6歳2月(18)
6歳2月(18)
大蛇が動かなくなったことを確認して改めて篝火を熾す。
大きな炎に照らされて、頭が切り落とされた大蛇が力なく横たわり、いまだに止まらない緑色の血が洞窟へ流れ込んでいる。村人たちは恐れて近づくことができず、遠巻きに騒いでいる。
私はお母様に切り離された大蛇の頭部、その断面を見上げる。
こんな馬鹿でっかい首を、お母様はどうやって斬り落としたのだろう。明らかに刃渡りよりも太いと思うのだけど。それにこの鱗と外皮。ワニよりも固くて弾力が有って、とても刃が通る様に思えない。しかしお母様の斬ったところはバナナを包丁で切ったかのようにスパッと綺麗な断面。それも骨らしき部分まで関係なく切れている。同田貫が凄いのか、お母様が凄いのか。
なにやらお母様から松明を手渡された。
「さあリルカ、洞窟に潜るわよ。」
「ええー!? なんでよ? もう大蛇は退治したじゃない。」
「何言ってるの、大蛇なんてオマケよ。元々宝石を拾いに来たでしょ?」
そうだった。元はンサカ姉ちゃんたちを買い取るための宝石を拾いに来たんだった。大蛇なんて出るから忘れていたわ。
「じゃあ、この洞窟の中に宝石があるの?」
「場所的にはこの辺で間違いないから、潜ってみる価値はあるわ。みんな宝石を入れる袋は持ったわね。はいリルカにも袋。」
スミ姉、タマ姉、ンサカ姉も麻で編まれた頑丈な袋と松明を渡され、準備万端。
お母様を先頭に洞窟を降りていく。
足元は大蛇の緑色の血が流れ、踏むと砂利のような音を立てている。
洞窟は大人がゆうに立って歩ける高さがあり、幅も3人くらいなら並べそうだ。
私は先頭を歩くお母様の横でくっつくように歩く。
しばらく何事もなく歩くと、急に視界が開けた。
天井が高くなり、地上の広場と同じくらいの大きさの地下広場になっている。
地面は大蛇の血が溜まっており、壁にまで緑色が伸びている。
壁? 血は壁を登らないわよね?
松明を近づけて良く見てみると、石だわ。緑色の石が壁からたくさん生えている。
さらに松明を掲げて広場の壁を見れば、見渡す限り壁が緑色の石になっている。
良く見れば地面の緑色の血に混ざって砂利だと思ったものも全て緑色の石だった。
辺り一面が松明の明かりで緑色に輝き揺らめく、幻想的な世界だ。
「間違いない。この石は全部、愛と再生のシンボル、エメラルドだわ。」
「こんな光景、初めて見たばい。」
「綺麗。」
「奇跡ですわ。」
お母様を口火に、姉ちゃんたちも口々にため息を漏らす。
「お母様、これ全部エメラルドなの? 持ちきれないよ。」
「全部は必要ないわよ。持てるだけ袋に入れていけば十分よ。」
みんなで拾いやすい小石を中心に集め、袋をいっぱいにして洞窟を出る。
これで大蛇も退治して、宝石も山ほどゲットして目的はすべて完了ね。
さあ町に戻って奴隷をすべて買い取るわよ。
洞窟を出て、戻った広場に転がる大蛇の頭をふと見ると、私の頭ほどの大きさの目の片方が緑色に輝いている。気が付かなかった、この目は丸ごと1つのエメラルドだわ。
こんな大きい宝石見たことない。しかも宝石なのは右目だけ。左目は普通だ。
周りを見渡すとお母様たちは離れたところでボウハナゲとサラビルゲにお説教している。
誰もこっちを見ていない。
ふふ、これは私専用のお土産にしよう。
これ1つできっと探検に必要な費用が全部賄えるわ。
ついにリルカ探検隊の大冒険が始まるのね。
なんとか大きな宝石を取り出して、袋に入れて大事に背負った。重いけどそれを忘れるくらいテンション上がる。
私がお母様たちの所へ近づくと、ボウハナゲが泣きながらサラビルゲの横暴を訴えていた。どうやらボウハナゲがクーデターを起こした理由を、改めて事情聴取をしていたらしい。
