃える歌が気持ちいいわ!机の上だけどに踊っちゃうわよ!
両手両膝を地面に着いて、がっくりを項垂れているオニカには悪いけど、この勝ちは譲れないわ!
今度はオニカにどんなお願いしようかな。
「なんだよ、オニカは非力だな、あんな年下の女に瞬殺されやがって。」
「偉そうにしてたのに、クソ非力じゃん。」
歓声の中から嫌な声が聞こえた。こうなる可能性を忘れてた。
ムカつく!オニカを馬鹿にするのは許さない!
オニカを非力って言っていいのは勝った私だけなんだから!
「今、オニカを非力って言った人!出てきなさいよ!」
机の上から全身振り絞って一番大きな声で怒鳴りつける。
歓声は急に静かになって幼年兵たちが二人を残して左右に別れる。
オニカほどではないが12歳にしてはずいぶん大きな身体をしている二人は私を睨んでくる。
「な、なんだよ。そんな腕の細い年下の女に負けた奴の事を非力って言って悪いのかよ。」
「筋肉こそが真実じゃん。女相手に、抵抗もできないほど一瞬でやられちゃった非力野郎じゃん。」
大声に少しビビった様子ながらも、まだ同じことを言ってくる。腹立つな。
「じゃあ、あなた達は“女に負ける非力野郎”の足元にも遙かに及ばないのだから、虫けらよ。虫けらじゃ筋肉を育てる資格もないわ。早く飛び去らないと踏み潰すわよ。」
「なんだと!」
「姫だからって調子のってるじゃん。」
簡単な挑発に乗ってきたわね。思った通りだわ。
「ワルダー!口の言い争いは?」
急に振られたワルダーは待ち構えていたかのように、すっごくニッカリした口に白い歯を光らせたままウインクして答える。
「ガハハ!意味がねぇ!筋肉で決着をつけな!」
「な、アームレスリングだと!俺たちに勝てるなんて思うなよ!」
「やってやろうじゃん!」
「何言っているのよ。私に相手してもらえると思っているの?
オニカあんちゃん!こいつらを二度と偉そうなこと言えないように滅茶苦茶にやっつけて!」
「は?えぇ?なんだっておいらが!?」
今まで負けたショックから立ち直れずに呆然と聞いていたオニカが、急に振ってきた話に慌てている。
「当たり前じゃない!馬鹿にされたのはオニカあんちゃんなのよ!?それに私が勝ったら、ひとついうこと聞くって言ったよね!命令よ!早く立ってケチョンケチョンにやっつけなさい!
それにワルダー!良いわよね。非力って言われていたのはオニカあんちゃんなんだから。相手するのは当然よね。」
「ガッハッハ!認める!」
漸く立ち直った怒り顔のオニカを前に、二人は言葉も出せないようで震えて肩を寄せ合っている。
…。
このあと(オニカが二人をアームレスリングで)滅茶苦茶瞬殺した。
二人はオニカと私に、ちゃんと謝ったから許してあげたわ。
「あーあ。これでオニカあんちゃんに、ひとついうこと聞いてもらうの、使っちゃったな。」
「あんがとな、リルカ。おいらのために使わせちゃって。」
オニカが頭を撫でてくる。
うーん、今日は楽しかったから許してあげよう。
さらに後ろからワルダーが来て、私とオニカの頭に手を置いてきた。
「ガハハ!リルカ姫、突撃部隊はリルカ姫が将軍になってもついていくぞ!筋肉は育てておけよ!」
「もちろんよ!ワルダーとアームレスリングしても負けないくらい強くなるんだから!」
こうして今日は筋トレを教わって終わり。
筋肉を育てるのって、色々な知識が必要なのね。
筋トレした後は肉を食べなきゃ!
今日はおタマさんとおスミさんにお肉の料理を作ってもらおう。




