6歳2月(9)
6歳2月(9)
「もう回り込むのは止めるし。籠なんて知らないし。見たことも食べたこともないし。加護は……そうだ! 水の中に棲む生物による毒や病気をすべて無効にしてやるし。これでクラゲの毒も問題ないし。」
「おーすごい。さすが神様だわ。でも本当?」
それでもなおククリを手に持ったまま顔を近づけて疑いの目を向ける。
「あったり前だし! ヌフは神様だし! 神様は嘘つかないし!」
「嘘は言わなくても冗談は言うじゃない。毒が無効だと思ってクラゲに刺されたらまた死ぬほど痛い思いするんだから冗談じゃ済まさないわよ。」
私はなおも疑いの眼差しでヌフ神様の目をジッと見つめる。
「冗談じゃないし! 起きればすぐに理解するし。本当ならクラゲに刺された痛みは1週間以上残るはずだけど、何も違和感なくなっているはずだし。」
ヌフ神様は必死の様子で大袈裟に身振り手振りして身の潔白を訴えてくる。その目は真剣そのもので嘘を言っているようには見えない。でも……。
「やっぱり信用できないわ。“指切り”できる?」
「指を切るとか怖いし。そんなの嫌だし。でも嘘ついてないし。」
ヌフ神様も困り顔だ。それもそうね。
「違うわよ。“指切拳万”という約束厳守のおまじない。こうするのよ。」
お互いの右手の小指をフックの様に曲げて絡ませる。
「いい、こう唱えるの。私の後に続けて唱えてね。」
お互いの右手を上下に振りながら私はリズムをつけて歌うように唱える。
「指切拳万♪ 嘘ついたら針千本飲ーます♪ 指切った♪」
2人が歌い終わると同時に絡ませていた小指を離す。
「え? なんか言われるままに一緒に唱えたけど、酷く物騒な言葉だし。どんな意味か分からないし。」
「言葉の通りよ。嘘ついたら指を切り落す。そして拳骨を1万回叩き込む。そして縫い針を千本飲み込んでもらうわ。」
「何それ怖いし! 神様助けてし。いや神様は自分だったし。」
「混乱しなくて大丈夫よ。嘘じゃないんでしょ。本当なんでしょ。だったら何も問題ないわ。」
「本当だし! 嘘じゃないし! ……いくつかの生物の病気がちょっと怪しかったけど、今ちゃんと確認して加護をかけ直したし!」
「え? それってダメじゃない。このククリで神様の指って切れるのかしら。」
「もう大丈夫だし! 何も問題ないし! 本当にもう抜け洩れなく全ての水の中に棲む生物の毒も病気も無効だし! 一生そのままだし!」
「まあいいわ。信じてあげる。そういえば起きた後にヌフ神様と会いたかったらどうすればいいの?」
「船のあるところでしか会えないし。」
「そういえば私が倒れたところの傍には打ち捨てられた小舟があったわね。せっかく加護をもらったのに、船がある所じゃないと会えないのは不便だわ。」
「じゃあこれをやるし。」
投げ渡されたのは私の親指ほどの小さなブローチ。
台座は銀色で、その上には小舟の形をした青く透明なガラスのようなもの。
「これでヌフ神様といつでも会えるのね。不思議な素材だわ。何でできているの?」
「アクアマリンだし。偉大なる海の力が宿る、船乗りたちのお守りだし。」
海の力が宿る。そう信じられるのは、心が吸い込まれる様な青さのせい。
「ありがとう。大切にするわ。そろそろ行かなきゃ。きっとお母様たちが心配してるから。」
「いつか船を造るし。大きくて強い、どこまでいける船を造るし。約束だし。」
「分かったわ。約束する。またね!」
深い藍色が入り混じった不思議な空間は白く霞み、ヌフ神様も一緒にかき消える。
代わりに見えてきたのは満天の星空。
焚き火の明かりでほんのり照らされるおタマさんの顏。
私は夢を見ていたのかな。
「あ、リルカちゃんが目を覚ましたばい! 辛くない?」