「……だって屈むの辛いからウンコしたあとのお尻を俺に洗えって言うんだよ? それに腹に赤ん坊がいるからって俺のご飯を半分寄越せっていうんだ。こっちも必死に肉体労働しているのに半分しか食えないんだぜ!? でもな一番我慢ならないのは俺が仕事から帰ってきたら食べようと楽しみに取って置いた大好物なお菓子が無くなっていたんだよ。念のため聞いたよ。なんか仕方のない事故があったかもしれないじゃないか。奥さんが盗み食いしたとか考えたくないじゃないか。なんて答えたと思う? 『大蛇が食べたんじゃない? てへぺろ♪』 だって! もう神は死んだ! そう思ったよ。どう思う? 俺が本当に悪かったのかよ? 俺のお菓子を盗み食いした奴をやっつけたかったんだよ! わーん。」
「楽しみにしていたお菓子の盗み食いなんて、ゲスの極みね。」
「人間として許せる範囲を超えているばい。」
「有罪。」
「さすがにドン引きですわ。」
2人並んで正座させられているボウハナゲとサラビルゲに、お母様や姉ちゃんたちの軽蔑した冷たい視線が突き刺さる。
大きくため息をついたお母様が優しく言い聞かせるように説教する。
「いいか、貴様ら2人は自分のことばかり考えていて、"おもいやり"が足りないんだ。今回の騒動は貴様ら2人が原因だ。これはクーデターじゃなくて、単なる夫婦喧嘩だ。分かるか?」
「OMOIYARIってなんだわさ?」
「アレじゃねーの。この間、隣の部族が耳にでっかい輪っかをつけて垂れた耳を自慢してたじゃねえか。」
「そりゃ重イヤリングだわさ。」
「黙れ!」
優しい声から一転、お母様の怒声と共に抜刀された同田貫の切っ先が2人の間の空気を切り裂いた。
2人は涙目になって口を閉じ、震えるようにコクコク頷いている。
「いいか、"おもいやり"っていうのは相手の身になって考えたり、気遣ってやることだ。自分がこうしたいという気持ちじゃなくて、相手の状況や気持ちを理解して大事に労わってあげることだ。2人ともそんな"おもいやり"が圧倒的に欠けている。」
「こいつの気持ちなんて考える必要ないだわさ。」
「コレを労わるなんて無駄も良いところだぜ。」
「だから説教しているのだ! 奴隷用の足鎖を持ってきなさい!」
用意されたのは奴隷が走れないようにするための、2つの足枷を短い鎖で繋いであるもの。
その足枷の1つをボウハナゲの左足に。もう一つをサラビルゲの右足に嵌める。
「2人が"おもいやり"を理解し、身に付けるまで、その状態で我らの旅に同行を命じる。」
「無理だぜ! トイレとかどうすんだよこれ!」
「子供が生まれそうになったらどうするだわさ!」
「"おもいやり"を持って行動しなさい。反論は認めない。以上。」
この集落はあれだけ蛇肉があれば食べ物にも困らないし、エメラルド洞窟は封印したけど、どうしても困った人を助けるためにいくつか宝石を残してあげた。
これで族長夫婦がしばらく不在でも大丈夫ね。
お母様の裁きを受けて2人はギャーギャーと互いの悪口を言い合っている。
なんか女性だけのキャッキャウフフの旅路に騒がしいのが増えちゃったわね。
"おもいやり"か。
私は"おもいやり"ってちゃんと理解できているかな。
そんなことを考えながら馬車には宝石の詰まった袋と騒がしい2人を積んで、ボンス・シスナイスの町へと帰還した。
◆◆◆
そうそう、ボンス・シスナイスの町に戻ると、慌てた様子でレンジャーが報告をしに来たの。
なんでも「奴隷戦隊ドレインジャー」と名乗る勇者が、近所で暴れまわる奴隷狩りの集団を退治して届けてきたんですって!
