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6歳2月(8)

6歳2月(8)


不思議な物体を見つけた。


おスミさんが見つめるその波打ち際には打ち捨てられた小さな小舟の残骸がひとつ、その脇に青く透き通った物体が見える。

近づいてみると大きさは私の握り拳ほどで、袋状にプリッと膨らんだ長い本体は槍でつついたら破裂しそう。そこに同じく青透明で魚の背ヒレのようなものが大きくついている。


あれだ。

形で言うなら焼き餃子。

おタマさんの得意料理だわ。

青く透明な焼き餃子。しかも私の拳くらいのジャンボサイズ。

プルプルしてちょっとおいしそう。

ツマミ上げてみると細い糸みたいなものが下に伸びている。


「お母様、これ綺麗だよ!」


お母様に見せようと持っていくと、私がワニに出会った時と同じように全身の毛を逆立て驚いて、目にもとまらぬ速さで大きく後ずさる。


「リルカ、ポイって捨てなさい! 誰も居ない方へ!」


「えー。だって綺麗だよ。プリップリでコリッコリで美味しく食べられそうじゃない?」


もっと良く見てもらおうと青透明餃子を差し出して近づくと、お母様は必死の形相で腰の刀に手をかけて抜刀の構え。


「リルカ、死んじゃうから! 早く捨てて!」


え? なに? お母様はこの青透明餃子が苦手なのかな。お母様に弱点だなんて珍しいわね。でも死んじゃうって大げさよね。苦手だからって刀まで抜かなくても。

大丈夫よ。お母様の嫌がる事しないから。ごめんね青透明餃子。ばいばい。

右手に持つプルプルした物体を、誰も居ない砂浜へ向かって軽く放り投げる。


青透明餃子から伸びる細く長い糸が弧を描くように追いかけていき、その端が撫でるように私の右脛辺りに触れた気がした。


刹那


私の右足に発生した爆発したような激痛は瞬く間に全身に広がる。


「うみゃばばばばばばば! あびゃー!」


全身の神経が連鎖的に爆発したように悲鳴を上げている。

私は全身が硬直してその場で倒れ込み、身体の中で針でできた蛇が足の先から頭の天辺まで全力で駆けっこしているように激痛が続き、痺れとパニック状態で何も考えられない。


「リルカ!」


お母様の声が遙か遠くに聞こえる。余りの激痛と痺れに視界が暗くなっていく。

そっか、お母様が言っていた“死んじゃう”って私のことだったんだ。

そんなことを考えながら意識を手放した。


◆◆◆


「おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない。」


「え? あなた何者? 勇者って私? 私、死んじゃったの!?」


目を覚まして上体を起こすと、どこを見ても水平線辺りで見たような深い藍色が入り混じったような不思議な空間。そこに1人、白いだぼだぼなローブを纏った魔法使いのような老人が目の前に立っている。いや、正確に言えば浮いているのだろうか。この空間には空も地面も無く、私も座っているのか浮いているのか分からない。

老人を観察してみると、肌は私たちのように黒く、白髪はチリチリと縮れて肩よりも長く伸びている。


「あっ、人相書きで見たわ。パニック戦隊ワニタタクンジャーの1人ね。ヘンテコな人。」


「そいつとは違うし。ヌフは神様だし。」


「えー。神様って白いローブを着ているんだ。そういえば神様ってことになっているお父様もよく白いローブを着ていたわね。それはまあいいとしてヌフ神様っていうのね、私は死んじゃったの?」


