第5話「ざわめき」
それから数日の間、私はお昼の短い休憩時間になると、先生や村の人たちの目を盗んで山へ通い続けた。
少しずつ傷が癒えてきたロバートは、木陰に身を隠しながら、私が運ぶわずかな食べ物を静かに待っていた。
「陽子、今日もありがとう。……これは?」
「村の人から分けてもらった、ふかし芋です。少し小ぶりですけど」
「十分さ。ここの芋は、とても甘くて美味しい。本当にありがとう。」
「いえ、そういっていただけて。」
彼は大きな手で不器用そうに芋の皮を剥き、嬉しそうに口に運ぶ。その穏やかな横顔を見ていると、彼が恐ろしい戦闘機に乗って空から爆弾を落としていた兵士だとは、どうしても信じられなかった。
「ロバートは、いくつなんですか?」
ふとした疑問を口にすると、彼は芋を飲み込んで指を三本、それから二本立てた。
「二十三歳。陽子は、確か十六だったね」
「はい。じゃあ、私の七つ上ですね」
「私の妹が十四歳だから、ちょうど陽子と歳が近い。名前はエミリー。よく笑う、騒がしい女の子だ。……今頃、私の帰りを待っているだろうか」
「そうですね…」
ロバートは遠い空を見つめ、寂しそうに目を細めた。
彼にも故郷があり、自分を待ってくれている家族がいる。国が違っても、年齢が違っても、家族を想う気持ちは同じなのだと、話せば話すほど分かってしまう。
けれど…彼の口から家族の温かい話を聞くたびに、私の胸の奥で、冷たくて鋭い棘がチクリと疼いた。
(この人は、妹の元へ帰れるかもしれない)
(それは本人にとっても、彼の妹にとってもとても嬉しいことなのかもしれない。)
(でも……でも、私の両親と弟は、もう二度と帰ってこない)
(失われた命は…)
彼がエミリーの話をするときの優しい目を見るのが、時々つらくなった。ロバート個人に罪がないことは分かっている。それでも、彼の国が落とした爆弾のせいで、私の家族の未来は永遠に奪われてしまったのだ。失われたものは、奪われたものは、もう二度もとに戻らない。残ったものの傷でさえ、簡単に癒えることはない。
「陽子? どうしたんだい」
急に黙り込んだ私を心配して、ロバートが覗き込んできた。その碧い瞳に、私はとっさに冷たい視線を返してしまった。
「……なんでもありません」
少しだけ縮まりかけた心の距離が、見えない大きな壁に阻まれて、また弾き返される。
私はまだ、彼のことを心の底から許せたわけではなかった。助けたいという気持ちと、憎いという気持ちが、いつも私の中で激しくせめぎ合っている。
「ごめんなさい、もう戻らないと。……また明日、包帯を替えに来ます」
私は逃げるように立ち上がり、ロバートの呼び止める声を背中で聞きながら、山道を駆け降りた。
私の心は、夏の生ぬるい風の中で、どこへ向かえばいいのか分からずに揺れ続けていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回第6話どうなるのか、お楽しみに!




