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6歳1月(20)

6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。

『劇場版 いうこときかない黒姫の失敗 ~探検テテの町~』

6歳1月(20)


「ジョイスを……。私の友達を返してよ……。うわーん。」


私はまた悲しくやるせなくなって、涙が零れてくる。


「そうだ! ジョイスは? ジョイスー!」


倒れたパンツたちの下敷きとなって立ちあがれないアディルが、必死に這い出ようともがいている脇を一人の男が走り抜ける。


「ジョイス! ジョーイス!」


後方の扉から飛び出してきたロレンソは、アディルの脇を走り抜け、転がるようにジョイスの元へ駆けつける。そして愛しむようにその胸にジョイスの頭を掻き抱いて起す。


「ジョイス! 僕のジョイス! しっかりしろよ! 僕のお嫁さんになるんだろ!」


「ああ、ロレンソ。私のロレンソ。……ごめんね。もうあなたのお嫁さんになれない。」


ジョイス! まだ息があったのね! 早く手当を! って、婚約してたの? ロレンソと?


「約束したじゃないか! 僕と一緒に町を作るんだって! こんなところで死んじゃだめだ!」


「大丈夫、アディルちゃんも、リルカちゃんも助けてくれる。町はきっと作れるわ。私たちの居場所よ。ロレンソ、愛しているわ。もう私はだめ。胸の痛みも無くなってきた。私がいなくなっても悲しまないで。」


あ。アディルがパンツたちの下敷きから必死に這い出る途中のポーズでピタリと固まり、顔の筋肉がすべて弛緩したように開いた口からはよだれが伝い、見開いた目は光を失って血の色をした涙が頬を伝っているわ。いやー! アディル、死なないで!


「ジョイス! 死ぬまでお前だけだ! ジョーイス!」


「ありがとうロレンソ。でも私が死んだらあなた一人で心配だわ。お金の使い方は気を付けてね。料理のことになると無駄遣いしちゃうんだから、ちゃんと貯金をするのよ。あと脱いだシャツは椅子に置きっぱなしにしないでね。洗濯物を溜めちゃだめよ。物が無くなってもイライラしないでちゃんと探せば出てくるからね。それに2日に1回は川で身体を洗ってね。トイレ掃除も同じくらいしなきゃだめよ。それにロレンソは自分のトイレ掃除当番の時にすぐ手を抜くの、バレているんだからね。ちゃんとしないとみんな病気になるわ。あとオナラするときは孤児院の外に出てするのよ。臭くて涙が出ちゃうからね。そうそう、ちゃんと足も毎日洗うのよ。あなたの足の臭いは凶器だからね。もう最後だわ。眠くなってきた。この目を瞑って、次に開いたらきっと天国にいるのよね。」


ああああ、アディルが頭を掻き毟りながらジョイスの一言一言にビクンビクンと身体を跳ねあげて、のたうち回っている! 誰か救護班! 救護班を早く! アディルが死んじゃう! もう止めて! もうアディルの心は真っ二つを通り越して石臼で丁寧に挽かれた小麦粉のように風に舞って消え去りそうよ! ていうか、ジョイスの台詞長くね?


「えっと、ジョイス? ジョイス! 起きろジョーイス!」


「そうだそうだ。ロレンソ、言い忘れていたわ。私のお葬式はお金がかかるから無しにしてね。ジョゼお父さんの稼ぎは減っちゃうけど、孤児院のみんなのお金の方が大事だからね。棺桶もいらないから。死体は適当に土に埋めるか川に流すかしてくれればそれでいいわ。それとジョゼお父さんには誰かお嫁さん見つけてあげてね。あの頑固で融通の利かないキリスト教徒に我慢してくれる女性なんて中々居ないだろうけど、フルーツジュース屋台のお姉さんとかどう? だめ? もう彼氏がいる? そっかー。魚屋のおばちゃんの娘は? 若すぎる? いやでもそのくらいありじゃない? あー。鶏肉屋の若大将にホの字かあ。そりゃ無理だね。ま、気長に探してやってよ。あとね、リルカちゃんにお礼をあげたいんだよね。ロレンソが盗られたお金はそこに落ちてるからさ、そこからリルカちゃんにお金を払ってあげてよ。私が死んでもちゃんと払ってあげてね。なんでって? ほら、私がロザリオの十字架を盗られたって落ち込んでたじゃない。それをリルカちゃんが詐欺師から買い取ってくれたんだって。それで私に譲ってくれたの。もともと私のだけどさ、タダじゃ申し訳ないじゃない。詐欺師に騙されたっていう金額くらいは払えるんでしょ? うん、それでいいよ。そういえば思い出した! お礼の先払いってことで、今日の夕飯の分の屋台から貰ってきた食材をリルカちゃんたちにご馳走しちゃったんだよね。今晩は孤児院に帰っても何も食べる物が無いわ。ロレンソがそのお金使って食材を買って、腕を振るって作ってよね。今夜はお祝いだね。そうだ牛肉! 牛肉って食べてみたかったな。結局死ぬまでに一度も食べられなかったな。ロレンソが作る牛肉料理って美味しいんだろうな。もう私は食べられないな。お祝いだからちょっと贅沢してもいいけど無駄遣いは駄目よ。そのお金は孤児院を立て直して、みんなが食べていくための勉強や投資のために使うんだからね。雨漏りぴっちゃん音楽会とか言ってリルカちゃんに強がったけど、やっぱり雨漏りすると身体が休まらないからね。あ、せっかくだから教会の扉も直そうね。歪んじゃっているのか蹴り飛ばさないと開かないの。私が蹴ったから歪んだって? まあ、どっちでもいいわよ。ちゃんと大工さんにお願いして子供でも開けられるような扉にしてね。お金があったらやりたいことが沢山あったな。私はもう何もできないままここで終わるんだわ。天国ってどんなところかな。神様って優しい人だったらいいな。私を娘として厳しく優しく叱ってくれたジョゼお父さんみたいな人だったらいいな。なんか興奮したら喉が渇いちゃった。最期に屋台のフルーツジュースが飲みたかったよ。いや! いやいや。大丈夫。無理だって分かっているから、わざわざ取りに行かなくていいよ。ごめんね、最期の我儘でロレンソに甘えたかっただけ。水でいいよ。水で。んぐんぐんぐ。ぷはーっ! 美味い! もう一杯!」


