6歳2月(15)
6歳2月(15)
「助けてくれ、許してくれ、このとおりだ、命だけは、奴隷狩りなんて生まれて初めてやったんだ!」
ボウハナゲは後ろ手に縛られたまま地面に這いつくばり、涙や鼻水でぐしゃぐしゃにした顔で必死に命乞いをしている。しかし彼やその仲間は誰一人として死んでいなかった。
全員が峰打ちで気絶したか痛みで動けなくなっただけ。全員が後ろ手に縛られて転がされている。
そしてお母様とスミ姉ちゃん、タマ姉ちゃんの三人は、かすり傷一つない無傷だ。
しかもお母様が自らの剣筋に納得いかなかったのか苛立たしげに素振りなんてしているものだから、それを見た男たちが更に追い詰められた顔をして芋虫のように後退り、誰かの後ろに隠れようと必死で集まった結果、一塊となった芋虫男たちが素振りの度に怯え震えている混沌な雰囲気。
それにしても私が活躍する隙がまったく無かったわね。悔しい。
剣筋に納得がいったのか、素振りを止めたお母様が左手を腰に当て、右手には抜身の刀を持ったまま、塊となった男たちの前方でひとり這いつくばるボウハナゲへ振り返り、軽く顎を上げてひと睨みする。
「貴様らはヤオ族だな。ヤオ族は女権社会で、女性が戦う一族のはず。なんで弱い男だけで奴隷狩りに出た?」
「うぅ……。けっ! 弱っちいのは女の方だぜ。俺がクーデターで一族の実権を全て奪ったんだ。マスケット銃があれば簡単だったぜ。」
ボウハナゲはお母様の睨みに怯みながらも精一杯の虚勢を張った答えを返す。
今さっきまでの泣いて許しを請う態度はどこへやら。
たった3人の女性で簡単に制圧されたことも、すでに忘れてしまったかのようだ。
この男たちは弱かった。武器の使い方もなっていなかったし、戦う気迫すら感じなかった。ハッキリ言えば、怯えて逃げ惑っていただけだ。それなのにクーデター成功するだなんて、マスケット銃はそれほど強いのだろうか。
「マスケット銃はどこから手に入れた?」
眉一つ動かさないお母様の冷酷な声が響き、ボウハナゲの喉元に、詰問するお母様の同田貫が触れる。たったそれだけで首にひと筋の血が流れる。
「ひぇっ! 奴隷商人だ。そいつはポルトガル商人から手に入れたと言ってた。こいつを使って奴隷を狩ってきたら、奴隷と交換にもっとマスケット銃が貰える約束だった。そのマスケット銃で大蛇をやっつけたかったんだ。」
ボウハナゲはぺらぺらとなんでも喋った。
最近集落で大蛇が出て、生活が苦しくなったこと。
奴隷狩りすればマスケット銃も手に入って生活も楽になると奴隷商人にそそのかされたこと。
その奴隷狩りに反対する部族長(ボウハナゲの奥さん)に対して男を集めてクーデターを起こして軟禁したこと。
棒の刺さった鼻から鼻水を垂らして必死に言い訳しながら這いつくばり命乞いするボウハナゲ。それを他の男たちが怯えた様子で見ている。
なんだかその姿があまりに情けなくて呆れてしまった。
「ンサカさん、あなたたちを襲ったのもこれと似たような感じだった?」
「将軍様、残念ながらまったく違いますわ。比べ物にならないくらい強く、残虐で獰猛な奴らでしたわ。でもこれらも仲間だった可能性があるので、皆殺しが妥当ですわね。生かしておいても碌な事しないに間違いありませんわ。」
「おいぃぃぃ! だから今回が初めてなんだって! どこの誰だか分からねェけど、あんたたちを見たこともないし、そんな仲間は居ねえよ。勘弁してくれよ。」
「五月蝿いですわ! お黙りなさい!」
ンサカ姉ちゃんがウサ耳の毛を逆立てて叱りつける声に、男たちは買ったばかりの焼鳥を牛糞の上に落してしまった時のような顔になってしょんぼりと黙った。
話を聞くのも疲れたし日も暮れてきたので、処分は明日に持ち越して、全員を動けないように厳重に縛り上げてとりあえず寝ることにした。
「おタマちゃん、男どもはそこの木に括り付けて置いて。」
「はーい。絶対抜けられないように縛るけん、ハイエナや盗賊や奴隷商人に見つかったら命は諦めるたい。」
ニコニコ顔で頑丈に縛り上げるタマ姉ちゃんの脅しに怯え、反抗するわけでもなくシクシクと泣きはじめる男たち。
そのまま男たちは夜通しシクシクと泣いていた。
「あなたたち、シクシク五月蝿いですわ! お黙りなさい!」
五月蝿くて寝られないと怒ったンサカ姉ちゃんがぴしゃりと叱りつけると男たちはまた素直に黙った。
なんだろう、ンサカ姉ちゃんは叱り慣れていて、この男たちもまた叱られ慣れていて従順な感じがする。
ンサカ姉ちゃんはプライドが高くて格好良い態度なのに、男たちがプライドもなく情けない態度だ。
これが、女権社会というものなの!?
