6歳2月(5)
6歳2月(5)
野営地に設置された大天幕はとても大きく、通常ならば王様とその護衛など20名以上とその身の回りの荷物が入る。しかし今日泊まるのは私とお母様だけで、荷物なんて大したものではない。ガランと開けた天幕中央に建つ柱には複数のランプが煌々と光り、その下に4名分の椅子とテーブルが置かれている。
テーブルの上にはすでにいくつか料理が並んでおり、さらに温かい料理をおタマさんがワゴンで運んできた。
「ハンナ将軍は遅くなるけん、リルカちゃんは先に食べて、寝なっせ。」
お母様はお仕事が忙しくて、晩御飯に帰ってこれないことも多い。
そんな時はいつもおタマさんとおスミさんが一緒にご飯を食べてくれる。
どんなご馳走も1人で食べると味気ないものね。
「今日は新作料理。テテで仕入れたお魚の切り身を竜田揚げにしてキノコのあんかけをかけたもの。それに酸味のあるカジューアップルを甘く煮てパイ包み焼きしたデザート。」
おスミさんは澄まし顔で説明しているけど、ちょっと鼻息が強くなって胸を張っているのがドヤ感を醸し出している。きっと自信作なのだろう。
「さあさ、リルカちゃん温かいうちに食べなっせ。」
待ちきれないのはおタマさんの方らしい。ニコニコ顔で配膳してくれる口元にきらりと光るヨダレがそう物語っている。
「「「いただきます!」」」
下手に火を通すとパサパサしてしまう淡白な白身の魚が、モロコシを粉にして作ったコーンスターチをまぶして油で揚げる“竜田揚げ”にすることでしっとりプリプリのまま旨味を増して、さらにカラッと揚げられた衣がコクを加えている。
そこにかかるキノコのあんかけがまた堪らない。この辺りで採れるのはヒラタケの一種。ダシが良く出るキノコでその香りがまた食欲をそそる。そこに彩りとなる野菜が入り、カラフルな見た目もシャキッとした食感も楽しい。そしてもう一度コーンスターチが大活躍する。炒めたキノコと野菜にコーンスターチと少量の水、それに醤と砂糖でとろみをつける。これが魔法の様に旨味を閉じ込める。
“あんかけに不味いものなし”
私はそう叫びたい。このままシマにかけて食べても最高なのだ。しかしこのあんかけを更に揚げたての竜田揚げにかけるのだから頭に熱いものがこみ上げて噴火しても無作法を許してほしい。我慢ができるわけないのだ。この“魚の竜田揚げキノコあんかけ”をひと口齧ると、あんかけで程よくしっとりしてそれでいてふやけていない衣がサクっと音を立てて心地良い食感を奏で、プリッとした白身の魚が舌に触る。そこから広がるジューシーな魚の旨味に油のコクが重なって倍の美味さ、さらに上乗せされるキノコの旨味や野菜の旨味が、あんかけの味付けに引き出されて倍の倍の倍。およそ16倍の美味しさの洪水によって私のお箸は止まらない止まらない止まらない。はぐ、んみゃい、はぐぐ、おふふぁふ、んぐんぐ。夢中で食べ続けてしまう。
おっといけない。お腹いっぱいになる前に貴重なデザートも食べなければ。
カジューアップルはカシューナッツの上にくっついているリンゴのような果実。
足が速いのであまり流通しないし、酸味も多く甘味が少ないのでそれほど好んで食べる人もいない。
しかしこの酸味が重要なのだ。お砂糖で煮込んでパイの具にする場合はこの酸味のお蔭でほど良くさっぱりとして上品な味わいとなる。それをバターたっぷりのパイ生地で包んで窯焼き。サックサクなパイ生地を割れば、中から蕩けるように甘く果実感たっぷりな香り。バターのコクと上品な甘みのカジューアップルの具は脳を痺れさせ、胸の中を幸せ一杯にして、思わず“はあぁぁん”と声を漏らしてしまう力が備わっている。
こんな極上の料理が旅で行く先々で食べられるなんて、おタマさんとおスミさんがどれだけ偉大か伝わるだろうか。まさに国宝級なのだ。
お腹いっぱいになって、そんなことを考えているとだんだん眠くなってきた。
「リルカちゃんはもう眠そうたい。ちゃんと歯磨きしなはり。」
歯を磨きながら重くなった瞼を必死に支えながら見渡すと、天幕の奥には広大なベッドが置かれている。
いつもお母様と一緒に寝るベッドの倍くらい大きい。お母様と二人ですら寂しい。
折角の旅先なのに、こんなところで1人で寝たくないなあ。
あっ!
