6歳2月(1)
6歳2月(1)
雨季もそろそろ終わりの時期。
赤い大地に陽炎が揺らめくほどお日様は眩しく照りつけ、どこまでも高く続いていく深く蒼い空が広がる日が増えてきた。
そんな夏の暑さも最高に達する2月のある日、私はお母様に呼ばれてキノコ爺の工房へとやってきた。
「やっとリルカの装備が揃ったわ。受け取りなさい。」
やりきった感のある笑顔のお母様が宣言すると、
キノコ爺が持ってきたのは1mより少し長い小さな弓と、1mより少し短い大きな剣。
小さな弓は不思議な形をしている。良く見る一本の木材を半月型に曲げて弦が張ってある形ではない。
木材以外にも様々な素材が複雑に組み合わされており、間接がいくつもあって複雑に折れ曲がっている。
「リルカは今まで身体が小さくて手も短かったから、力はあっても長弓が引けなかったじゃない。でもこの複合弓は弦を引く距離が短くても長弓と同じくらいの距離を飛ばせるわ。」
試しに弦を引いてみると、とんでもなく抵抗が強い。
両手で弓持ち、弦に足をかけて全身で反り返るように引いてみたけど、それでも思ったように引けない。
一本の木で作られた弓のように全体が均等にしなるわけではなく、各部位が変形して、より強い力で戻ろうとしている。
「なにこれ! 全然引けないよ?」
「今までリルカが使っていた子供用の弓と違うもの。引くにはきちんとした姿勢と技術が必要よ。貸してみなさい。」
そういうとお母様は美しい立ち姿から左手に持つ弓を高く掲げ、右手を弦に添える。
そこから両手を降ろすと同時に一気に大きく引き絞った。
弓は冗談のように大きくひしゃげる。いくつもある関節部分が伸びきって悲鳴をあげる。
張り詰めた弦の緊張感は工房中に伝わり、空気まで張り詰める。
ここから放たれる矢はきっと鉄板すら簡単にぶち抜くに違いない。
小さくて、私でも遠くまで飛ばせる。これほど私に相応しい弓はないわ。
引いた弓をゆっくりと戻し、お母様が弓を差し出してくる。
「この半分くらい引ければ十分戦力になるわ。今日から練習ね、リルカ。」
「1週間で全部引けるようになってみせるわ!」
強がりとワクワクが入り混じった気持ちが湧きあがり、ニカッと歯を出して笑って見せる。
「おいおい、5年くらいかけても良いのぢゃよ。その弓の強さはリルカ2人分くらいの重さがあるんぢゃ。ワシだってそう何度も引けんぞ。」
「あっという間に使いこなして、キノコ爺を驚かせてやるんだから!」
「ふぉっふぉっふぉ。楽しみにしておるのぢゃ。次はこのナイフぢゃよ。」
キノコ爺が手渡してきたナイフを気軽に受け取った瞬間、ガクンと刀身が下がり取り落としそうになった。重い。とんでもない密度の鉄の塊だわ。
それは柄を除いた刃渡りだけで60cmほどあり、しかも刃の横幅は私の握りこぶしより広く、石斧のように分厚い。
私の身長が1m30cm弱くらいだから、柄も含めた全長は私の身長の半分以上だ。
そしてこれまた不思議な形をしており、大きく湾曲した刀身の“内側”に刃がついている。
「これはククリというナイフぢゃ。本来は山の中で枝や藪を斬り払ったり、狩った動物を解体するのに使う鉈とか斧が混ざったようなものぢゃな。」
「弓の方は私がリルカのために注文して取り寄せたんだけどね、このククリは偶然頂いた物なの。その刀身を見てごらんなさい。」
幅広い刀身には精緻な紋様が彫刻され、そこに見たことのない文字が並んでいる。
「それはヴィシュヌ神の加護を祈る言葉が彫り込まれているわ。」
「どこの神様なの?」
「インドの神様ね。インドの奥地、山岳地帯で10年ほど前に誕生したゴルカ王国。その建国王ドラヴィヤ・シャハ王は、ヴィシュヌ神の化身とされているの。」
「神様の化身が王様なんて凄いわね。まあ、うちのお父様も同じようなものか。でもどうしてそんな遠くの国から贈り物が来たの?」