まだ夢現な状態で、おタマさんの問いかけに応えるように身体の調子を確かめる。
クラゲに刺された足は痛くない。刺された場所を右手で擦ってもヒリヒリしない。
右足を動かしてみても痛くもなんともない。本当にヌフ神様の加護をもらったかのよう。
上半身を起こして辺りを見回すと、どこか丘のような場所で野営準備をしている。
私が気絶している間に運ばれたのだろう。
「リルカ! 無理に起きないで。一週間は安静よ。」
「お母様、大丈夫よ。もう全然痛くないわ。神様の加護を貰ったから。」
「そんなわけないでしょ。夢を見たのね。足だってとんでもなく腫れて……。ないわね。」
お母様が不思議そうに私の右足を見ている間に、左手に何かを握っている感触を思い出した。
ゆっくりと手を開くと小舟のブローチがでてきた。
ああ、やっぱり夢じゃなかったんだ。
ヌフ神様、船を造るって約束、いつかきっと守るからね。
その夜は覚悟していたお母様のお説教が無く、普段通りに優しく抱っこされて眠るまでお母様がお伽話をしてくれた。
その日のお伽話は、馬がいなくても走る魔法の馬車とそれにぶつかってしまう母子のお話し。
最後まで聞く前に寝ちゃったから結末は分からない。
ちょっと悲しい物語だったから改めて聞かなくてもいいかな。
◆◆◆
翌日、私の身体がまったく問題なかったため、お母様と普段通りの特訓が続き、私がヘロヘロになって動けなくなった頃に次の町へと着いた。
道は疎らに立つ農家らしき建物を縫うように進み、町の中心部に辿り着くと大きなポルトガル風の建物が建ち並んでいる。
交易拠点もあり、私たち王族のトーテムであるライオンのレリーフが掲げられている。
つまりここもムウェネムタパ王国の治める町だということだ。
しかしここが王国の一番端っこで国境となる。
ここから北はすぐにマラヴィ帝国だ。
「さあ、ボンス・シスナイスの町を探検よ! でもポルトガル語の町名って珍しいわ。“良い兆し”っていう意味よね。縁起が良いじゃない。」
「リルカ、ここの石碑を読んでみなさい。ポルトガル語の勉強よ。」
「むむ! なになに?」
この町はなんでも1498年1月25日に、ヴァスコ・ダ・ガマ率いるインド航路開拓の探検船団が上陸して約一ヶ月間滞在したことから発生した町なんですって。だいたい70年前くらいだわ。
そして世界で初めてヨーロッパから海路にてインドを目指していたヴァスコ・ダ・ガマは、本当にインドに辿り着けるか手探り状態の探検中であり、この辺りの商人が売るものをみて、
“インドっぽい商品があるぞ! こいつはインドが近いっていう吉兆だ!”
(良い兆し=GoodSign=ボンス・シスナイス)
といって、この地にボンス・シスナイスという名前を付けたそうな。
「……って、書いてあるように読めるわ。お母様、合ってる?」
「そのとおり、ここが我が国とポルトガルとの初めての接点だったみたいね。この石碑はヴァスコ・ダ・ガマが置いて行ったみたいだけど、洪水の時に流されてしまって、後で町の人が作り直して今は2代目ですって。」
この町は大きなツェンベレ川から枝分かれした支流の一つが海にそそぐ河口にあり、
度重なる洪水により埋め立てられた遠浅な浜辺のせいで大型の船が近づけず、沖に停泊した船から小舟で行き来しているようだ。
きっとこの不便のせいだろうか、初めての交易拠点が設置された場所の割には中心部以外はのどかな農村といった風情で、大型の船で直接乗り付けることができるテテやセナの方が町として発展している。
しかし中心部の建物は厳めしく頑強に作られたものが多く、単なる農村、単なる港町というには違和感がある。これは謎だわ。
そう、そこに謎があるなら探検するしかない!
リルカ探検隊(ひとりだけど)出動よ!