翌朝、お母様が奴隷狩りの男たちの処分を決めた。
「こいつらは処刑しない。処分は部族長に任せるわ。リーダーだけ連れて集落へ向かう。」
「勘弁してくだせえ! 俺が連れて行かれたらブッ殺されっちまいますって!」
泣き言を喚き続けるボウハナゲや、この場で処刑されないと聞いて心底ほっとしている男たちを見ていると、なんだか私の心がモヤモヤする。
「男の子は男らしく」って言葉は自分の勝手な先入観だとは分かっているけど、リルカ探検隊のお兄ちゃんたちはきっとこんな態度はとらないだろうな。
やっぱり男の子も女の子も、強く、格好良く、誇り高くあってほしいわ。
◆◆◆
男たちを放置して、ボウハナゲを引っ張って、山を登っていく。
山の中腹に開けた場所があり、そこに大きな集落があった。
集落の入り口へと進むと、不思議な口の形をした女性たち出てきた。その女性たちの下唇には小さなお皿が嵌っている。何を言っているのか伝わらないと思うけど、歯の下には綺麗に下唇で縁どられたカラフルな小皿がこっちを向いている。自分の下唇に小皿をねじ込んでもあんな形にはならなさそうだ。さらにみんな同じようにお腹が大きい。太っているわけではなく、妊娠しているみたい。みんながみんな妊娠していて、下唇に小皿を入れている。どうなっているの?
そんな彼女たちがボウハナゲを指差して騒いでいる。
バツが悪そうに口角を下げてハの字眉毛の泣きそうな顔を背けて隠そうとするボウハナゲは、両手を背中で縛られたまま腰につけられた紐を馬に引っ張られて歩かされている。
集落の中ほどまで入っていくと、大きくて太った女性が、これまた大きなお腹を抱えるようにして駆け寄ってきた。うわ、顔のシルエットが明らかにおかしい。何これ。下唇に私の顔くらい大きなお皿が嵌っているよ!? 皿がクチビル? クチビルが皿? 良く分からないけどとりあえずサラビルゲと命名しよう。
「ンベウ! なんだわさ、その罪人のような恰好は!? マスケットがあれば天下無敵じゃなかったのかい!? 情けないねぇ。恥ずかしいねぇ。みっともないねぇ。ガハハハ!」
サラビルゲは私たちには目もくれず、俯くボウハナゲの顔を下から抉り込むように、顔を近づけて煽りまくる。あ、ボウハナゲはンベウって名前なんだね。
……。覚えにくいからボウハナゲのままでいいか。
「クーデターとか言って奴隷狩りに出て行ったくせに、罪人として戻ってきて、今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? 本当のところを聞かせるだわさ!」
心底愉快そうに、そして嘲り笑う表情で、ボウハナゲの右から左から何度も顔を覗き込む。両腕を身体の横にピタリとつけて、両手首だけで小鳥のようにピコピコと羽ばたかせているのがまた思わず引っ叩きたくなるほどウザい。
ボウハナゲは顔を赤くしたまま、その度に顔を背けて、固く握った拳が悔しさに震えている。
その姿に満足したのか、ようやく私たちに視線を移す。
「アンタがやったのかい! この人数でやっつけるなんて女らしい強さだね、女の中の女だわさ! あたしゃこの部族の長、ムンダだよ。このンベウとその尻にくっついてた意気地なし共はどうしたんだい?」
お母様に憧れるような顔を向けて話すサラビルゲに、奴隷狩りを返り討ちにしたこと、山の麓の木に縛り付けてあること、処分を任せる旨を伝える。
それを聞いたサラビルゲは深くため息をついて憐れむように言葉を吐きだす。
「本当に情けない奴らだね。まあ男だから仕方ないね。うちでしっかりと躾けしなおすだわさ。殺さないでくれてありがとね。子供たちに引き取りに行かせるよ。」
やれやれとプチムカつくジェスチャーを続けるサラビルゲに対して、
どうしても我慢できなくなった私は好奇心のままに疑問をぶつけたくなった。




