6歳1月(29)
6歳1月(28)~(30)の3話分がひとまとまりのお話しです。
6歳1月(29)
私は白い天幕に頭を入れて、ため息をつく。
『はあ。お父様、2年前の注文なんて無効じゃないの? 半年って期限つけてるじゃない。』
『これはイスラム教の弊害でね。イスラム教の奴らにとっての“物事ができる、できない”は、すべて神様の下で未来が決まっているものなんだ。だから、期限までに作れなかったのは“神様が望んだ”から。俺はまったく悪くない。そういう考えなんだ。そのイスラム教の考えが古くからショナ人にも浸透していてね。このクンヤって商人も同じ考えなんだろう。まったく悪いとは思ってないよ。』
『ああ、確かにテテの町で会ったアラブ商人のラムズィも“アッラーがお望みならば”とかって言ってたわね。でも期限が守れなかったら商売にならないじゃない。』
『だから契約書を交わすんだ。紙に書かれたものだけが真実なのだが。』
天幕から顔を抜いて、お白洲で顔を赤くして怒っているカルルシュに聞く。
「カルルシュ。あなた契約書は持って無いの?」
「こいつらが契約書にすることを拒否したんだ! だからクンヤも契約書なんて持ってない。そもそも口約束なんだから、無効でもいい話だ!」
「ちょっとまってなさい。」
また天幕に顔を入れる。
『お父様、契約書が無いって言ってるわ。こんなのどちらが正しいか判断できないじゃない。しかもクンヤが証拠だっていう宣託ってなに?』
『困ったことに、この国の裁判では霊媒師が神様から受けた言葉が証拠になると信じられているんだ。』
『ええ! 証言や証拠に基づいた事実じゃなくて、神様のお告げが証拠になるの?』
『宣託を証拠とすることは法律で禁止したはずなんだ。厳然たる事実しか認めないって。だからこの最高裁判所は俺がいるから絶対に宣託を証拠として採用しない。でもこの国において霊媒師の宣託は真実だってことになっているから、ここ以外では証拠とするところが多いな。早く改めたい古い習わしだよ。』
『宣託が唯一の証拠ってことは、他にまともな証拠が無いってことよね? じゃあ職人は誰に殺されたの?』
『それはもう調べてある。リルカ、今から俺のいう台詞を正確に伝えるんだ。』
『えー、また?』
◆◆◆
「クンヤとその仲間よ。ムウェネムタパ王はこの世のすべてを知っているわ。貴様らのいう職人なんて、そもそも存在していない。作られたという木彫りのトーテムに関してはそれを買ったという商人を別に見つけたわ。つまり存在しない職人殺しの罪、存在しない神像盗みの罪、それらをカルルシェに被せて賠償金を奪おうとした。真実はこうではなかったの?」
「そいつは何かのお間違いでやす。名裁判で知られる王様とも思えやせんぜ。」
「その方らの悪巧み、確かに聞いたものが居るわ。遊び人のネコさんという者が……。」
また遊び人のネコさんなの? どれだけ遊びまわっているのよ!
「ネコさん……? はて、そんな者は知りやせんぜ。本当にネコさんなるものが居るのならば、今この場に連れてきていただきやしょうか!」
職人たちが口々にネコさんを連れてこいと囃し立てる。
「おだまりなさい! そう、そんなに言うなら、拝ませてあげるわ! ほら! この見事に掘られた可愛いネコの置物、忘れたとは言わせないわよ!」
ジョイスが掘ったネコの置物をみんなに見せつける!
クンヤたちは黒い顔を真っ青にして驚いている。
よっぽどネコの置物が可愛かったのね。
「ポルトガル商人との商売に失敗しただけではなく難癖をつけて罠にはめ、霊媒師まで使って証拠を捏造して騙し、我らショナ人の誇りと信用に傷を付けた罪、決して軽くはないわよ! 」
「すみやせんっ! 噂を聞いたんでやす。今はポルトガル人を訴えるチャンスだって。」
「訴えるチャンスですって? 聞き捨てならないわね。それはどんな噂なの?」
「こちらの将軍が、無礼なポルトガル商人をぼこぼこに殴って全ての金を搾り取ったことで、ポルトガル人の権威は失墜し、今ならポルトガル人を訴えれば誰でも金を貰えるとみんな言ってやす!」
「なんですって!? 将軍は一切殴ってないし、全てのお金は搾り取ってないわ! そりゃちょっとは搾り取ったけど、いやだいぶ搾り取ったけど、そんな噂はでたらめよ! 貴様らは全員の5年分の年収を罰金として支払った上に、1年間、その噂を訂正してまわる奉仕労働を申し付けるわ。引っ立てなさい!」
「ムウェネムタパ王国にも真実と正義に基づいた裁判があって助かったぜ。でもポルトガル人の間でも似たような噂が広がっているんだ。この国の将軍はやべえってな。訂正しておくぜ。」
「カルルシェ、ありがとう。訂正よろしくね。これにて、一件落着!」
私は白い天幕に頭を入れて、愚痴を言う。
『お母様のせいだわ。 テテの町で派手にやるから変な噂が広まるのよ。』
『ショナ人は噂が大好きだからな。どんどんエスカレートしていくんだ。噂は怖いぞ。』
『それにしても地方の裁判所は怖いわね。宣託が証拠とかなんでもありじゃない。』
『最近、ポルトガル人が良く来る地域の裁判所では、カツラが流行っているんだよなあ。』
『なにそれ、知らないわ。どんなもの?』
『馬の毛でできた真っ白でモコモコとカールしていて、胸まで届くほど長い髪のカツラだ。』
『ずいぶん暑苦しいわね、何の意味があるの?』
『いまヨーロッパの司法界で最先端の流行なんだって。それをつけていればポルトガル人も判決に納得するだろうって魂胆だ。海外の権威に頼ろうとするなんて恥ずかしい限りだな。』
『思いきり形から入ったわね。自分の裁きに自信がないのかしら?』
『この俺が必死になって作った法律があるのだから、自信を持ってほしいなあ。』
『もしかしたら王様から与えられた法律だったから自信がないのかもね。裁判する人たちが自分たちで考えて作り上げた法律だったら自信を持てるかもよ。それにカツラに代わる特別なアイテムや服装を決めると誇りを持てるかもね。』
『そっかあ。あいつらみんな集めて法律を作り直させて、ついでに課題になっている憲法も考えさせるかなあ。よし、次の裁判いくぞ。』
◆◆◆
「ほらほらほら! この可愛いネコの置物、じゃらせるモンならじゃらしてみなさいよ!」
「ほらほら! この可愛いネコの置物が貴様らの悪事をちゃーんとお見通しよ!」
「ほら! あの夜にニャンと可愛いかった木彫りのネコ、よもや見忘れたとは言わせないわ!」
「あなたが忘れてもこの可愛いネコの置物が覚えているわ!」
◆◆◆
『はあ、はあ、これでやっと終わり?』
『今日の予定はおしまいだ。リルカ、頑張ったな。』
そこへ遅れて来たお母様が、若い男女の2人を連れて入ってくる。
「最後に飛び込みの裁判を連れてきたわよ。これが訴状ね。」
『ええー。困るよお母さん、俺はちゃんと調べてない裁判はできないよ。』
「私がいるから大丈夫。リルカ、読み上げなさい。」
お母様は私の隣に座り、居住まいを正す。私も天幕から頭を抜いて、訴状を見る。
お父様が調べてないってことは、今回は遊び人のネコさんが出てこないから安心ね!
6歳1月(28)~(30)の3話分がひとまとまりのお話しです。