「そうだ! おタマさんとおスミさんも一緒に寝よう! いつもはベッドも狭くて別に寝ているけど、旅だからこそできることよ。私がお母様にお願いするわ。4人で寝たらきっと楽しいもの。たくさんお喋りしてみんなで抱っこして眠るの。きっとすっごく幸せよ」
素晴らしいアイデアを閃いて、ベッドの上で飛び上がって力説する。
おタマさんは笑顔になっておスミさんの顔を伺うが、
「ダメ。リルカ姫はお姫様。私たちは侍女。ケジメが必要。」
おスミさんは口元をきつく結んでそう答えた。
それを見ておタマさんも悲しそうに目を伏せる。
「えー。ご飯は一緒に食べてくれるのに、どうして一緒に寝てくれないの?」
私は抗議のために目いっぱい頬っぺたを膨らませてみせる。
「……。眠るまで手を繋いでいてあげるけん、おやすみ。」
少し困った笑顔でおタマさんが私に毛布を掛けてくれた。
その柔らかい手を握って、頭を撫でられているうちに膨らませた頬っぺたは萎み、意識は遠のいていった。
◆◆◆
「報告します!」
朝、天幕から出るとお母様のところへ伝令の騎馬が走り寄ってきた。
「盗賊団20名がテテの町を襲い、旅芸人の一座を人質にしたようです!」
「なんだと!? すぐに引き返すわ!」
「いえ、それには及びません。“お祭り戦隊アソブンジャー”と名乗る6人組が乱入し、旅芸人一座を全て救出、盗賊団を見事撃退したようです!」
「アソブンジャー……だと? それで、どうなった?」
「旅芸人の女性たちにチヤホヤされてスポンサーになっていたアラブ商人たちと意気投合し、調子に乗った彼らは宴会を始め、観客を巻込んで町中がお祭り状態となり、豪快に金と酒をばら撒いて飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの末に再建中だった宿屋を完全にぶち壊し、捕まえようとした治安維持部隊のパンツたちを蹴散らして逃げ出したようです。現在、似顔絵を配って指名手配中です。」
お母様に渡された似顔絵を覗き込むと、立派なカイゼル髭を生やした男や、普通の人の身長くらい足が長いノッポな男、とんでもなく大きな鼻をしたデブ、猿の様に顔が毛むくじゃらな筋肉男、猫のような耳が生えた可愛い子供と鬣を生やしたライオンの子供のような動物、それに白いだぼだぼなローブを纏った魔法使いのような人が描かれていた。
こんなヘンテコな人たち、見たことないよ。
「人に被害は無いんだな?」
「はっ! 町の半分以上が酔い潰れておりましたが特に人的被害は無く、治安維持部隊も怪我しておりません。」
「ならば無理に追わなくてもよい。しかし警戒を怠るな。」
旅をしているとこういう御伽話に出てきそうな不思議な人たちと出会えたりするのかしら。でもなぜか私にはその騒ぎが楽しそうに聞こえて、参加したかったという後悔に似た気持ちが沸き起こった。
そしてさらに何日か訓練と野営を繰り返すうちに、ようやくセナの村が見えてきた。
◆◆◆
「初めてのセナ探検!」
セナの村はテテからツェンベレ川に沿って東へ下ること250kmくらい。
テテの町から海までのちょうど半分くらいの位置になるみたい。
ここは北にあるマラヴィ帝国のニアサ湖から流れるシーレ川と、ツェンベレ川が合流する地点であり、重要な交易拠点なため、60年ほど前、この国で商売を始めようとしたポルトガルが最初に設置した拠点の1つだ。
今では交易拠点が立っており、ムウェネムタパ王国の徴税官も駐在している。
交易拠点が作られた順番としてはテテよりセナの方が早いが、王都に近いテテの方が発展してしまった。
しかしポルトガル商人に加えてマラヴィ帝国からの商人やアラブ商人も集まり、周辺の交易品が持ち寄られて村には活気がある。
セナの滞在も一日だけ。急いで探検しないと!
「お母様、セナ探検に行ってきます!」
「リルカ1人じゃダメ! せめておスミちゃんと一緒に行きなさい!」
お母様の命令で、おスミさんと一緒に交易拠点を出る。
おスミさんはスタイリッシュな執事服に白い手袋をはめ、顏はターバンのような布でグルグル巻きになって目だけ見えている。
さらに護衛ということでおスミさんの手には槍の様に長い武器が握られている、その先端はお母様の持つ刀のように反った刃が付いていた。
「おスミさん、暑くないの? それに槍なんてもっているの始めて見たよ。」
「白い肌は目立つから仕方ない。これは槍じゃなくて薙刀。突くのではなく切るための武器。2m離れたところから、まな板の玉ねぎを刻める。目がしみなくて便利。」
なんか薙刀の使い方が私のイメージと違ったけど、気にするのはやめよう。
とにかくセナ探検に出発よ。




