6歳2月(17)
6歳2月(17)
集落の外れ、岩肌が剥き出しとなった崖の突き当たり。
その岩壁へ半分埋まるようにして岩がひとつ。それは例え100人がかりでも人力で動くとは思えない小山のような大岩。岩壁の手前は広い空き地になっており、草1つ生えていない。
お日様は傾いて、赤くなった陽射しに照らされた牛の骨が寂しく転がっている。
そんな寂しい場所へ、場違いなほど賑やかな私たち5人と集落の全員が押しかけて、宴の準備を始めた。
サラビルゲ秘蔵の酒や、残り僅かな家畜や食料を持ち寄って広場の中央に薪を井形に組み、大きな火を熾す。
「このまま放っておいても集落はお終いなんだわさ。いっそ盛大にやんな!」
サラビルゲの開き直った言葉で宴は始まった。
山の麓から無事に回収された男たちは、半ばやけくそになって肉を焼き、酒を注いでまわる。
女たちは大きなお腹を曝け出して偉そうに座り、男たちの給仕を受けていた。
それを見たお母様が、
「お腹に子供がいるのにお酒はダメ! 絶対!」
というので、お酒は男たちに飲ませて、女たちは喰うに専念する事となった。
「酒なんて久しぶりに飲めたぜ! 将軍様に感謝だー!」
「「「「うぇーい!」」」」
喜ぶ男たちを女たちが恨めしそうな目で見ている。
ボウハナゲは感謝しているけど、別に彼らのためではない。今から生まれる子供のためだ。
「お母様、大蛇が現れたらどうするの?」
「どうもこうも、とりあえずぶった切るわよ。」
まさかのノープラン。ぶっつけ本番の大雑把さにもほどがあるわ。しかしお母様はなんとかしちゃうのだから仕方ない。
それにどうせボウハナゲやサラビルゲが大袈裟に言っているだけで、そんな大きさの蛇なんて存在するわけが無いわ。
「それよりリルカ、せっかくだから踊りなさいよ。ずっと剣の舞を練習していたでしょ?」
大雑把でもやっぱりお母様は私が練習していたのを気が付いてくれていた。大好き!
「ンサカ姉ちゃん、リュートをお願い!」
「おほほほ! 任せなさいですわ!」
リュートを受け取った陽気なンサカ姉ちゃんは、ウサ耳を振り回すように初っ端から軽快な音色を掻き鳴らす。
……。
ンサカ姉ちゃん、お酒飲んでないよね?
私はククリを抜いて、ゆっくりと動き出す。
徐々に動きが速くなっていく。軽快なリズムが馴染んでくる。
立ち上がる炎の周りを回る様に踊る。
こう動きたい。こんな弧を描きたい。
そんなククリの声が聞こえてくる。
私はどんどん動きが速くなる。
くるりくるりと身を翻す度にククリは飛んでくる火の粉を切り裂く。
ククリに引っ張られる。身体の限界まで引き出される。
「「「わああぁぁぁ!」」」
歓声が沸き起こる。足が踏み鳴らされ手拍子が打ち鳴らされる。
ンサカ姉ちゃんのリュートは更にリズムが速くなっていく。
ウサ耳もリズムにノッてピコピコと跳ねている。
私のククリも今まで想像しなかった速さで振り抜かれる。
でももう私の身体は振り回されない。ククリと私は一心同体だ。
お母様も、スミ姉ちゃんもタマ姉ちゃんもニコニコと手拍子を叩いて見てくれている。
ンサカ姉ちゃんに笑顔を向けると、楽しそうな笑顔で頷く。
いよいよクライマックスだ。
肉が焼ける煙、酒の匂い、楽しげな歓声と手拍子。
それらに誘き出されたように大岩が浮き、隙間から炎を鈍く反射する大きな目がこちらを伺っているのを見た気がした。
ンサカ姉ちゃんが奏でるリュートは最後の締めの旋律に変わり、それを聞いて私は鋭い回転から舞い上がるように飛び上がる。着地してククリを構えて決めのポーズを取るとさらに大きな歓声が沸き上がった。
そして、歓声は悲鳴に変わる。
大岩が地響きを立てて横に転がり、洞窟から大蛇が首を伸ばしてきた。
「退避! 退避ばい! 男たちは女を抱えて逃げるたい!」
スミ姉ちゃんとタマ姉ちゃんが妊婦さんたちの避難を誘導する。
そこに新たな曲が始まる。勇ましく戦闘に相応しい調べ。
振り向くとンサカ姉ちゃんがウサ耳を激しく上下させながら目を瞑り、夢中でリュートを弾いている。
やっぱり酔っぱらってないか?
大蛇が巨木の丸太のような身体をくねらせて中央で燃え盛る炎の塔を逃げていく人々へと跳ね飛ばす。
それは逃げる人々の殿で妊婦を庇うお母様を覆い隠すように襲いかかる。
大きく火の粉と煙を舞い上げて炎の塔が倒れた。
「お母様ー!」
煙で姿は見えないけどお母様がこのくらいでやられるわけがない。
なら、お母様が戻ってくるまで私が大蛇を食い止めなきゃ!