終わらないジョイスのお喋りに微妙な視線が集まる中、私はツカツカとジョイスの前まで歩み寄り、その頭に固く握った拳骨を落す。


「痛い! いったーい! 何するのよ! リルカちゃん、あなた前から言おうと思っていたけどちょっと乱暴よね! 私がアディルちゃんの上で足を滑らせて転んだときに蹴り飛ばしたわよね。その時に擦りむいた肘の傷がまだ痛いんだから! ほら、まだ瘡蓋かさぶたができたてのホヤホヤよ! 痛そうでしょ? リルカちゃん、友達だからいうけどさ、暴力はいけないと思うの。イエス様は仰ったわ。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさいって。それで左の頬を打たれたら? もちろんまた右の頬を差し出すのよ! エンドレスよ! 非暴力主義万歳! だいたいね、言葉が通じるんだから口で言いなさいよ。口で。なんでいきなり拳骨なのよ。」


「ジョイス、なんで痛いのよ。痛みを感じなくなったって言ってたじゃない。」


「胸のナイフの話? 私も分からないわよ! こんなに見事にナイフが突き立っているのに痛くなくなっているんだもの。きっと死ぬ間際で感覚が麻痺しているのか、それとも神様が私を可哀想に思って痛みを消してくれているんだわ。」


「でも拳骨は痛いんだ?」


「すっごい痛かったわよ! きっとタンコブができているわ! この後ぷくーって膨らむんだから。リルカちゃんが馬鹿力なのが原因だと思うの。見た目よりも遙かに力が強いわよね。もっと手加減を覚えてよね。」


「擦り傷も痛いんでしょ? ちょっとジョイス! ナイフが刺さったところを見せてみなさいよ。血が出ている様子もないじゃないの!」


「そんな! 止めて! みんなの前で胸を肌蹴はだけさせるなんてふしだらな! いやー! リルカちゃんのエッチー! キャー!」


ジョイスの服の中へと無理矢理に手を突っ込んで、胸元をまさぐり、ナイフを掴んで強引に引き抜く!


「いやー! もうお嫁にいけない! リルカちゃんにけがされたわ! リ……!」


ジョイスの言葉が詰まり、私の右手に注目している全員が驚きで目を丸くする。

ナイフの先に刺さっていたのは、……ロザリオの十字架だった。


ジョイスが孤児院に預けられた時に唯一持っていた十字架。ジョイスが親から愛された証しの十字架。私が譲ってあげた十字架。その大きくぶ厚い十字架はナイフの切っ先を受け止め、ジョイスの命を救ってくれていた。


「あ……。そんな大きなナイフが胸に突き立ったら、死んだ! って思うじゃない? 思うよね! 最初は凄い衝撃があって痛かったしさ。騙すつもりは全然ないのよ! むしろ私も騙されていたっていうか……。」


「生きてた! ジョイズが生ぎでだ! 良がっだあああぁぁぁ! うわーん! 良がっだ~!」


私は友達に抱きついて力一杯に泣き叫んだ。

また会える。また一緒にお喋りできる。また一緒に遊べる。まだずっと友達でいられる。

嬉しい! 嬉しい嬉しい! 嬉しい涙だから、泣いたっていいんだ!

ジョイスは言い訳も途中で止めて、黙って私の頭を撫でてくれている。


しばらく泣いて、落ち着いてきた。

顔を上げると所在無さげなロレンスが口を開く。


「あ、僕は割と大けがしているので、先に帰って寝ますね。じゃ。」


ロレンソは足を引きずるようにして歩いていった。あれってジョイスより大怪我だよね?

周りを見渡すと微妙に冷ややかだったみんなの視線が、“まあ仕方ないか”という諦めに似た生暖かい視線に変わっていた。良かった、のかな?

そして亡霊のような顔を引きらせて無理矢理に口角を上げたアディルがフラフラと近寄ってきた。


「あ……あ……、ジョイスさん……。とりあえず……お疲れ……。生きてて良かった。」


「なによー! アディルちゃん。ジョイスさんとか水臭いぞ! 今まで通りジョイスって呼びなさい。 ジョイスって。」


ジョイスはニッカリ笑ってウインクするも、アディルは言葉の最後の方で泣きそう顔を歪めながらも耐え、返事をせずにクルリと後ろを向いた。そして今にも倒れそうな足取りで去っていく。あ、デデが駆け寄ってアディルを支えてくれた。ありがとうデデ! お母様を呼んでくれてありがとう! そして傷心のアディルを頼むわよ!


6歳1月(1)~(23)までの23話分がひとまとまりのお話しです。

2018年1/1の0時から、2時間毎に1話更新予定です。

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