第3話「治療」
ちっちっ、と診療所の古い柱時計が深夜の静寂を刻んでいる。
布団の中で何度寝返りを打っても、私の頭からあの異国の兵士の姿が離れなかった。
(本当に何もしないで良いのだろうか…)
(今頃、冷たい夜雨の中で息を引き取っているかもしれない……)
(あの人にも家族はいるのかな……)
(家族は今ごろどんな思いをしているのだろう…)
私の母や弟とあの兵士との姿が重なった瞬間、私は布団を跳ね除けて、気構えていた。
見て見ぬふりなんて、やっぱりできない。敵だろうと何だろうと、私の目の前で失われていい命なんてない。先生も同じことを言っていた。
息を殺し、暗闇に慣れた目で診療所の棚を探る。先生が大切にしている包帯、消毒液、そして貴重な化膿止めの軟膏。それらを大急ぎで風呂敷に詰め込んだ。泥棒のような真似をしている罪悪感で胸が痛んだが、今は躊躇している時間はなかった。
遮光カーテンをそっと押し開き、夜の静寂へと滑り出る。
昼間よりもずっと暗く、不気味な山道。一歩進むたびに恐怖で足がすくみそうになったが、私はただ「間に合ってくれ」と心の中で祈りながら、がむしゃらに坂を駆け上がった。
息を切らしながら、昼間のあの茂みにたどり着く。
月明かりを頼りにのぞき込むと、彼はまだそこにいた。私が置いた笹巻きのおにぎりは、笹だけが残っていた。
「……よかった、生きてる」
かすかな呼吸の音を確かめ、私はその場に膝をついた。
すぐに風呂敷を開き、震える手で彼の破れた上着をそっとめくる。脇腹の傷口は痛々しく裂け、赤黒い血がまだにじみ出ていた。
折れているであろう左足は激しく腫れている。
「少し痛みますよ……我慢してください」
届かないかもしれない言葉をかけながら、私は必死に手を動かした。
傷口を布できれいに拭い、貴重な軟膏をたっぷりと塗る。それから、彼の重い身体を少しだけ浮かせながら、先生に教わった通りに包帯をきつく、丁寧に巻き直していった。
触れた彼の肌は、驚くほど冷たかった。でも、確かに生きている人間の温もりがそこにはあった。
すべての処置を終えた頃には、東の空がうっすらと白み始めていた。
男の呼吸は、さっきよりもほんの少しだけ深く、穏やかになっているように見えた。
「私はもう行かなければなりません。どうか、生きて……」
それだけ言い残し、私は空になった医療箱を抱えて、朝靄の中を診療所へと急いで引き返した。
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