6歳2月(16)
6歳2月(16)
私の溢れ出る好奇心。それは当然、不思議な唇に向かう。
「ねえ、サラビルゲ、下唇にお皿が嵌っているよ。間違って食べちゃって外れなくなっちゃったの?」
「うっさい! お洒落じゃぼけー! だいたいサラビルゲってなんだい。あたしゃムンダだよ。まったくアンタも小さい皿くらい唇に入れな。淑女の嗜みだわさ。」
サラビルゲは皿を私の顔にずいと突出し、口の大きさを測るように考えている。私が限界まで口を広げても咥えられないほどの大きさの皿だ。どう見ても私の下唇には入らない。
「い、いや、私にはまだ早いというか、そんな大きいの入らないもの……。遠慮するわっ!」
私は慌ててお断りすると、サラビルゲは目を丸くした不思議な顔をして私をまじまじと見る。まるで断るなんて信じられないといった顔だ。それがまた無性にひっぱたきたい気分になる。
しかし分かったこととしてはサラビルゲはなんだか至極当たり前のこととして皿を唇に入れているみたい。下唇に誇りを持ってやっているのね。
これはやらなきゃいけないお洒落なの? 鼻に棒を刺したり、唇に皿を入れたり、なんだかすごく痛そうだけど。
“お洒落は我慢”って言葉をお母様から聞いたことがある。これがそのお洒落なのかしら。
私は真似したくないなあ。
そこへ横からンサカ姉ちゃんが手で私を制して、任せろといったジェスチャーで話に入ってきた。
「分かりましたわ、サラビルゲさん。こうですわね!」
どこから手に入れたのか、ンサカ姉ちゃんは手で持った小皿を顎の下に当てているが、ぜんぜん下唇には嵌っていないし、そもそも口にすら入れていない。しかし爽やかな笑顔と共にウサ耳はピコピコと動き、堂々と小皿を見せびらかしている。このサラビルゲを天然で煽り返すなんて、さすがンサカ姉ちゃんだわ。
「皿も名前も両方違うわよ! アンタたち何も分かってないっていうか、話を聞く気が無いよね。名前はムンダ。サラビルゲじゃないっていってるだわさ。いい加減にしないと殴り飛ばすわよ!」
怒りだすサラビルゲを横から割って入ったタマ姉ちゃんが小盾で受け止める。
「まあまあ、子供のいうことたい。そう怒らんと、色々と聞きたいことがあるけん、答えてくれんちゃね? こんなに勇ましい女性相手に、あの男たちがクーデターを成功させることができたなんて信じられんばい。えーと、サラムルゲさん?」
「はぁ……。惜しいとか近いとかって問題じゃないよね、こいつら覚える気が無いわさ……。」
サラビルゲは怒りを通り越したのか、呆れたように俯いて下唇に嵌った皿を曇らせるほど深くため息をつく。
しかしもっと嫌な事を思い出したように眼に力を込めて前を向く。
「もう名前なんて何でもいいわさ。この男たちはね。みんなで申し合わせて一斉に子供を作ったんだ。女たち全員が身籠って、ろくに動けなくなったのを狙ってクーデターを起こしたんだわさ。アタシもこんな状態だったからまともに戦えなくてね。産まれた後に叩きのめそうと待っていただわさ。」
サラビルゲは悔しそうな顔をしながらも、大事そうにお腹を撫でる。
ちなみに下唇を噛もうとして皿を齧っている。ワイルドだわ。
「……。最低。」
スミ姉ちゃんの凍てつく言葉と共に、皆の軽蔑した冷たい視線が集まり、ボウハナゲを串刺しにする。
「なるほどね、マスケット銃だけじゃクーデターなんて無理だと思っていたら、クズなゲス野郎なのね。やっぱり殺しておいた方が良かったかしら。」
お母様がうんざりしたように呟くと、皆が真顔で何度も頷く。
さすがに居た堪れなくなったのか、ボウハナゲが喚きだす。
「なんだよ。仕方ないだろ、このままじゃ一族みんな大蛇の餌になるところだったんだ。奴隷狩りでもして家畜や食料を買ってこなかったら、大蛇に捧げる生贄どころか、俺らの食べる物もないんだぞ! 全滅するくらいなら奴隷狩りくらいいいじゃねえか!」
「この馬鹿ンベウが! 奴隷狩りなんてして一族の名誉を失うくらいなら、死んだ方がマシだわさ! なんでそれが分からないのさ。」
「馬鹿なのはお前だムンダ。命よりも大切な名誉なんて、あるわけないだろ! それにマスケット銃をたくさん集めたら大蛇だって退治できるだろうが!」
見るに堪えない夫婦喧嘩が始まってしまったので、私が投げやりな気持ちで間に立って止める。
「ちょっとちょっと! ボウハナゲもサラビルゲもイチャイチャするのはやめて! 私のために争わないで!」
「止め方が雑だわさ!」
「突っ込みどころが多過ぎて何から突っ込めばいいのか分からねぇよ!」
「そんなことより、大蛇って何よ? どこにいるの?」