「私から建国祝いの贈り物をしたの。その返礼の品よ。これはククリの中でも特別な祭礼用で、生贄の家畜の首を一撃で刎ねるために斧に近い作りになっているわ。素晴らしい出来のククリだったから、リルカ用に柄を改造したりして戦闘用にしたのよ。」
持ち手の部分は私が両手でも持てるように太さも長さも調整されている。
握る指を守るためのハンドガードも付いていて刃の向きを間違えない親切仕様だ。
「手にしっくり馴染むわ。ありがとうキノコ爺。それにしてもお母様は何でも知ってるのね。そんな遠い国ができたことまで知っているなんてすごいわ。インドの奥地のさらに山奥なんでしょ?」
「えーと、昔、友達が居たの。その国出身の兵士でククリと建国の歴史について散々聞かされたわ。」
「そっか、そのお友達が王様になったのね。」
「そうね、その人は王族の末裔だって言ってたから、建国のお祝いを送っておいたのよ。それよりもリルカ、そのククリを振ってみなさいよ。」
なんだか微妙に噛み合っていない会話に首を傾げながら、お母様に促された通りに柄を両手で持ち、構える。
前方に向けた刀身の重さとバランスを取るため身体は後ろに反り、上段に振りかぶるとその反動が大きく重心がふらつく。お腹に力を入れて立て直し、エイヤッと気合を入れて振り下ろして中段でピタリと手を止めると、今度はその反動で両足が浮くように身体ごともっていかれる。鉄の塊を落す様な鈍い音を立ててククリは床の木に突き刺さった。
私は勢いでそのククリの上に乗っかり、顔から床に激突しそうなのを堪えて足をばたつかせている。
「あらあら、腕力は足りているけどリルカの体重が足りないみたいね。これじゃ使いこなせないからリルカがもっと大きくなるまでお預けね。」
やっとのことでククリから降りて、ククリを床から引き抜く。
「いやよ! せっかくの贈り物だもの。これを使うわ。」
「そうねえ、じゃあリルカの筋トレ代わりにしばらくそれを振ってなさい。でも条件として防御を完璧に覚えること。その様子じゃ攻撃なんて無理そうだけど、その刀身は鉄の盾よりも分厚いわ。上手く使って鉄壁の守りにしなさい。」
「防御の練習は好きじゃないけどやるわ。そしてククリをすぐに使いこなしてやるんだから!」
「ふぉっふぉっふぉ。やらなきゃいけないことが山積みぢゃの。本当は鉄砲と刀をプレゼントしてあげたかったのぢゃが、まだまだ間に合わんかったのぢゃ。」
「鉄砲と刀?」
「リルカもテテの町でポルトガル人が鉄の筒を持っていたの見たことあるわね? あれは火薬の爆発で丸い弾を打ち出す鉄砲という武器なの。でも、そのまま真似して作ってもきちんと狙ったところに当てられなくてね。まだまだたくさん改造が必要なの。刀はインドよりも遙かに遠く、東の果てにある国の剣よ。私が使うために何年も前からお取り寄せしていたのだけど、やっと届いたの。」
お母様はそういって部屋の奥から鞘に納められた一本の剣を持ってきた。
「昨日、届いたばかりなの。試し斬りもまだだわ。」
浅く弧を描く鞘から抜き放たれた鈍く光る鋼は、私のククリより長く、刃の幅も広く、分厚く、そして鳥肌が立つほど美しかった。私のククリの精緻な装飾とは逆に、ほぼ装飾を加えない質素な造りをしている。
それなのに、研ぎ澄まされた刀身は吸い込まれそうになるほど目が離せない。
「リルカ、そこの使わなそうな板切れをこっちに放り投げて。」
私の掌くらいの大きさの板切れを、柄をお顔の横まで上げて上段に構えるお母様に向かって山なりに軽く放る。
板切れはゆっくりと弧を描いて宙を舞い、お母様の眼前に来た時、その手元が一瞬光った。
私の目に見えたのはそれだけだった。私はそんなに長く瞬きをしてしまったのだろうか。
お母様は刀を振り切って下段に構えており、板切れは4つに分かれて落ちていた。
斬る音すら聞こえていない。いつ斬られたのかも分からない。少なくとも2回は斬ったのだろう。板切れは4つに分かれているのだから。
そしてさらに驚くべきことは、板を拾って斬られたところを合わせてみたら、切り口がまったく見えなかったのだ。4枚集めて組み合わせたらまるで元通りの一枚板に見える。
