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6歳の9月(12)

6歳の9月(12)


小隊のみんなと食事のできる場所へ移動している。

私はガッツに背負われたままで楽ちんな上に、いつもより高い視点から見渡せて楽しい。


もうもうと湯気が立ち昇る補給部隊の配給用馬車が並ぶ場所では熱いシマが配られている。

その馬車の周りには何十か所も即席の窯が作られて、その全てで肉を焼いておりどんどん切り分けている。

肉の脂が弾ける音や肉の焦げる音が腹ペコのお腹にグルーヴを刻む。

辺り一帯が肉々しい、荒々しい、焦げた肉の匂いが充満してむせ返るような熱気。

肉の宴に心踊る。もう動けないほど疲れたはずの身体もつい踊り始めてしまう。


「リルカ、背中で踊るなって!」


座れる場所を見つけるとガッツはさっさと私を降ろして、他のみんなと食事を貰いに行った。

私は場所を確保。という名目で寝っころがっている。


そういえば、いまだにお母様を見ていない。シマウマの件も、穴掘りの件も、続けてこんな騒ぎを起こしたのに怒られるどころか、顔も見にこないことを考えると、どんどん不安になっていく。


どうしよう、お母様に見捨てられたりしてないかな。

もうおうちに戻ってくるなとか言われたら泣いちゃうな。

自分で勝手に想像しただけなのに、悲しくなってきた。


しばらく待つと、みんなが皿やコップをもって戻ってきた。


「昨日のお礼で、わてとデデで食事を持ってきてやっただす!ゆっくり食べるだす!」


プルーンと小枝ちゃんがニコニコして山盛りにされたシマと焼いた肉が載った皿を渡してくれた。

本当にありがたい。二人が神様のように後光が差して見える。

逆に、昨日の私が疲れて倒れていた二人に食事を渡した時にも、こんな風に見えたのだろうか。


しかし昨日の二人と同じミスをするわけにはいかない。

喉に詰まらせないように気をつけねば。


コップの水で軽く手を洗って、とりあえずシマをつまんで口に入れる。

うん、味が無い。しかし本日最高のご馳走は肉だわ!

肉が美味しければそれで最高!


何の肉か分からないけど大き目の肉をひと口に放り込む。

もぐもぐもぐ、むぐ!?


これは!

眉を力一杯顰めてしまう。

口いっぱいに広がる強烈な獣臭さと血生臭さ。

塩気もほとんど無い素材の味そのままといった感じ。

そして筋だらけで非常に固く、とても嚙み切れる気がしない。

大き目の肉を選んだのも失敗だった。

口の隅から隅まで溢れだす不思議な味の肉汁で満たされる。

鼻から抜ける臭気がまた涙を誘う。


吐き出すことは考えられなかった。

一度吐き出すべきだった。

しかし極限の腹ペコである私は、無理やり飲みこむ方を選択してしまった。


喉は口よりも細い。

何回か噛んだとはいえ口いっぱいの肉がそのまま喉を通るわけがない。

むぐ、むぐぐ、む!むむむ!むー!

手足をバタバタさせて目で訴えかけるとみんなは慌てて水を差しだしてくれる。

その水を何杯ももらって何回も何回も強引に飲みこむ。


……。


ぜはー!ぜはー!ぜはー!

飲みこめた。また死ぬかと思った。

今日一日で何回死にそうになっているのか分からない。

私がはわ~っと深呼吸して落ち着くのを見て、みんなはもう一度、水を貰いに行ってくれた。


そしてひとりになって、また肉が盛られた皿をじっと見る。

食べたい、でも食べられない。これは無理かもしれない。

味のしないシマをちょっとずつ口に入れながら肉と睨めっこする。


でももうこれしか食べられない。これを食べなかったら私はお腹空いて死んじゃう。

そう思って今度は小さ目な肉を摘まんで口に運ぶと、鼻の前で強烈な香りがして手が止まる。

さっきの苦しい体験が、味が、匂いが蘇る。


涙がボロボロと零れてくる。

食べられない。食べられないよ。無理だよ。


今までおうちのご飯を残したことなかったのに。

おうちのご飯はなんでも美味しかったのに。

おタマさんのご飯が食べたいよう。

おスミさんのご飯が食べたいよう。

お母様のご飯が食べたいよう。


お腹空いたよ。でも食べられないよ。

悲しくて涙が止まらない。


「あっ!お皿が!」


突然、ムスリムのアラブ人のように頭から顔まで布でグルグル巻きにして、手まですっぽり隠れる長袖と引き摺るようなダボダボした長ズボンで肌が一切見えない布の塊のような人に襲われた!

と思ったら、素早く私の持つお皿を別の皿に入れ替えて去っていった。


なんだったのだろう?

呆気にとられて去っていく人を見つめていたが、皿から立ち上る香りに気づいて我に返った。

手元のお皿に顔を向けると、盛られたお肉からは涎が溢れそうなほどスパイシーな香りがしている。

さらにちょうど私の一口サイズに切ってあって、食べやすそう。

“知らない人から渡されたお肉なのに食べて良いのか?”とか“毒が入っていたらどうしよう?”とか、そんな考えが頭を過る間もなく目の前の肉の事だけで思考が埋め尽くされる。

思わず一切れ摘んで口に放り込む。


むぐむぐむぐ…。


うんみゃぁぁぁいっ!


