第2話「出会い」
カサ、と足元の枯れ葉が鳴る。心臓の音が耳の奥でうるさいほどに響いていた。
私はついに、その人のすぐ傍までたどり着き、息を呑んだ。
破れた衣服から覗く肌は、村の誰とも違う、抜けるように白い。そして、草に塗れた異国の髪の間から見えたのは、彫りの深い、見慣れない顔立ちだった。
「あ……」
声が漏れそうになり、大急ぎで両手で口を塞ぐ。
敵だ。空襲で、私の家も、優しかった両親も、まだ小さかった弟も奪った、あの国の人に違いない。
恐怖と、それ以上に、どす黒い憎しみが一気に押し寄せて足がすくむ。
今すぐ逃げ出さなければ。憲兵さんに知らせて、突き出さなければ。
脳裏に、あの燃え盛る夜の街と、炎に包まれて消えていった家族の悲鳴がよみがえる。彼らの仲間が、私たちのすべてを奪ったのだ。
けれど、私の目は、男の脇腹から流れ出る赤黒い血と、折れてるであろう腫れ上がった足に釘付けになっていた。
浅い呼吸を繰り返すその背中は、今にも止まってしまいそうなほど弱々しい。
『苦しむ人が私の手を見て「ありがとう」と微笑んでくれるときだけは……』
昼間、診療所で聞いた大人たちの言葉が、皮肉にも頭をよぎる。
私は人助けがしたくて手を動かしていたわけじゃない。ただ、目の前の命が消えるのが怖かっただけだ。たとえそれが、憎むべき敵の兵士であっても、今ここで見捨てれば、この命は確実に消える。
「……できない」
助けることも、見殺しにすることも、今の私には選べなかった。
ガタガタと震える手で、私はお婆さんから貰ったばかりの重い笹巻きの包みを解いた。中には、真っ白なおにぎりが入っている。
それをそっと、倒れている男の顔の近く、気づきやすい草むらの上に置いた。今の私にできる、精一杯の、そして許されないかもしれない拒絶と妥協だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
誰に宛てたかもわからない謝罪を泣きそうになりながら呟き、私は逃げるように山道を走り出した。
診療所に戻ってからも、私の心はあの薄暗い山林に置き去りにされたままだった。
先生に「遅かったね、何かあったのかい」と聞かれても、「道に迷ってしまって」とうつむいて嘘をつくことしかできなかった。
近所のおじさんの足を拭うときも、薬瓶を片付けるときも、遮光カーテンの隙間から覗く夜空を見上げるときも。
私の頭の中は、あの草むらに取り残された、見知らぬ異国の兵士のことでいっぱいだった。
彼はまだ息をしているだろうか。
あのおにぎりに気づいただろうか。
あのおにぎりを食べてくれただろうか。
いや、今ごろ冷たい夜雨に打たれて、死んでしまってはいないだろうか。
命を救いたいと願う自分の手が、今日はじめて、ひどく汚れたもの、醜いもののように思えてならなかった。
読んでいただきありがとうございます。
これからどうなることやら…
引き続きよろしくお願いします。