普通は刃物で物を斬れば歪み、変形する。切り口がぴったり合う事なんて無い。
凄まじいのはお母様の腕前なのか、刀なのか。
どちらにせよ同じように動物が斬られたら、その動物はきっと斬られたことすら気が付かないだろう。
そう考えたら刀の美しさがとても恐ろしいものに見えてきた。
それでも心は刀身の放つ光に捕えられ、目を離すことができない。
「折れず、曲がらずの刀よ。同田貫という場所で作られたの。」
「凄いわ。魔法の刀ね。お母様、私にも使えるかしら?」
「刀は剣とは違う練習が必要なの。もっと練習して、もっと身長が伸びたらリルカも使えるわ。実はリルカの分はもう発注してあるの。届くまで何年かかるか分からないけど、それまで頑張って練習しなさい。」
「練習するわ! ククリを使いこなして、刀も使えるようになる!」
「ふふ、頑張りなさい。」
そしてお母様とキノコ爺で鉄砲の改造話が盛り上がる。ライフリングとか弾丸の形とか難しい話が沢山。
「お母様、今お話ししていたライフリングの話で、弾が回転するとなぜ遠くまで飛ぶの?」
「遠くまで飛ぶわけじゃないわ。真っ直ぐ飛ぶのよ。リルカはコマって遊び道具見たことある? これよ。」
お母様が鉄製の小さな塊に紐を巻き付けて、床にサッと投げつける。
鉄の塊は回転しながらフラフラと移動している。
「すごい。倒れずに、ずっと回っているわ。」
「回転すると安定する力が働くの。ジャイロ効果というのよ。そのお蔭で真っ直ぐに飛ぶの。」
「そっか、安定する力! こうね!」
私はククリを構えたままグルグルと回り出す。しかしククリの重さに振り回されるし目が回るし。
「危ない! リルカ止めなさい!」
お母様にククリを奪い取られて私は床に転げる。目が回って気持ち悪い。
「ダメだわ~。 全然安定しないわ~。」
「もう回るのは止めなさい。いいわね。」
へたり込んでいる私をほったらかしに、工房ではキノコ爺が次々に道具を持ってきてはお母様が確認していく。鉄製の筒や黒い塊がくっ付いた棒。それになんだろうあのキラキラした平たい石は。
「お母様、そのキラキラした宝石はなに? とっても綺麗ね。」
「リルカが教えてくれたじゃない。テテの町で買ったコップよ。」
「ええー、壊しちゃったの? すっごく高かったのに。」
「壊したんじゃないの。部品を切り出したのよ。ほら、見てごらんなさい。」
丸く平たい小さなガラスを覗くと、下の机が歪んで、大きく見えたり小さく見えたり。
「何これ! 不思議!」
「これを組み合わせるとね。これを覗いてごらんなさい。」
お母様から渡された小さな筒を覗き込む。
「遠くの景色が目の前にあるみたい!」
「あのコップから切り出したガラスを磨いて、レンズという部品を作ったの。もっと大きなものが欲しいからこれは実験用にして新たにお取り寄せね。」
またお母様は凄い金額のお取り寄せを簡単にいうわね。お父様の泣きそうな顔が脳裏に浮かぶわ。
「さて、これで次の旅に使う道具はだいたい揃いそうね。」
「旅? お母様が旅に出ちゃうの?」
「何言っているの。リルカも行くのよ。その弓もククリもそのための装備よ。」
「やったー! 何をしに、どこへ行くの?」
「視察と外交ね。とりあえず南東に向かって海岸あたりまで視察してから北へ。最終目的地はマラヴィ帝国。」
「マラヴィ帝国は北東にある仲の良い国ね。授業で習ったわ。外交ってことはお父様も一緒に行くの?」
「お父さんはお仕事が沢山あるから行けないの。でもおタマちゃんとおスミちゃんが一緒よ。」
「わーい、道中もずっと美味しい物が食べられるね。キノコ爺、お土産は何が良い?」
「ワシはリルカが無事に戻ってくれれば何でもいいのぢゃ。ふぉっふぉっふぉ。」
「キノコ爺は心配性ね。お母様が一緒だもの。絶対の絶対に大丈夫よ! うふふ、初めての町、初めての国、見たことの無い世界を探検する旅か。すっごい楽しみだわ。」
こうして旅の準備が始まった。