極上の旨味が口を駆け抜けて、蕩けていく。

肉には隠し包丁が入っているようで適度な歯ごたえもありつつ柔らかく、簡単に噛み切ることができる。

そして生臭くない!きちんと血抜きされて、下処理されて丁寧な調理がされているのが分かる。

さらに獣臭くもない!いくつものスパイスに加えて、臭みを消すためのお酒も使ってあるようだ。

味も単純な塩味だけじゃない。

酸味や甘み。それらと肉の脂が合わさることで私の脳内では幸せを叫ぶミニリルカが100万の軍勢となり暴れ回る。


おうちで食べているご飯!いつもおうちで食べるご飯の味がする!

これならいくらでも食べられるよ!

濃いめの味付けの肉に、味のないシマが良く合う。

肉、シマ、肉、肉、シマ、シマ、肉、肉、肉、シマ。

顔の涙の跡を拭うことも忘れて、夢中で皿の上の肉を平らげていく。

口に頬張った肉を味わい、シマで程よく味を和らげて飲みこむ。

次いで水で勢いよく飲み下して、大きく深呼吸。

お日様も沈み、冷たくなってきた空気まで美味しい。


肉の美味さに、空腹の極限という最高の調味料も加えて、さらに仕事終わりに開放感のある野外で食べることがまた格別な味わいとなる。

もう手が止まらない。永遠にこうして食べ続けることができたら幸せなのに。


戻ってきたみんなが幸せそうに食べ続ける私の異変に気が付いた。

特にプルーンの食いつきが尋常ではない。

私の身体に鋭い緊張感が走る。


「な、何だす?その美味そうな肉は!見た目も香りも初めてのものだす!」


プルーンの血走った眼と今にも流れ出しそうな涎を何度も飲みこむ音が怖い。

私の顔の青アザは心底どうでもよさそうな、興味の無い顔していたくせに。

この極端な喰いつきには恐怖すら感じる。


「わてにも…「ダメー!」」


言わせない。あげない。もう二度と手に入らないかも知れないのに。

これが今の私が食べる事ができる全て。私の最後の命綱。

これだけは譲る事ができない!


「お皿を持ってきてあげたのはわてだす!ひとくち!ひとくちだけ食べさせるだす!」


「ダメったらダメ!」


いつもは情けなくぷるぷるしているはずのプルーンがありえない程のスピードで肉を奪いに来る。

必死の思いで皿に伸びる手を右に左に避けて、打ち払う。


「この国で一番の悪人は、“食べ物を独り占めする奴”だす!例えお腹が空いて死にそうでも、みんなで少しずつ分け合って食べるのが当たり前だす!」


「イヤ!あげない!プルーンの食べるお肉はそこにあるじゃない!」


私にとってこのお肉は特別の特別なの!

悪人とか言われても知らない!


「わての名前はプルーンじゃないだす!」


プルーンの執念はさらに燃え上がり、更なるスピードで私を追い詰めていく。

大きい、あまりの闘志に元々横に大きいプルーンの身体がさらに何倍も大きく見える。


「食べ物を分けない奴は、自分も食べ物を分けて貰えないだす。みんなそうやって育ってきただす!リルカもその肉を分けないと二度と貰えなくなるだすよ!」


「このお肉は、さっき神様が私ひとりで食べなさいってくれたの!あげない!」


「神様はそんなこと言わないだす!」


後ずさりする背中に何かがぶつかる。

もうダメ、追い詰められた。右にも左にも逃げられない。


「さあ、その皿を渡すだす!

舐めるだけ!ほんの少し肉を舐めるだけでも!

あ、いや、匂いだけ!本当にクンクンって嗅ぐだけ!

だからほんの一瞬だけ皿を貸すだす!すぐ返すだす!」


「絶対絶対ウソっ!」


こうなっては仕方ない。また喉に詰まる危険はあるけど口に入るだけ詰め込むしかないわ!


プルーンの隙を見てお皿に口をつけて肉を掻き込む。

美味っ。勿体無い、もっとちゃんと味わいたい、

でも食べるか食べられるかの生死を分ける状況では仕方ない。美味っ。


あれ?

プルーンが肉を奪いに来ない。

むぐむぐ。

プルーンを見ると慄くような表情で微動だにせず立ち尽くして、私の後ろを見ている。

むぐむぐむぐ。


振り返ると布の塊が目に入る。

顔の部分の布がズレて見慣れた顔が覗く。


「むぐぐぐん!(おタマさん!)」


さらに一歩下がって改めて見ると、さっきの布の塊の人を捕まえているお母様が、凍えるような冷たい顔で立っていた。

 

「むぐーぐぐ…!(お母様…!)」


「あなた、フマって言ったわね。リルカにちゃんと正しいことを教えてくれてありがとうね。このお皿はみんなでお分けなさい。」


お母様は私の抱えているお皿をサッと取り上げると、地獄の業火までそのまま凍りつきそうな微笑を浮かべて、怒りを圧し殺したように低く落ち着いた声で語りかける。

フマは緊張した面持ちでお皿を受け取ると一声返事をしてみんなのところへ逃げ戻っていった。


「さぁ、分かっているわね?」


お母様は私とおタマさんに向き直ると鉄仮面も生ぬるく感じるほど冷たい表情で聞いてくる。

私も、布でグルグル巻きなおタマさんも、身体はガクガクと震えながらも全ての関節が固まったように動かない。

お母様から放たれる漆黒のオーラは3人を包み込むような錯覚を起こし、静かな怒りの坩堝が私の心を焼き尽くす。


お仕置きですよね。分かります。ああ、神様助けて。


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