第6話「憎しみ」
その日は、先生が隣の村まで往診に出かけたため、いつもより長い昼休みを取ることができた。私は少し多めのふかし芋と、清潔な水を入れた水筒を抱え、急いで裏山へと向かった。
木陰に座るロバートは、数日前よりも随分と顔色が良くなっていた。折れた足の添え木を気にしながらも、少しだけ身動きができるようになっている。
「陽子、待っていたよ。今日は少し遅い休みなんだね」
「はい、先生が遠出をされたので。今日はいつもよりゆっくり話せます」
私は彼にふかし芋を差し出し、自分も隣に腰掛けた。風が木々を揺らす音が、心地よく響いている。
「ねえ、ロバート。前から聞きたかったんですけど、どうしてそんなに日本語が上手なんですか?」
私の問いかけに、ロバートはふかし芋を持つ手を止め、懐かしむように目を細めた。
「私の祖父がね、昔、日本の横浜で技術者として働いていたんだ。祖父は日本の街や、優しくて勤勉な日本人のことが大好きでね。アメリカに帰ってからも、私によく日本の話をしてくれた。いつか私も日本にいきたいと思って勉強していたんだ。それがこのような形になるとはね……」
「そう、だったんだ……」
彼の意外な理由に私は少し驚いた。
「でも、戦争が始まって、若い男はみんな呼ばれた。断る選択肢なんてなかったよ。私は飛行機のエンジンに詳しかったから、整備士ではなく、パイロットとして前線に送られた。……祖父が愛した国を、自分の手で爆撃することになるなんて、皮肉なものさ」
ロバートは寂しそうに笑い、遠い空を見つめた。
「だからこそ、早くこの戦いが終わってほしい。故郷へ帰って、妹のエミリーを安心させたいんだ。……私たちの国ではね、みんな『この戦争は世界に平和を取り戻すための正しい戦いだ』と言っている。早く私たちの国が勝てば、世界に本当の平和が来て、日本の人たちだってこれ以上苦しまなくて済む。だから、一日も早く決着がつかなければいけないんだ」
「決着、ですか……」
彼の言葉に、私は胸の奥が少しだけチクリと痛むのを感じた。
「でも、ロバート。あなたたちの国が勝つということは、私たちの国が負けるということですよね? 私たちの街を、国を、これ以上たくさん攻撃するということですか?これ以上たくさんの犠牲者を出すということですか?」
「……それは、仕方ない……、」
ロバートは、私を傷つけないようにと、とても静かで優しい声で言った。それが、かえって私を震えさせた。
「どんな戦争でも、早く終わらせるためには、どちらかが圧倒的な力で勝利しなければならない。長引けば長引くほど、もっと多くの人が死ぬ。だから……一刻も早く戦争を終わらせるための犠牲は、大きな平和のために、どうしても必要なことなんだ」
ロバートにとっては、自分の国で教えられてきた、そして日本をこれ以上傷つけずに済むための「彼なりの正論」だったのかもしれない。けれど、その言葉は私の胸に、真っ赤に焼けた鉄を押し付けられたような激しい痛みを走らせた。
「……必要な、犠牲?」
私の声が低く震えた。ロバートがハッとしてこちらを見る。
「陽子……?」
「今、必要だって言いましたか? 早く終わらせるためなら、仕方がなかって……。じゃあ、数ヶ月前に私たちの街に降ってきたあの爆弾も、必要なものだったんですか!?」
「違うんだ、陽子。私はただ、これ以上被害が広がらないために、客観的に見て――」
「客観的になんて、私には分かりません!」
私は立ち上がった。全身が、怒りと悔しさでガタガタと震えていた。
「あなたたちの言う『必要な犠牲』の中に、私の優しかったお母さんも、お父さんも、まだ八歳だった弟の命も入っているんです! 私たちの命は、あなたたちが平和を作るための、ただの道具じゃない!」
涙が溢れそうになるのを必死に堪え、私は水筒を地面に叩きつけるように置いた。
ロバートは青ざめた顔で、何かを言いたそうに唇を震わせ、ただ私を見上げることしかできなかった。
「日本が好きだなんて、嘘つき。……やっぱり、あなたは私の家族を奪った敵です」
私は彼に背を向け、一歩も振り返ることなく、険しい山道を駆け降りた。
胸の奥で、せっかく消えかけていた憎しみの炎が、さっきよりも激しく燃え盛っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「続きが気になる!」「おもしろい!」と思っていただけましたら、
執筆の励みになりますので、ぜひ下にある
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】
にして、評価と応援をよろしくお願いいたします!
(ブックマーク登録もしていただけると非常に嬉しいです!)