この広場から大蛇を逃して妊婦さんたちを襲わせるわけにはいかない。
私が大蛇の前に立ちはだかると、ゆらゆらと頭を揺らす大蛇が動きを止め、私と睨み合う。
踊っていた私が気になったに違いない。
大蛇は私を獲物と定めたのか、口から長い舌を出しては引っ込める。そして威嚇するように大きな口を開けて蛇独特の風切り音を鳴らす。
その音は洞窟の奥底から聞こえてくるようで、大蛇の巨大さに相応しく広場中の空気を震わせて、地響きのように低い音を立てる。
開いた口は、正面から見ると話で聞いていたよりもさらに大きい。牛どころか小屋を一飲みにするのも簡単だろう。
緊張感が高まる中、それを演出するかのように音楽も高まり続ける。
いいから早く逃げろよ、ンサカ姉ェ。
ゆらゆら揺れながらタイミングを計っていた大蛇は最高潮に達した音楽に合わせたように私に向かって突っ込んできた。その速度は全力で走る馬よりも速く、その突撃は岩でも砕けるほどの威力だろう。しかしタイミングが読めたので割と簡単に避けることができた。
私は踊る様に躱しながらすれ違いざまに軽くククリを当ててみたが、表皮を浅く傷付けた程度で弾かれてしまった。腕に大きな反動があり、危うく体勢を崩してしまう。
これはワニよりも厄介な表皮だわ。よっぽど体重をかけて斬り込まないとダメージも通らないわね。
そして私の体勢が崩れたところに傷つけられて怒った大蛇が再度突っ込んできた。しかし大蛇の動きには妙な溜めがあったり、余計な予備動作が入ったりで、簡単に躱すことができた。
なんだこれ?
大蛇が妙に規則的なリズムで動いているよ?
ゆらゆらと、まるで音楽に合わせて踊るような。
……。
ンサカ姉ちゃんのリュートのせいだ!
酔っぱらったンサカ姉ちゃんは私の後ろでのけ反る様にして大胆に勇ましい曲を掻き鳴らしている。
そのリズムに乗って踊る様に大蛇の動きが変化する。
ノリが良いなこの大蛇!
リズムに合わせて大蛇と一緒に踊るように攻撃を躱していく。
それでも反撃する余裕が無いわ。
「お待たせリルカ、避難完了よ。大蛇を洞窟から引きずり出したいわ。もっと下がって誘き出して! あとンサカ、曲が単調よ。もっと変化をつけないと一流のウサギにはなれないわ!」
やった! お母様復活ね。
でも一流のウサギとか意味分からないし、適当なことを言うのやめて欲しいわ。
「はい、ですわ!」
ウサギになりたかったんだ!?
ンサカ姉ちゃんはウサ耳をピコピコ折り曲げながら細かく頷く。
もう、ンサカ姉ちゃん可愛いからウサギでも良いか。
お母様の命令で徐々に下がりながら大蛇とダンスを続ける。
ンサカ姉ちゃんも曲に変化をつけながら一緒に下がる。
大蛇は襲って来ようとするタイミングでンサカ姉ちゃんが曲のリズムを変えるものだからとてもやりにくそう。
大蛇の胴回りは、大人が両手で抱きついても半分も手が回らないくらい。直径は私の身長よりも大きいだろう。それがもう10m以上洞窟から伸びているのにまだ終わらない。どれだけ長いのよ!
広場の端まで来てしまったので、そのまま広場の端を回り込むように洞窟の方へと逃げる。
「もう逃げなくていいわよ!」
お母様の攻撃が始まった。と思ったら耳障りな風切り音が響き渡る。大蛇の叫び声だ。
見るとすでに尻尾の方が輪切りに切断されている。あの固い表皮のあの太い胴体を一刀両断なの? お母様ハンパないわ! 大蛇は大慌てで残った身体で蜷局を巻き、お母様に向き直って口を開き、威嚇する。
「洞窟には逃がさないわよ。」
洞窟を背に不敵な笑みを浮かべたお母様が、同田貫を片手に持ったまま、大蛇など居ないかのようにスタスタと歩を進める。
蛇に表情などあるわけもないのに、明らかに動揺して怯えている顔の大蛇は襲いかかることもできずにじりじりと下がっていく。
ギシャアアアァァァ!
お母様は大蛇の口から吐き出された液体を躱すと、そのまま駆け寄って蜷局を巻く胴体へと斬りつける。しかし空振りか、はたまた刃が通らなかったのかと思いきや、お母様が駆け抜けた後3つ数えるほどの時間を開けてばっくりと傷が開き、緑色の体液が飛び散る。なにあれ、斬られたことに気が付かないほどの斬撃ってこと?
私はククリをしまい、弓を構える。私のククリじゃ大蛇に傷を与えられない。でもこの弓矢なら鉄板でも貫ける。お母様の援護ができる。
大蛇は蜷局を解いて、大暴れに身体を振り回す。大きな炎も弾き飛ばされ、燃える木が散らばり辺りが薄暗くなる。しかしお母様を弾き飛ばそうとする胴体から次々に傷が増えて緑色の血が噴き出している。しかもお母様は返り血を浴びているようには見えない。どうなっているの?
大蛇の首がグリンと振り向く。私とンサカ姉ちゃんの居る洞窟へ顔が向く。そして今までにない勢いで口を開いて突進してくる。私たちを飲み込んで、そのまま洞窟に逃げるつもりなんだ。
「リルカ! 避けないとですわ!」
ンサカ姉ちゃんは私を引っ張って逃げようとする。
しかし私は矢を引き絞ったまま動かない。これは大チャンスだわ。ワニの時と同じ。やれる!
限界まで引き絞って放った矢は大蛇の口の中を貫き、眉間から飛び出る。
大蛇はビクンッと身体を振るわせて顔を跳ね上げ、突進を止めた。
次の瞬間、大蛇の首がずり落ち、同田貫を振り切ったお母様が見えた。