でもボンス・シスナイスの町中から褒め称えられて女の子たちにもチヤホヤされて調子に乗った彼らは宴会を始め、町中がお祭り状態となり、豪快に金と酒をばら撒いて飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの末に奴隷商館に乗り込んで奴隷を片っ端から解放し、そのまま逃げるかと思ったら解放した奴隷たちも一緒になってまたもや飲めや歌えの大宴会を始めて、捕まえようとした警備兵たちを蹴散らして6人組だけで逃げ出したんだって。ちなみに宴会が終わったら解放された奴隷たちは自ら奴隷商館に戻ったらしいわ。どこかで聞いたような話ね。
指名手配の似顔絵をみせてもらったけど、
頭が鎖でグルグル巻きになっている鎖男や、奴隷用の革の首輪を20個くらいつけた首の長いノッポな男、パンツの代わりに鎖を腰から股間に巻いているセクシーデブ、通常の5倍太い鎖を防具のように身体に巻きつけて足枷に括り付けるはず鉄球を手で持って振り回す筋肉男、鉄仮面を被った可愛い子供と同じく鉄仮面を被った四足の動物、それに白いだぼだぼなローブを纏った魔法使いのような人が描かれていた。
こんなヘンテコな人たち、見たことないよ。
でも私も御伽話に出てきそうな不思議な勇者たちと一緒に戦いたかったなあ。
いやいや、だめだめ。今のままの私じゃ勇者の邪魔にしかならないわ。
もっとククリや弓を使いこなすために訓練しなきゃ。
捕まった奴隷狩りの集団が縄で繋がれたまま私たちの前に連れてこられた。
傭兵のように顔から身体まで大きな傷痕だらけであり、睨んだだけで人を殺せそうな凶悪な人相をしている。
ボウハナゲとは格が違い過ぎる。こんな集団を捕まえたドレインジャーは本当に勇者だわ。
「ンサカ、あなたたちを襲ったのはこいつら?」
「……そう、こいつらですわ。……私の家族をどうした?」
「貴様は先に奴隷として売り払った族長の娘か。貴様の家族はすべて殺した。」
「っ! なぜですの!?」
「ジジババから女のガキまで、全員が最後まで抵抗した。殺す以外無かった。」
「そう……。族長として最期まで皆を守ったのですわね。」
「ああ、誇り高い家族だった。さあ俺たちを殺すが良い。報復が必要だろう。」
「我が一族の誇りは守られたですわ。もうあなたたちに用はないわ。」
「何故だ! 殺したいほど憎いはずだろう!」
「わたくしにも誇りがありますわ! 貴様らは殺す価値すらないですわ!」
その時にみたンサカは誰よりも気高く、小さな身体が大きく見えるほどに迫力があり、ピンと立つウサ耳が美しく揺れ、私は思わず息を飲んだ。
奴隷狩りたちすら同じ気持ちだったのだろう。言い返すこともなく黙ってその姿を下から見つめていた。
「楽に死ねると思うな。死ぬよりも辛い労働奴隷として生きて償え。連れて行け!」
お母様の命令によりレンジャーたちが奴隷狩りたちを引っ立てていく。
「アンタもあっちだわさ! 死ぬより辛い労働奴隷として生きて償っておいで!」
「勘弁してくれよ! それに足が繋がれているんだから一緒に労働奴隷になるんだぞ?」
「アンタの足をちょん切ればいいだわさ。あのンサカの立派な態度をみたかい? 奴隷狩りなんてクズは簡単に殺す方がご褒美だわさ。アンタも死ぬまで辛い思いをして償うべきだわさ。」
ボウハナゲとサラビルゲがぎゃあぎゃあと騒ぐのを傍目に、お母様がンサカを抱きしめていた。
「ンサカ、よく頑張ったわ。立派に一族の誇りを守ったわね。」
「わだぐじ、……わだぐじぃ、う"わ~ん。」
「ンサカ姉ちゃん! う"わ~ん。」