「いや、一度言ってみたかっただけで単なる冗談だし。死んでもいないし勇者でもないし。」


「……。ククリの試し斬りがしたくなってきたわ。ヴィシュヌ神の加護があれば、どこぞの神様も斬れるかしら。」


腰の後ろからククリを引き抜くと、不思議な空間のせいか刀身が鈍く光りを放った。


「ほんとやめて。洒落にならないし。」


「私の方こそ洒落にならないわよ。本当に死んでないのでしょうね?」


「死んでないし。あれはクラゲに刺されただけだし。」


「本当に? 蜂に刺された時と比べ物にならないほど痛かったわよ?」


「やめるし! 切っ先をこっちに向けるなし。あれは“ポルトガル軍艦”と呼ばれるクラゲで、刺されると世界でも最高峰の激痛を味わう毒クラゲだし。」


「世界最高の激痛……。むしろ良く死ななかったわね。私。」


「君の母親が最善の処置をしてくれたし。今も海水で洗い、タオルで刺胞を拭きとって45度に温めた海水にゆっくりつけることで毒を緩和しているし。」


「さすがお母様ね。また心配かけちゃったわ。でも私が死ぬわけじゃないなら、ヌフ神様はなんで出てきたの?」


「ようやく聞いてくれたし。ワシは船の神様だし。船の作り方を教えに来たし。」


「要するに私もクラゲも全然関係ないのね。はあ、何の役に立つのか分からないけど、とりあえず教えてもらおうかな。」


「やっとまともに聞いてくれる人間がいたし!」


嬉々として大げさな身振り手振りで説明を始めるヌフ神様。よっぽど話し相手に飢えていたのね。

なんでも船の神様が言うには、私がテテの町で見たポルトガルの船も、川を渡すのに使っている小さな船も基本は鶏の骨格と同じらしい。鶏の首から繋がる背骨の部分を“竜骨”として、肋骨に当たる部分を肋材と見立て、あとは梁で補強して外装を張れば船になるんだって。簡単ね。


しかし船の神様はここから本番とばかりに熱くなって“船の下には水中に翼が必要だ”と語り出した。

流体力学とか復原力とかロングキールとかフィンキールとかツインキールとか複雑すぎ!

でも神様が話すごとに言葉や絵が頭に直接書きこまれていくように流れ込んでいく。

これ以上は頭がパンクしそうで限界だわ。


「もう十分よ! それにあんなに恐ろしいクラゲがいる海で船から落ちたら怖いわ。」


「クラゲなんてまったく怖くないし。あのクラゲの天敵もその辺にたくさんいるし。ブルードラゴンとか本当に天使っぽいし。ブルードラゴンは“ポルトガル軍艦”クラゲなんて簡単に喰い尽くすし。」


ヌフ神様がどこから掬ったのか両手に溜めた水の中で見せてくれたブルードラゴンは全長3㎝程度の小さな細長い筒のような本体を持つ生き物だった。でもあのクラゲより鮮やかな青のお花が咲いているような手足と尻尾。可愛いを通り越して美しい姿は確かに天使のように見える。


「ふわー。この子たちを飼っていたらクラゲは怖くないのね。」


「でもクラゲの毒を身体に蓄えているから触ると同じくらい危険だし。」


「同じくらい危険じゃダメじゃん!」


「海に出ればクラゲよりも遙かに危険なことがたくさんあるし。それらを乗り越えるための船だし。」


「良い船があればどんな危険も乗り越えられるってことね。」


「もちろんだし。船ってば最高だし。良い船さえあれば他に何も無くても航海は順風満帆無病息災無事故無違反安産祈願失せ物見つかるだし。」


「本当は?」


「本当は危険を乗り越えるのは90%が運だし。残り9%が知識と勇気と仲間で、船とか最後の1%くらいだし。」


「ちょっとククリの素振りをするからそこを動かないでね。」


ククリを抜き放つとヌフ神様の周りを回る様に踊り、ヌフ神様の顏ギリギリを掠めるようにククリを振り回す。


「まて! 良く分かったし。加護をあげるから素振りを止めるし。あっー。」


仰け反る様に避けたヌフ神様の目の前を掠めたククリが長く伸びた白髪を数本切り落とした。


「今の! 本当に斬られるところだったし! 髪の毛切れてるし!」


「ごめんなさい。手元が狂ったわ。それで、加護ってなによ。編んだ籠を頭上に掲げて“カゴあーげた”とかくだらない冗談だったらククリの切れ味を試すから覚悟してね。」


ヌフ神様は“ポルトガル軍艦”クラゲに刺されたかの如く身体を飛び上がらせて硬直し、目が泳いでいる。背中で後ろ手に隠し持っているものは何? まさか本当に籠を持っているの? ククリを構えながらじりじりと神様の背後へ回り込むように覗き込むと、神様は必死に向きを変えて背中の何かを隠す。怪しいわ。


私とヌフ神様はクルクルとお互いを回り続けた。

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