6歳2月(4)
6歳2月(4)
「私に剣の舞を教えてください!」
公演の終了後、休憩している主役らしき踊り子のお姉さんの前で、私は膝をついて祈る様にお願いする。
「あらぁ。あなたが踊り子になるにはまだまだ早いわねえ。」
「踊り子になりたいんじゃないの。この重いククリを使いこなせるようになりたいの。お願いお姉さん、ヒントだけでも教えて!」
抜いたククリをお姉さんに柄を向けて差し出す。
それを片手で受け取ったお姉さんは、上半身ごと地面に吸い込まれる様に下がり、慌ててククリを両手で支えて起き上がって目を丸くする。
「あらぁ。本当に重たい剣ねえ。あなたのように小さな身体で使おうなんて、無茶よ。」
そこにヘラヘラとした顔のラムズィが横から出てきた。
「大丈夫だよー。その子はこの劇の主役、黒姫本人なんだよー。教えてあげてよー。」
「まあ! 黒姫がこんな可愛い子だったなんて。何か事情があるのね。どうしてもこの剣を使いたいなら、特別に基本的な動きをいくつか教えてあげる。お代は……ラムズィさん?」
お姉さんは片眉を上げてラムズィに視線を送る。
「ちゃんと御礼は払うともー。でもリルカちゃん、これで演劇に使ったモデル代は帳消しだからねー。」
ラムズィは私の考えなんてお見通しだったわけね。
でもモデル代よりも踊りを教えて貰える方がずっと嬉しい!
ラムズィがニヤリと笑って頷くのをみて、お姉さんは私に優しい笑みを浮かべる。
そしてククリを持ったまま、ゆるやかに舞い始める。
「ゆっくり踊るから見て覚えなさい。」
流れるような動きでククリを振り回す。そんなに力を入れているように見えないのにすごいスピードで振り抜かれる。
「あなたはきっとこの剣と一体になってないわ。剣とあなたで一つの生き物。真の重心を感じなさい。」
次にククリがトリッキーで複雑な動きをし始める。小さく、大きく、縦に、横に。変幻自在に動き回るククリはまるで重さを感じさせない。
「剣を振ったら身体が振り回されるわ。逆よ。身体を振れば剣は振り回せるわ。この剣が進みたい方向を邪魔しないで。思い通り動かすには足捌きと体捌きが重要よ。」
さらにお姉さんはククリを持ったまま回転を始める。速く遅くまた速く、ときおり身体が止まったと思うと、ククリだけがとんでもない速さで振り抜かれる。
「回転は重心に小さく集まれば集まるほど速くなるの、小さくなって回り、大きくなって剣を振るうのよ。」
ククリを持って回転なんて無理だと思ったのに。こんなに美しくコマのように回っている。初めて持った剣での舞がこんなに芸術的だなんて、このお姉さんは女神さまに違いない。
「こんなものね。基本をしっかり身につければ色々と応用できるわ。」
大きく一息ついてククリを差し出してくるお姉さん。
「ありがとう、女神さま! 毎日練習するわ。いつか王都ツォンゴンベにも踊りに来てね!」
「あらあら。踊り子から女神さまに昇格したわぁ。ラムズィさん、お代を弾んで頂戴ね。」
お姉さんのウインクに、苦笑いで返すラムズィ。
「あなたの乱入したリュートも楽しかったわよ。惜しいわね。あなたが男の子だったらみんなで色々なサービスしてあげたのに。」
お姉さんが私の頬っぺたにキスをしてくれた。
私が男の子だったら、お姉さんたちみんなでどんなサービスをしてくれたんだろう?
「またいつか会いましょ。」
私は2人へお礼を言って別れ、教会へ向かう。
◆◆◆
市場を駆け抜ける。
途中の魚屋さんでネコを撫でようとしたら逃げられた。
今度は餌を用意してチャレンジしよう。
魚屋のネコだから、餌はやっぱり魚かな?