私も堪えきれなくなってンサカ姉ちゃんに抱きついて泣いてしまった。もう慰めの言葉なんて思い浮かばない。ただンサカ姉の気持ちを考えたらひたすらに悲しかった。
タマ姉もスミ姉も哀しい顔で涙を零している。
ンサカ姉が落ち着くまでしばらくみんなで泣き続けた。
◆◆◆
奴隷商人からこの町にいる全ての奴隷を買い取った。
ずいぶんと買い叩いたので利益はそれほどないだろう。
奴隷商館が空っぽになってしょぼくれている。
買い取った奴隷はムプンザグト王家所有の奴隷として各地に送られて労働することになる。
奴隷とはいえ、国民とほぼ同等の扱いをするように伝えておいた。
余ったエメラルドを彼らの路銀と当座の生活費に充てることもできたし、
酷い目にあうことも無いだろう。
しかし今後もきっと新しい奴隷がたくさんこの町に集められる。
今回は一時の気休めかもしれないけど、それでも誰かを救った価値があったと思いたいな。
出発の準備を終えて、お母様がンサカ姉に改めて確認する。
「ンサカはどうする? 部族の仲間と一緒に行くか? それとも私たちと一緒に行くか?」
「ハンナ様と一緒にいきますわ。部族の仲間が救われた時点で族長としての役目は終わりですの。わたくしがいると、新しい生活の邪魔になりますわ。それにまだハンナ様にお礼も返していませんわ。どうか連れて行ってくださいまし。」
「ンサカ姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから、お礼なんて『ありがと』だけでいいんだよ! ねえ?」
お母様の顏を見ると、優しく微笑んで頷いてくれた。
「リルカ、ありがと、ですわ。」
ンサカ姉も恥ずかしげに顔を伏せて私を背中から抱きしめてくれた。
うん、フサフサのウサ耳がとてもくすぐったくて、でも身体がぽかぽか暖かくなる。
さあ、ここから一気に北上して、いよいよマラヴィ帝国へ。
女5人家族にうるさい2人組を加えて、旅はまだまだ続くわよ!
<3月へ続く>
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●今月のお母様のお取り寄せ万歳!『レンズ』
レンズ自体の概念は、紀元前3世紀ごろにはインド、バビロニア、エジプト、ローマ、中国など各地で球体の水晶などを利用して、凸レンズが存在している。主に太陽光を集めて火をおこすために使われていた。
それからずっと時代が過ぎて13世紀後半、ヴェネチアン・グラスで有名なイタリアで「文字が大きく見える」などの研究結果が本として残っている。
メガネとしての普及のきっかけは1448年、ヨハネス・グーテンベルグによる活版印刷の発展。
書籍が増えるとメガネが必要な人が多くなり、メガネ屋ができた。
1549年には、フランシスコ・ザビエルによって大名、大内義隆に初めてメガネが贈られる。
しかし望遠鏡の発明はメガネに遅れて1608年のこと。
大航海時代の当時、遙か水平線の向こうを見る道具は価値が高く、急速に広がった。
1609年にはガリレオ・ガリレイが凸レンズと凹レンズを組み合わせた極めてシンプルな望遠鏡を作り上げる。これが現在でもオペラグラスなどに使われるガリレオ式望遠鏡。
ガリレオの発明よりも40年程前になるが、ハンナお母様が作成したのもこのガリレオ式望遠鏡であり、その後、イタリアから多くのガラスやレンズをお取り寄せすることになった。
書き溜めた分の投下終了と、
新作準備中により更新に間が空きます。
でも評価やレビューを貰えたらこちらの更新も頑張れるかも。
どうかよろしくお願いいたします
m(_ _)m




