第26話楽しい時間
おにぎりを食べたあの夜、私は少女に危険が及ばないよう、その場から少し離れた蔦の生い茂る古い草むらへと、這うようにして身を隠した。そこで再び寒さと痛みに震えていた私の元へ、彼女は戻ってきたのだ。
深夜、息を切らし、先生の診療所から大切に持ち出したという包帯や軟膏を風呂敷に詰めて、一人で暗い夜道を駆け上がってきた彼女の姿を見たとき、私は自分の目を疑った。
(どうして……どうしてここまで、私のために……)
敵である私を恐れ、涙を流しながらも、私の冷え切った身体に触れ、一生懸命に包帯を巻いてくれた彼女の小さな手。その手の温もりが、私の傷ついた肉体だけでなく、戦争という地獄で凍りついていた私の心までを、優しく、確かに溶かしてくれた。
それからの日々は、私にとって奇跡のような時間の連続だった。
彼女の名前は「陽子」というのだと、数日後の対話で知った。太陽の子、と書くのだろうか。その名の通り、薄暗い洞窟の中で生き長らえている私にとって、彼女はお昼休みの短い時間にだけ差し込んでくる、眩しくてあたたかい太陽そのものだった。
「ロバート、今日も持ってきましたよ。村の人から分けてもらった、ふかし芋です」
草むらをかき分けるガサゴソという音と、彼女の軽やかな足音が聞こえるたびに、私の胸の奥がトクンと小さく跳ねる。いつの間にか私は、お昼近くになると、洞窟の入り口をじっと見つめて彼女の足音を心待ちにするようになっていた。
陽子が持ってきてくれるふかし芋は、いつも素朴で、噛めば噛むほどに優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「十分さ。ここの芋は、とても甘くて美味しい」
私がそう言って笑うと、陽子は少し安心したように、小さく胸を撫で下ろす。その健気で一生懸命な姿が、たまらなく愛おしかった。
手当てをしてくれるとき、彼女の小さな指先が私の肌に触れるたび、私は自分の体温が不自然に上がっていくのを感じていた。彼女が真剣な顔で私の包帯を巻き直している姿、時折ふっと見せる寂しげな横顔。そのすべてから目が離せなくなる。
彼女は時折、私を見つめながら、ひどく悲しそうで、どこか冷たい視線を向けてくることがあった。
私には分かっていた。彼女の家族を奪ったのは、私の仲間であり、私の国なのだ。彼女の胸に刻まれた深い傷を思えば、彼女が私を「敵」として憎むのは当然のことだった。それなのに、彼女はその憎しみを必死に抑え込み、私の命を救うために毎日ここへ通ってくれている。
その事実が、私の胸を激しく締め付けた。
「陽子……」
小さな洞窟のなかで、並んでふかし芋を食べながら、私は彼女の横顔を静かに見つめた。
最初は、ただ生きて故郷の妹のもとへ帰りたい、それだけを願っていたはずだった。けれど、陽子と過ごす時間が深まるにつれて、私の胸の中には、もっと別の、とても切なくてあたたかい感情が芽生え始めていた。
私は、この少女を誰よりも守りたい。彼女の悲しい瞳を、今度は私の手で笑顔に変えてあげたい。国籍も、戦争の憎しみも越えて、私の心は、目の前で一生懸命に語りかけてくれる陽子という一人の女の子に、深く、深く惹かれ始めていた。
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