「この集落の一番奥、地の底まで繋がっていると言われる洞窟に眠っているだわさ。」
「しかも口を開けばその大きさは俺の身長よりもデカいんだ。人どころか牛だって、下手すりゃ小さな家くらい一飲みなんだぜ。全長は誰も見たことがないから分からねえけど、実はこの山が全部奴の身体なんじゃないかって噂だ。とんでもない長さなんだろうぜ。」
「大蛇は長く眠っていて、あたしゃ生まれてから一度も見たこと無かったんだわさ。婆ちゃんに伝説としてだけ聞いていたのに、急に1年くらい前に起きて暴れ出し、洞窟の入り口を塞ぐ蓋になっていた大岩を押しのけて集落の牛たちを食い荒らしただわさ。今は蓋になっていた大岩を大蛇自身が戻して洞窟に引きこもっているけど、生贄として捧げた牛は喰われているから、気まぐれに出てきているみたいだね。」
「大蛇は生贄が無くなったら次は間違いなく人を喰う。そしたらこの集落はおしまいだ。」
見事なタイミングで交互に説明が噛み合っている。さすが夫婦なのか息はぴったりだ。
「ふーん、ボウハナゲもサラビルゲも、実は仲良しなんじゃないの?」
「「仲良くなんかない!(だわさ!)」」
綺麗に重なった言葉に、ボウハナゲとサラビルゲは顔を見合わせると、揃って料理に混じった小石をガリッと噛んでしまったかのような嫌な表情をする。
なによ。お似合いの夫婦じゃない。
「その大蛇、私が退治するわ。」
話を聞いていたお母様が、いつのまにか私の横で腰に手を当てて仁王立ちとなっている。
「あ、アンタがいくら女の中の女だからって、大蛇は無理だわさ!」
「そうだそうだ。その剣がいくら鋭くても奴の鱗には歯が立たないぞ。マスケット銃が100丁くらい必要だ。」
必死に反論するボウハナゲとサラビルゲを遮るように、お母様の両脇からスミ姉ちゃんとタマ姉ちゃんがずずいと前に進み出る。
「控え居ろ! 控え居ろ! このトーテムが目に入らぬか!」
執事服をスマートに着こなすスミ姉ちゃんの珍しい大声と共に繰り出されたのは可愛いライオンの絵が入ったお弁当箱のフタ。そりゃ確かに王家のトーテムはライオンだけどさ。
「こちらに御座す方を誰だと心得るたい。畏れ多くもムウェネムタパ王国 近衛軍将軍、ハンナ様で有らせられるばい! 将軍様の御前たい、頭が高いっちゃん!」
フリフリのメイド服を可愛らしく着こなすタマ姉ちゃんの珍しく早口な言葉と共に繰り出されたのは軽妙な音楽。何あれ、腕についているランタンシールドの裏にはムビラ(指ピアノ)まで装備されているの?
「「「ははーっ!」」」
ボウハナゲとサラビルゲはもちろん、周りにいた集落のみんなまで跪いて顔を伏せる。
なにこれ、みんないつの間に打合せしたの? 群舞のように綺麗に揃った反応だわ!
「ちょっとボウハナゲ、なんでそんなに畏まるの? 他国のことなのに。」
「昔、旅芸人の一座が立ち寄った時に見たんだ。ハンナ将軍が各地で悪者を懲らしめる話だ。俺が懲らしめられる側になるなんて思いもしなかった。顔なんて上げたら一瞬で頭と身体が離れっちまうよ。」
「見立ては間違ってなかったんだね。女の中の女どころか、英雄様じゃないか。あたしゃ嬉しいだわさ。」
ボウハナゲは恐れ慄いているし、サラビルゲは憧れの目がキラキラしている。いったいお母様のどんな話が旅芸人によって広まっているのだろうか。
「ンサカ姉ちゃんは知ってた?」
「わたくしは旅芸人の一座は見たことが無かったから知らないですわ。ハンナ様はそんなに凄い英雄様でしたのね。」
ンサカ姉ちゃんまでキラキラとした目でお母様を見ている。
あ、ちょっとまって。ラムズィが旅芸人に新しく私の話も仕込んだから、今後私の話も広まるのか。
私が嬉しいような嫌なような複雑な顔をして唸っていると、お母様が一歩前に出て話を始める。
「では皆、私が大蛇退治することに、異論はないな。」
「恐れながら、洞窟は大岩で塞がっているだわさ。大蛇が自分で出てこないと、とても人が動かせるものではないだわさ。」
「いつ出てくるか誰にも分からないんだ。明日か、1か月先か、1年先かも分からねえ。それに退治してもらっても、俺らだって食うに困っているんだ。お礼も用意できねえ。」
「それならば、心配するな。私が将軍の名に賭けて洞窟から大蛇を引きずり出してやろう。そして礼の代わりに洞窟の中にあるものをすべて貰おう。さあ皆、宴の準備をしろ!」
「「「「宴??」」」」
なんでもお母様が言うには古来から引きこもりには出口の前で楽しげな祭りを催すのが一番効くそうで、今回もその大岩の前で楽しく宴をすれば必ず大蛇が出てくるそうだ。
意味が分からないけど、お母様がいうのならば本当なのだろう。
さあ、宴の準備だ!