あっ!あの幟は“リルカ姫の串焼き屋さん”。
テテ支店がもう開店して、孤児院の子供たちとロレンソが焼いているわ。
ロレンソはお料理が得意だから先生役ね。
「ロレンソ久しぶり。3本頂戴。」
「リルカさん! いつこちらに? お蔭様で僕らにも屋台が出せました。僕がどんどん新しいタレを開発するので、試していってくださいね。」
ロレンソの新しいタレは魚醤という魚の旨味とハーブの効いた刺激的な味だった。
クセがある味わいだけど美味しいわ。これは時々来て、新しいタレのチェックしなきゃ。
教会の大きな扉を押すと以前と違いスムースに開いて驚く。ジョイスが長年蹴って歪ませた扉を大工さんが頑張って直したみたい。
「ジョゼ、お祈りに来たわ。」
手に包帯を巻いてはいるが、顔の絆創膏も取れ、だいぶ傷も癒えてきたジョゼがニコリと笑ってくれる。
「おお、マリア。では今日は“アヴェ・マリアの祈り”を教えよう。マリアと同じ名であり、神の母、聖マリア様に捧げる祈りだ。」
祭壇の前で跪き、ロザリオを手に、ジョゼに続いて聖句を紡ぐ。
「明日から2ヶ月ほど旅に出るの。この祈りだけでも毎日唱えて覚えるわ。」
「よろしい。ジョイスは交易拠点で勉強、ロレンソは市場で串焼きを焼いているはずだ。会っておくと良い。マリアの旅に神の御加護があらんことを。」
教会を飛び出して孤児院を見ると、隣の空き地に大きな建物を建築中だった。
これが完成したら、孤児たちも安心して眠れるわね。
市場を戻る様に駆け抜けて、すれ違う治安維持部隊のパンツ男たちとハイタッチでご挨拶。
パンツをチラ見せしなくていいから。その教えは間違っているから!
交易拠点に戻ってジョイスを見つける。
「わあ、リルカちゃん! いつ来たの? あのね、あれからね――。」
ジョイスと抱き合って喜んでから、止まらないお喋りで近況を聞いて、私はネコの置物が大活躍している様子を伝えたわ。
もっと猫の置物を作っておいてくれるって。お父様の裁判が捗るわね。
さあ、明日はさらに南東へ。旅は続くよ。
◆◆◆
「ほらほら、隙だらけよ。」
今はセナの村への移動途中。
川に沿って下る道は平坦で、馬はのんびりと歩を進めている。
私は馬の上でククリを持って下手くそな踊りのように左右へ身を捩っている。
隣ではギンシャリに乗るお母様が長い棒を振るう。突き出す。
槍の攻撃をククリで受け流す練習だ。
「動きがチグハグね。考えて動きなさい。」
今日もまた腕も膝もプルップルだ。
しかしなんとしても踊りのお姉さんが教えてくれた基本を身につけたい。
まだ思ったように身体が動かないけど、地上でも馬上でも基本は変わらないはず。
途中の休憩でも、地面の上で踊りの基本を繰り返した。
日が傾いた頃、設営された野営地でご飯を用意しているおタマさんとおスミさんが、ククリを持って踊る私の隣を通りがかった。
「リルカちゃん、がんばるとね。」
レースのフリルがひらひらと可愛いおタマさんに優しく言われると、なんだか甘えたくなる。
「思ったようにククリが動いてくれないの。もうヘトヘトよ。お腹空いたぁ。」
「リルカ姫、ご飯はできたてが一番。大天幕に用意が。」
スラリとした執事服のおスミさんが言うと、なんだかキュンと来る。
「はーい。大好きなおタマさんとおスミさんと一緒に食べよう。」
おタマさんとおスミさんの腕を自分の両腕に絡めて歩き出す。
美味しい食事が食べられることよりも。この2人と一緒にいられる方が嬉しい。
グゥ……。
……。
お腹の虫と相談して、やっぱり美味しい食事も嬉しいと訂正しておく。
美味しい食事は大好きな人と食べるのが一番よね!
お母様はお仕事かなあ。




