第27話再びきてくれた君
「あなたを助けた私が馬鹿でした。……やっぱり、あなたは私の家族を奪った敵です」
陽子のその言葉が、私の胸を真っ二つに引き裂いた。
涙を浮かべ、怒りと悔しさで全身をガタガタと震わせながら山道を駆け降りていく彼女の背中を、私はただ、青ざめた顔で見送ることしかできなかった。
「違うんだ、陽子……違うんだ……っ」
掠れた声で呟くけれど、その言葉は夏の蝉時雨にかき消されて彼女には届かない。私は岩肌に頭を打ち付けたいほどの、猛烈な後悔と自己嫌悪に襲われていた。
私は、なんて愚かで残酷な男なのだろう。
早くこの生き地獄を終わらせて故郷の妹に会いたい、その一心で口にしてしまった「早くどちらかが勝って決着をつけるための犠牲は仕方がない」という言葉。
それは、国で上官たちから毎日叩き込まれてきた大義名分だった。
上空から爆弾を落とす自分を正当化するための、都合の良い盾だった。
だが、その『仕方のない犠牲』のなかに、陽子が何よりも愛していたお父さんも、お母さんも、まだ八歳だった弟の命も含まれていたのだ。
私の国が落とした爆弾が、彼女のすべてを焼き尽くした。その当事者である私の口から「必要な犠牲」などという言葉を聞かされた彼女が、どれほど深く傷つき、絶望したか。
それなのに、私は彼女の優しさに甘え、加害者としての無自覚な正論を彼女に押し付けてしまったのだ。
「日本が好きだなんて、嘘つき」
去り際に言われたその一言が、鋭い刃となって私の心臓を何度も突き刺す。
嘘なんかじゃない、本当にこの国を、解して私を救ってくれた陽子のことを心から愛おしいと思っているのに。
でも、今の私の言葉は、彼女にとっては残酷な裏切りでしかなかった。
(もう、彼女は二度とここへは来てくれないだろう……)
暗い洞窟の奥に一人で取り残され、私は膝を抱えて激しく震えていた。
私を「敵」だと拒絶しながらも、目の前の命を見捨てられないと毎日芋を運んでくれた優しい少女。彼女を世界で一番傷つけたのは、憲兵でも戦争でもない、この私だ。そう思うと、罪悪感で息ができなくなりそうだった。
彼女はもう来ない。足の怪我がまだ完治していない私は、ここで誰にも見つからずに飢えて死んでいくか、あるいは憲兵に見つかって殺されるだけだ。
だが、絶望のどん底で冷たい夜露に打たれながら、私の胸の奥で、消えかけそうなしがみつくような本能が、もう一度頭をもたげた。
(いや……それでも、私はまだ、ここで死ぬわけにはいかないんだ)
私は泥まみれの手で、自分の胸を強く押さえた。
かつて死を覚悟した私を救ってくれた、あの真っ白なおにぎりの温もり。毎日私の足を懸命に包んでくれた、彼女の小さな手のぬくもり。その全てが、私の身体の中にまだ確かに息づいている。
こんな勝手な言葉で彼女を傷つけたまま、一人で勝手に死んでいくなんて、それこそ本当の卑怯者だ。どんなに軽蔑されても、どんなに拒絶されても、私はもう一度彼女に会わなければならない。生きて、生きて、彼女の目の前でもう一度、心からの謝罪を伝えるんだ。
私は、自分が置いていった水筒の水を一口だけ含み、痛む右足をきつく抱き締めた。
陽子への申し訳なさで涙が溢れて止まらなかったけれど、私は彼女に突きつけられた罪の重さを背負いながら、もう一度彼女に会うその日のために、何が何でも生き延びてみせると、暗闇の中で強く、強く誓っていた。
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ロバートの回想編が続きます。
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